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幸福のものさしは人それぞれだが、J・パッカーのそれが最大になる瞬間は、眠りに落ちるまでの無の時間にあった。
今日という一日に早々と見切りをつけ、なにもかも潔く諦めて明日に丸投げしようとする行為が彼は大好きだった。
しかしそれは、けして翌朝を待っているのではない。
J・パッカーは朝というものが嫌いだったし、自分の意志でコントロールできない睡眠に腹が立った。
眠りにつこうとする行為には親しげに、眠るという行為自体にはイライラを募らせた。
つまり、彼にとっていまが至福のひとときだった。
J・パッカーは、ベッドに入るやすやすやと寝息を立てたミロのほうを凝視する。
「こいつはなにもわかっちゃいねえ……」
人知れず腹が立つ。
いまからがいい時間なんだろうが。
J・パッカーは思う。
こいつは金を平気でどぶに捨てるタイプの人間になるな。
笑いながら喜んで募金箱にばら撒く人種だ。
虫唾が走るぜ。
J・パッカーは不意に体を起こす。
彼は自分のことのように落ち着かなくなってきた。
他人に構うやつは自分の時間を捨てているやつだ。
それは自分の人生をないがしろにしている。がむしゃらに突っ走ってない。
誰になんと云われようが、なんと思われようが、なにをされようが、自分のレールを作って走り切ったものが勝ちなんだ。人生ってのは。
こいつはそれをわかっちゃいねえ。ハニーシロップくらい甘ちゃんだ。
幼いから?知るか。
天性の腐ったものを感じるぜ。
このままでは腑抜けた犬になるな。
そんな兄弟なんかいるか。
俺のレールに巻き込んで矯正するか。
さて。
めんどくせーやーめた
J・パッカーは意識を遠投し、宇宙をさまよう漂流物のようにした。
静かな夜に例外なく包まれたミロの家も、深夜十二時を迎えた。
ミロの両親は寝室で寝静まり、ミロも眠りに落ちてからすでに四時間が経つ。
そのとなりでぐったりしている人形に、動く気配はない。
細長い針はちょうど彼らの世界を一周した。
時刻は一時になった。
J・パッカーの唸り声で沈黙は破られる。
人形となって初めて迎えた夜は、彼にとって幸せなものではなかった。
ゴールがあるからこそ、好きでいられることもある。
J・パッカーがベッドに移動してから六時間が経過していた。
彼は身を裂きたくなる激情に駆られていた。
「なんなんだよコレはァ……」
忌々しげに声をあげるJ・パッカー。
堪能していたはずの無は途切れ途切れになり、やがてその頻度は皆無へと落ちる。
暑くもなく寒くもない。
ただ、そこに意識をもって居続けることが、彼を無間地獄に誘った。
彼はこの世界の人形という名の生き物に身を宿したことで、ほんとうの休息を失った。
腹立たしさと憤りから彼はこのあと少年への八つ当たりを開始するが、彼が事の重大さに気付くことはないだろう。
死ねない、死寝ない、人形の最大の美点と欠点に。