1-11
その日の顛末はおよそミロが予想していたとおりになった。
両親はまず、ふざけた彼が家の窓という窓を割ったのではないかと推測した。
ちなみにあの後もパーカーの狼藉は止まらず、ほぼすべての窓ガラスに似たような風穴があけられていた。
両親の追求に対し、ミロは当然のごとく正直に自分ではない、と否定した。
じゃあなにがあったのかと答えを求められたミロだったが、答えに窮した。
俯いてただ黙っているミロにお父さんは優しい口調で続けた。
「いいかい、ミロ。お父さんたちはミロを疑っているんじゃないんだ。何があったのかを知りたいだけなんだ」
「そうよミロ。あなたを責めているわけじゃないの」
二人の呼吸はぴったりだった。それがミロをより苦しめた。
ぼんやりわかっていたことだが、ミロなりに想像していたすべてがうやむやに終わるハッピーエンドの道は完全に絶たれた。
ごくん。
唾をのむミロ。
その顔をじっと窺っている両親。
温かい目で見守っているつもりの彼らとひたすらに重苦しい空気を背負っているミロ。
逃げ出してしまいたい衝動が何度も少年の内を駆け巡ったが、その選択肢とて無意味で、自分を追い詰めるアンハッピーそのものだと彼はわかっていた。
だからといって、もう一つの選択肢が正しいのかと云われれば、ある意味においてそれは正しく、ある意味においてそれは誤りだった。
だけれども、穢れを知らないミロにとってそちらのほうがほんの一分、わずかばかり「正義」だったのだ。
それが果てのない愚かな行為であったとしても、なにかしらの「救い」がそちらにはあるように思われたのだ。
いや、ミロの知能に救いなんて言葉はない。つまり本当の意味でそれを理解はしていない。
しかし、自分の行いが自分のなかの善と悪、どちらに寄っているかぐらいは判別がついた。
ただそれだけだ。
「……が、やった……」
か細く、小さな呼吸のようにそれは発せられた。
「なんだいミロ?言ってごらん」
落ち着いてお父さんは再度促した。
「ぱ、パーカーが…………やった」
下を向いたままミロなりの真実を告げた。
今度は聞こえたはずだった。
けっして聞き取りやすくはなかったが、固唾を呑んで両親は次の一言を見守っていたのだ。
言ってミロは少し楽になったのか、相変わらず下を向いたまま首だけを左右に揺らしていた。
ミロは二人のリアクションが気になったが、いまだその顔を見る気にはなれなかった。
ミロ!
次の瞬間、お父さんは強くその名を叫んだ。
驚いたミロは反射的に両親を見る。
お父さんはいつになく真剣な顔をしており、お母さんはムッとしていた。
「今はふざけるときじゃないぞ」
落ち着いた声音でミロから目を離すことなくお父さんが言った。
「本当。ほんとなんだ」
ミロは訴える。
「そんなこと信じると思ってるの?ミロ」
お父さんの後ろにいるお母さんが呆れたように突き放す。
二人の表情は明らかに曇っていた。
ミロだって、わかっていた。
本当のことを話したところでこんな風に解決からほど遠い方向にすべてが向かってしまうことを。
それでも、それ以外は黙って罪を被ることになる。
年端もいかないミロが、濡れ衣を着せられることを安直に選べるわけがなかった。
言い訳せず、事実を捻じ曲げて、嘘に従って、自分が一身に背負えばすべてが丸く収まるなんて。それははたして大人なのだろうか。正しい大人なのだろうか。
ミロは純朴な子供だった。
それゆえに改まることのないミロ。
口論しても頑なに譲らないミロに、一時的に愛想をつかした両親。
こんなことは二度としないと誓いなさい、と繰り返したまま、その返事をもらうことなく二人は頭を抱えながら修理に勤しんだ。
この日は会話なく夕食を終えて、ミロは一人でお風呂に入った。
一人で頭を乾かした。
ひとりでに寝る時間を決めた。
おやすみのあいさつもしなかった。
ミロ含め家族を大きく揺り動かした今日という一日を寝静まったように静観していたパーカー。
ミロが自室に入ると、パンダ人形は定位置のマクラで伸びていた。
ミロは見るのも嫌だったが、それがまた何をしでかすかわかったものではないので、触れることなくパーカーと反対に体を向けて眠りについた。
子供部屋を満たす暗闇よりも黒くパンダ人形は澱んでいた。