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少年は母親に呼ばれると、部屋を飛び出していった。
パタパタ駆けていく後ろ姿を、動かない目で追ってJ・パッカーは己自身に思考の焦点を当てた。
「さて、どうしたものかね」
J・パッカーは思う。
自分はどうやら声を出してしゃべれるらしい。
そしてそれは自分だけに聞こえる心の声ではないらしい。
ミロとかいうあの兄弟(自分で思って、初めての兄弟にJ・パッカーは一人でぞわぞわした)がきちんと返事をしたのがその証拠だ。
ただ、汚ねえ耳の穴をこっちに向けてたから、俺のそれは聞き取りやすくはねえってことだ。
事実、彼の発する声はやまびこのようにワンテンポ遅れていた。
「あーーーー」
発声の要領でヘドロのような声を出すJ・パッカー。
自分の声のためはっきりとはわからないが、調子がいいとは言えねえな、と彼なりに採点した。
これが生まれ変わった自分のMaxなのか、それとも人形としての生に慣れることで、いまだ性能の向上が見込めるのかを彼は計りかねていた。
とりあえず、次に身体を動かしてみる。
どうやら首や胴は微動だにしない構造のようだが、手足は可動できることを悟る。
仮に左を見たければ身体ごと左を向く必要性がありそうな身体だった。
人間より全然不便だな、J・パッカーは一人、子供部屋で文句を垂れた。
とはいえ、こちらも身体能力の向上が見込める可能性は捨てきれないし、とりあえず部屋を見渡すべく、彼は子供用のタンスの上に登ることを考えた。
タンスはベッドに隣接しており、壁の一面に張り付いていた。
J・パッカーはベッドから垂れているシーツを腕と腕で力任せに挟んで、足を交互に出していった。
彼はさながらレスキュー隊員のように壁を歩くようにして、床からベッドの側面を伝って上へと這い上がった。
そこで彼は一つの気付きを得た。
どうやら人形に疲労という概念はないらしい。
「そりゃそうか」
静まり返った部屋に大きな声をだして、ガハハハハとJ・パッカーは上機嫌だった。
そのままベッドの柱からタンスへとよじ登る。
クライミングを趣味にしてやろうか、とセカンドライフを想像する人形男。
タンスの上はごちゃごちゃと物が並んでいた。
その間を縫うようにしてJ・パッカーはタンス中央を目指す。
途中、木製の写真立てに左腕が当たり、それはパタリとタンスから身を投げた。
四分の三秒経って、木と木がぶつかる音が響き渡る。
「あーあ、投身自殺か、馬鹿め」座りながら見向きもせずJ・パッカーは云う。
すると音を聞きつけた少年が部屋の入り口に立っていた。
ミロは写真立てに気付いて拾い上げる。
それを元の位置に戻すと、今度はJ・パッカーに焦点を当てた。
どうやらタンスの上まで移動したことに驚いているらしかった。
立ったまま話しかけてきたので、J・パッカーは座ったままそれに応じる。
それは上下関係の縮図のようで、彼はまったく無表情なパンダのまま笑みをこぼした。
ミロは何をしているのかを、J・パッカーに聞いてきた。
J・パッカーはそんなことを人形に聞くなんて、つまらんやつだ、とミロを思った。
てきとーに少年をあしらうと、J・パッカーは木でできた頂きから部屋という世界を見渡し、新しい人生に思いを馳せ、一時的に思考から兄弟を抹殺し堪能した。