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侍trip  作者: 麻祇
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『蛇狼協奏』

侍trip


????side 序章


「――この世界は腐ってる」


仄暗い部屋の中で、玉座に似た椅子に座る1人の男が呟く。眼前に映し出されたモニターの映像を見ながら、憎悪を込めた声で。


「外の国の連中が我が物顔でこの国を歩き回り、それを容認する腐った政府。……侍の誇りはどこへ消えた?」


男は立ち上がる。その背は180近くにも届くだろうか。大型の肉食獣のような雰囲気を放っていた。すると、不意に背後に迫る気配に気付く。そこに居たのは、1人の小柄な少女。片目を隠すような前髪が印象的だ。


「背後に立つなって言ってんだろうが。斬られても文句言えねぇぞ」


「……ごめんなさい。次は気を付ける」


「何度目だと思ってんだお前は。――で、首尾は」


「いつでも行ける」と告げた少女に対して、男は口端を釣り上げて笑みを浮かべる。玉座の傍に立て掛けた刀を手に取ると、少女へと歩み寄り、少女を抱き抱える。


「行くぞ、式を起動させる」


言葉は無い。しかし、男の首に回された腕に応えるかのように力が籠る。それを確認し、男は部屋を後にする。


部屋を出て暫くすると、多数の人間が慌ただしく出入りを繰り返す実験施設のような部屋へと辿り着く。その部屋の中心には何やら陣の様なものが描かれており、2人は責任者と思わしき中年の男に声をかけた。


「おい、岸本。いつでもいけるのか」


「それはそれはもうハァイ、いつでもいけますヨォ?」


「ならとっとと始めろ、失敗は許さねぇ」


「ヒヒヒヒヒ、怖い怖い。――オイ!始めたまエ!」


岸本と呼ばれた責任者の一声で一層忙しなくなる足音。陣の周りを何人もの狩衣に似た着物を着た男たちが囲うように並び、それぞれが同じ印を結び、力を込める。すると突如、陣が光り輝きだした。


「ここから始めようか。――この国を変えるための戦争を」


男がそう呟くと、陣から放たれた光が部屋を覆い尽くした――




????side 第1章 一幕 『蛇狼狂奏』


「当たり前のことなんですが、情報が足らない」


「あ、このお団子美味しい!」


「ほんとだ、美味いねこの団子」


「お前ら俺の話聞く気ある?」


茶屋のテーブルで腕組みをする羽織の背中にでかでかと書かれた『誠意』が目を引く男、月ノ宮流沙は神妙な顔で呟く。しかし、同じテーブルを囲む2人は全く聞く耳を持たない。隣に座って団子しか目に映っていないのは妹の月ノ宮緋奈。そして正面に座るのは雨宮雪路。彼らは行方不明となっている仲間を探すべく、数年前からグループに別れて旅をしているが、一向に情報が集まらずにいた。流沙は団子に夢中になっている2人を一瞥すると、窘めるように言葉を挟むが全く聞き入れてもらえない。


「……んぐ、きいへふほ?おふぁんふぉふぁおいひいっへはなひへひひょ?」


「何言ってるかさっぱりわからんからお前は口の中のモンなくして喋れ。お行儀悪いでしょ」


「まぁ、でも本当に全くとは言わないけど集まらないね。満さんたちや、拓さんたちもダメみたいだし」


「お前聞いてたの?」と言うと不満げな表情で浮かべる雪路。聞いてないと思っていたので予想外であったのは心からの本音。そこに、お茶で団子を胃に流し込んだ緋奈が口を挟む。


「どこ行っちゃったんだろうねみんな。葉月さんも……兼くんも」


「あの時全員同じ場所にいたから、別世界なんてのに飛ばされてなきゃここに居るはずなのにな。最近『雅』の動きも活発だし……ほんとどこ行きやがったあのわんこ共」


緋奈が心配そうに表情を暗く落とす。自分が懐いている1人と、恋人含め5人も居なくなれば暗くもなるだろう。そもそも、今この国――『ヒノモト』は絶賛内戦中だ。『雅』と呼ばれる武装集団が国内で暴れ回ってるせいで人探しもままならない状態に陥っているこの状況で、心配にならない方がおかしい。


「シッ!るっさん、ちょっと聞き耳立てて」


「あん?なんだよ急に……」


雪路に促され、風の音に神経を研ぎ澄ます。すると、喧騒に紛れて気になる言葉が聴こえてきた。


「おい、聞いたか?少し前に雅がシンジュクに現れたってよ」


「聞いた聞いた。なんでも『凶狼』と『大蛇』が同時に襲撃して大惨事になったんだってな」


「辺り一帯の自警団が総出動して、新型の大砲をぶっ放したらしいぜ。だけどよ、『凶狼』がその砲弾ぶった斬ったらしい、化け物かよ。で、ここからは噂なんだがな?その爆風で奴の仮面が外れたって話だ!」


「へぇ!どんな顔してやがったんだ?」


「なんだったか……そうそう!やたら犬歯の鋭い男だったそうだ」


「他ねぇのかよ!」


「奴のお付きがすぐさま回収して付け直したから、細部まで分からなかったんだとさ」


(犬歯の鋭い男、か……まさかな)


流沙は意識を目の前の2人に戻すと、今聞いた話を緋奈と雪路に話すと、やはり2人も同じ所に引っかかったらしいが、疑問が残る。


「『凶狼』って言やぁ、『雅』幹部の1人だろ?しかも確かあいつは――」


「狼憑き、人の理から外れた者……だよ。犬歯の鋭さも、憑かれてる時点で変化したとすれば別人として見るのがいいんだろうけど、兼くんも長かったよね」


「でもあの性格だし、中々誰かと一緒に何かをするって向かないと思うけど。でももしそうだとしたら、確かめるしかないね」


雪路の言葉に、頷く流沙と緋奈。少しでも情報が欲しい今は、余計なことを考えている場合ではない。急いでシンジュクへ向かうべく、席を立つと、町内に警報が鳴り響く。


「緊急警報!緊急警報!『雅』構成員が出現!速やかに避難してください!繰り返す!」


「おいおい、噂をすればなんとやらってやつか?さっさとずらかるぞ。どの部隊が来てんのかは知らんが、捕まるのはごめんだ」


「るっさんに賛成、緋奈ちゃん行k

……緋奈ちゃん?」


警報が聞こえていないのか、明後日の方向を向きながら呆然としている。緋奈の視線を追うが、そこには当然何も無い。気でも触れたのかと思い、声をかけようとすると――


「……耳を塞いで!」


「「はっ?」」


―――――!!!!


町全体に響くかのような獣の咆哮。大きい町ではないが、そこまで狭くもないはずなのに、まるで近くから聞こえてくるかのようなその咆哮に耳を塞ぐ流沙と雪路。咆哮が止み、恐る恐る外へ出ると、町は大混乱に陥っていた。


「どったんばったん大騒ぎかよ…そりゃあんなの聞こえればそうなるか」


「鼓膜がやられた人も多いみたいっすね……ふらふらしながら移動してる人も居る」


「助けようなんて思うなよ優男、俺たちだってピンチなのを忘れんじゃねぇぞ」


「……分かってます、早く行きましょう」


悔しそうな表情を浮かべる雪路。元々医者を目指していたのもあり、ここで見捨てたくはないのだろう。しかし、今はそんな悠長なことはしていられない。敵が迫っている今、いかにして逃げるかが重要なのだ。


「緋奈、お前も行くぞ」


「……」


「おい緋奈!」


「にぃ!先行ってて!」


「待て緋奈ァ!!」


流沙の静止の声を無視して走り出す緋奈。まるで忍者のように近くの足場から建物の屋根へと飛び移ると、あっという間に見えなくなってしまった。置いていかれた方としては困惑するばかりだが、あそこまで焦った様子の緋奈を見るのは久しぶりでもあった。


「え!?なんで向こうに!?」


「うるせぇ追い掛けるぞばかたれがァ!」


「サーセンっ!」


走り去った緋奈を追うべく、流沙と雪路も移動を開始する。走りながら、流沙は内心で最悪の展開を想像してしまう。緋奈のあの焦り方、『凶狼』の素顔、あの咆哮が――聞き覚えのある声だった事を。こんな予感は外れてくれ、そう願うしか彼にはなかった



第1章 二幕


緋奈side


「さっきのっ……間違いないっ……!」


先程聞こえてきた咆哮。獣の声ではあったが、間違える筈がない。――多分、あの声は兼のもの。それなりにずっと一緒に居て、傍で声を聞いてきた。屋根を走りながら、ボクはそう確信する。……正直、間違いであって欲しい。そう願いたい、願うしかない。だが、頭からその憂いが離れない。咆哮が聞こえた方へ走る緋奈の前に、黒い犬の半面を着けた者たちが数人立ちはだかる。一刻も早く確認したいという苛立ちから、足を止めた緋奈は声を荒げて吼える。


「邪魔を……するなぁ!」


腰に差した太刀と小太刀を引き抜き、その内の1人へと斬りかかる。が、その太刀筋はあっさりと躱されてしまう。しかし、逆手に持った太刀をくるりと回し、逆袈裟斬りで1人を斬り伏せた。肉を裂く感覚が掌を伝い、返り血の一部が頬にかかる。以前なら、人を斬る事に抵抗があった。だが今は、そんな事を考えている暇も猶予もない。ボクはそのまま倒れかかった相手を蹴り飛ばし、屋根から突き落とす。


「急いでるんだ!邪魔をするなら斬るよ!」


「……」


半面を着けた者たちはなにも答えない。それが余計にボクの苛立ちを募らせた。太刀に付着した血を払い、再度構え直す。相手は残り3人、これくらいならば、ボク1人でも倒し切れる。そう確信したボクは、小太刀を鞘に納め、両手で太刀を握り締めて正眼の構えを取る。鋒に神経を集中させると、身体の奥底から力が湧いてくる。


「……!」


槍を持った1人が、ボクを刺殺しようと槍を振るう。けれど、遅い。踏み出した足に力を込め、ボクは下から太刀の背を使って槍を上に弾き飛ばすと、無防備になった相手へと、返す刀で太刀を振り落とした。――ボクの属性は『斬』。各属性の中でもトップクラスの攻撃性を持つ属性だ。その力を利用し、目の前に立ちはだかる敵を一刀両断する。グチャ、と厭な音を立てながら二つに裂けた敵に一瞥すら向けず、ボクはすぐ次の敵を排除すべく行動する。どうやら、敵はボクから距離を取り、そのまま退却するつもりのようだ。だけど、このまま逃がすつもりは毛頭ない。


「逃がさない……!影すら斬り裂け!“斬影牙”!」


ボクの扱える技の中でも数少ない中距離攻撃。内に秘めた属性の力を太刀に込めると、ボクはその場で横一閃に太刀を振るう。すると、その斬撃は衝撃波となって逃げた2人を追い、その場で斬殺――するはずだった。


「―――」


2人を斬る筈だった斬撃は、空から乱入してきた何者かによって掻き消されてしまっていた。そこに居たのは、荒々しい狼の仮面を着けた男。右手にはボクが持つ太刀よりも二周り近く大きい大刀を、左手には逆手で太刀を構えている。獣のような殺気が、周囲に蔓延していくのがわかる。その男は、後ろに居た男たちに視線を向けると、「行け」と言うように顎を動かす。頷いた男たちは、そそくさと退却してしまった。


「何のつもりか知らないけど……邪魔をするならキミも……斬る!」


「――」


一言も発しないが、明らかにボクに敵意を向ける男。1人では到底かなうはずがないと、ボクの直感が大音量でアラートを鳴らしている。でも、ボクはここで退けない。確認するまでは、絶対に。


「緋奈!」


「緋奈ちゃん!」


「にぃ!雪さん!」


ここで、漸く置いてきたにぃと雪さんが合流した。「先走んなこのバカ!」と怒られるが、まともに返す余裕が無い。多分、少しでもこの男から視線を外したらボクの首はない。男から視線を外さないまま、いつでも踏み込めるよう足の指先に力を込めた。


「……おい、この物騒なわんわん仮面はなんだ」


「凄い殺気っすね、逃げられそうに無いなこれは」


後ろで弓を構える兄と、ガントレットをはめ直して構える青年に心強さを感じながら、改めて目の前の敵に対峙する。律儀にも、仕掛けずに待っているところを見ると、プライドは高いのかもしれない。こちらの支度が整ったのを確認すると、腰を落とし、逆手に持った太刀を突き出すような構えを取った。――ここから先は、一瞬でも気を抜けば殺される命懸けの死合。――でもボクはこの時気付くことは出来なかった。この戦いが、ボクたちだけでなく、この国全体を巻き込んだ争いの始まりだったことを。



第1章 三幕


free side〜流沙&雪路side


「ほら食らえわんわん仮面が!“流誠意群”(りゅうせいぐん)!」


まず先に動いたのは流沙。弓を番え、内に秘めた属性の力で幾つもの風の矢を生成すると、空高く打ち上げた。放たれた矢は落下すると同時にその威力を上げていき、男を貫かんと迫っていく。男は己に降り注ぐ五月雨のような矢に対し、構えた大刀を無造作に大きく横に振り抜いた。放たれた衝撃波が風の矢が衝突すると、派手な音をたてながら霧散していく。


「おいおい……それなりに力は籠ってるんだがな、あの技」


「だからって止まってる場合じゃないってルッさん!今度は俺が行く!“朧穿ち”!」


頭をガシガシと掻きながら、不平不満爆発で愚痴る流沙の横を走り抜け、男まで距離を詰めると右腕で男の腹目掛け拳を放つ。拳弾、と呼ばれる打撃の衝撃を高めるその技術を応用したその打撃は、大型の熊ですらノックアウトを可能にする。これは入った。そう確信できるほどに綺麗に決まった……はずだった。


「――」


「……嘘だろ?」


雪路の拳の先には既に誰も居らず、自身の頭上に影が落ちている事に気づく。上を向かなくてもわかる。躱され、屋根を蹴って跳躍したあの男は、自分を断つつもりなのだと。刀を振り下ろす風切り音が耳に飛び込み、死を覚悟する間もないその瞬間、飛び出してきたのは小さな影。


「させないよっ!」


「――!」


立ち尽くしていた雪路を突き飛ばし、太刀と小太刀を交差させて剣戟を防いだ緋奈。勢いを利用して男の太刀筋を流して受け流すとそのまま弾き飛ばした。弾かれた男は空中で一回転し、刀を構え直す。そして、緋奈を指差すと「かかってこい」というように挑発を行った。


「緋奈、乗る必要はねぇ。このまま3人で押し切んぞ」


「そうは問屋が」「……卸しません」


流沙の言葉に頷く緋奈。だが、ここでまたしても乱入者が現れる。流沙と雪路の前に立ち塞がったのは、小柄な2人の少女。狛犬に似た白と黒の仮面を付けており、仮面と同じ色をした犬耳とフサフサした尾が目に入る。流沙の前には黒の少女、雪路の前には白の少女が、狼面の男と同じように刀を構えている。


「凶狼様の邪魔はさせないよ?お兄さんたちっ」


「私たちが、相手……です」


「おいおい……今『凶狼』って言ったかこいつら」


「最悪っすね、よりによって大凶のがマシに思えるようなカード引いちゃったみたいだこれ」


聞こえた名前に冷や汗が流れるのを感じる流沙と雪路。ひとまず、緋奈に合流するべく、目の前の少女たちに集中することにした。この3人の中では、緋奈が1番戦闘に向いていることは間違いない。ならば、出来る限り早くこの2人にはご退場願う必要があるだろう。


「悪いなわんわん娘たち、俺たちもちっっとばかし先を急いでる。遊んでやる時間はないからさっさとあいつの所に行かせてもらうぜ?」


「あははっ!お兄さん面白いこというね?私たちに勝つ気なの?」


「……私たちは、これでもあの人の群れ、なのですよ?」


黒の少女が愉快そうに笑い、白の少女が不機嫌そうに吐き捨てる。流沙は腰に差した脇差を抜くと、脇差の背を指先で撫で上げる。すると刃に風が集まり、風はやがて旋風と化す。


「風よ、我が呼び掛けに応え、我が敵を討て。穏やかなる風は、転じて悪を裁く刃風とならん!“絶風刃”!」


風の属性の力を言霊による自己暗示で効果を引き上げ、鎌鼬のような斬撃を放つ。余裕そうな態度を取っていた少女も、これには驚き、慌てて防御の姿勢を取るが勢いに押し負け、派手に吹き飛ぶ。


「黒!」


「あいてて……まさかこんなの使ってくるなんて思わないでしょーよー……しかもめっちゃ血ぃ出てるし……」


吹き飛ばされた黒の少女は隣の家の屋根に大穴を開け、中の物を派手に散らかしながら呟くが、防ぎ切れなかったのか、その身体には袈裟に大きく裂けている。怪我をしたとはいえ、黒の少女の無事を確認した白の少女が、怒りを顕にしながら流沙を仮面越しに睨む。その怒気は、仮面越しと言えども分かるほどだ。


「許さない……凶狼様の獲物でしたが、ここで私が殺します」


「おい優男、この調子なら行けるかもしれんがあの白わんこめっちゃ怖いんだが」


「それは同感っすねルッさん。だからさっさと気絶してもらおうよ。援護は任せたッ!」


拳を構え、白の少女へと一気に詰め寄る雪路。勢いを乗せたボディーブローを放つが、白の少女はこれをあっさりと足で抑え込むように防ぐ。少女とは思えない力で押し返される事に驚きながらも、雪路は空いた左腕でフックで殴りかかったが、これは少女の太刀でやはり防がれてしまう。


「刀でガントレット防ぐ、とかっ……馬鹿なのか君は……!」


「私たちの刀は特別性です、これしきの衝撃なんかでは刃毀れすら起こせませんよ」


互いに距離を取ると、拳と刃での激しい攻防が繰り広げられる。少女が太刀を震えば、雪路はそれをガントレットで弾き返し、雪路が拳を震えば、少女は二刀でそれをいなしていく。一進一退の攻防が続く中、流沙は隙を見て矢を射ろうと弓に矢を番えた。あの白の少女の戦闘力は明確ではないが、少なくとも雪路が徐々に押され始めていることはわかる。近接向きではない彼には分かりにくいが、2人とも二手三手先を見据えた攻防繰り広げられている事はわかる。それでも、雪路が押されているのはあの少女の強さだろう。


「おい雪路!右に避けろ!“真空の一刺し(ブラスト・エア)”!」


「うぇっ!?なんなの急にっ!?」


「っ!?」


渾身の力を込めた矢は、風の力を纏った一撃となり、咄嗟に避けた雪路の横を掠めながら少女の頭目掛けて飛翔する。雪路を追撃しようと身を乗り出していた少女に、その矢を避けることは出来なかった――



緋奈side


「……で、なんでキミはボク1人をご指名なのかな。にぃたちと同時にかかったって、キミには届かないだろうにさ」


ボクは目の前に立つ男に問いかける。ここで、ボクは漸く彼をしっかりと観察することが出来た。狼を模した仮面、灰白色の髪。――それと同色の狼の耳と尾。作り物のようにも見えるが、ゆらりと動く尾を見ているとそれが本物であることを理解する。武装集団『雅』その幹部が1人、『凶狼』。その圧倒的な戦闘力と、“群れ”と呼ばれる親衛隊による暴力は、間違いなくこの国にとっての脅威だ。そんな相手が、わざわざボクを指名して一体一に持ち込む理由がわからない。


「――何でだろうな、ただ言えるのは」


「っ……!!」


ここで漸く、凶狼が口を開く。間違いない、彼だ。でも、なぜボク達に剣を向けるのか。なぜ今まで連絡をしてこなかったのか。――どうして雅なんかに居るのか。聞きたいことは山ほどあった。しかし、


「俺はお前が懐かしい。俺はお前を知らねぇのにな」


その声はとても穏やかで一瞬、彼の殺気が緩んだように思えた。だが、すぐに辺りを獣のような殺気が包み込む。先ほど感じた優しさは、もうどこにもない。刀を構える彼は、本当にボクが誰だか気付いていないようだ。


「ねぇ!なんでボクたちが戦わないといけないの!?ずっと探してたんだよ!兼くん!」


「俺はお前を知らねぇ。俺は『凶狼』。この腐った国を潰すための牙だ、その邪魔をするテメェらは、生かして返すわけにはいかねぇ」


ボクの叫びは彼には届かず、ただ冷たい声がボクの思考を犯していく。嘘だ、知らないはずが無い。声は間違いなく彼の声だし、顔を見たわけではないが、ボクが彼を間違えるはずはない。なのに、なぜボクを知らないなんて言うのだろう?


「剣を構えろ、これは俺とお前の殺し合いだ」


「意味がわからないよ!なんでボクとキミが!」


「――なら、そのまま死ね」


吐き捨てるようなその一言と同時に、瓦を蹴って接近する凶狼。振り上げた大刀が、ボクを断たんと振り下ろされた。


「くっ……!」


咄嗟に両の刀で受け止めるが、受け止めきれない。ボクは先ほど行ったように、刀を滑らせて衝撃を殺すと、追撃の太刀をなんとか躱すことが出来た。重い一撃、斬られれば無事では済まない殺すための一撃。未だに信じられない……ボクを殺そうとするなんて。


「ねぇ、本当にボクがわからないの?」


「くどい、ぶち殺すぞそろそろ」


怒気を含んだ声。こうして目の前に立つ彼は心の底からボクたちがわからないようだ。ここで、一つ疑問が浮かぶ。再度斬り結びながら、ボクは彼に問い掛けた。


「キミのっ……生まれは、ここなの?」


「当たり前だ、だからこそこの腐ったこの国が許せねぇ!」


二度三度、剣戟を交えながら彼は吼える。その言葉に、嘘は見当たらない。飛ばされた際に、誤差でも生じたのだろうか?そんな思考の渦が、ボクに一瞬の隙を生んだ。


「殺し合いの最中に考え事かテメェ!」


「っ!?」


大刀による刺突。咄嗟に太刀の腹で受けてしまい、派手な音を立てて太刀が砕け散る。吹き飛ばされたボクは、追撃してくる彼の動きに反応することは出来ず、ただ見ていることしか出来なかったその時――


「両者、そこまで」


静かな女性の声。ボクたちとにぃたちの間に、竜巻のような暴風が吹き荒れ、ボクの意識はそこで失われた――



第1章 終幕


雪路side


一瞬の出来事だった。ルッさんの矢が白の少女に突き刺さる寸前、突如吹き荒れた暴風により、矢が弾かれた。あまりの風圧に思わず目を閉じると――


「両者、そこまで」


聞こえてきたのは静かな女性の声。この声はもしかして――


「水無瀬!」


「この勝負、私が預かる。」


俺の声に、水無瀬は反応を示さない。凶狼と同じく、蛇を模した仮面を付けているが、絶対に水無瀬に違いない。その手には柄に巻き付く蛇の装飾が付いた十文字槍を持ち、緋奈ちゃんと凶狼の前に立ち塞がっている。見方によっては、緋奈ちゃんを庇ったようにも見えるのは気のせいではない気がする。


「『大蛇(オロチ)』ィ……テメェ邪魔すんじゃねぇ!」


「落ち着きなよ凶狼、撤退命令出てる。帰るよ、黒ちゃんも怪我してるみたいだし」


凶狼が視線を向けると、血溜りに倒れ込む黒の少女。「チッ!」と舌打ちをする凶狼は、刀を鞘に納めると背を向ける。


「白!黒を拾ってこい!」


「……了承」


短く返事をした白の少女。刀を納めると屋根を飛び移りながら黒の少女を拾いに行く。


「……次は必ず殺す。そこのガキに伝えとけ」


凶狼は空中で宙返りをすると、そこに居たのは巨大な1匹の灰白色の毛並みをした狼。視線を向ければ、黒の少女を背中に乗せたもう1匹の白い狼が目に映る。どうやら、あの2人も狼憑きであるらしい。凶狼は大きく息を吸い込むと、高らかに吼える。


「――――!!」


耳を劈くような咆哮。咆哮が止むと、2匹の狼は屋根を伝い姿が見えなくなった。ぽかんとしていた俺たちだが、先に戻ったのはルッさんだ。


「おい、『大蛇』とやら。お前さん、もしかして俺たちを庇ったのか?」


「……」


ルッさんの言葉に、反応を示さない『大蛇』。「無言は肯定と取らせてもらうぜ」と続けるルッさん。それだけ確認すると、空気を読んだのか倒れている緋奈ちゃんの所へとそそくさと歩いていってしまった。


……非常に気まずい。声は確かに水無瀬の筈なのに、纏っている雰囲気は別人のようで。俺の知っている水無瀬は、いたずら好きで、とても明るい女の子だったはずだ。でも、今目の前にいる彼女は――


「な、なんで今まで連絡を寄越さなかったんだよ。俺たちも、ずっと探してたのに――」


「……私はあなた達を知らない。だから、誰かと間違えてるんじゃないかな。私は『雅』幹部の『大蛇』、水無瀬という名前には覚えがない」


「嘘だ!ならなんで経った今まで凶狼と戦っていた俺たちを庇った!本当に敵なら、俺たちを庇う理由がない!」


シラを切る水無瀬に、俺は思わず声を荒らげる。納得がいかない、その気持ちが怒りとして水無瀬を責め立てる。だが、水無瀬の反応は変わらない。まるで、「自分は水無瀬葉月ではない」とでも言うように。


「あなた達を庇った訳じゃない。撤退命令が出たことを伝えに来た結果が、そうなっただけ。――じゃあ、私も行くから」


「おい待てよ水無瀬!待ってくれ!」


俺は去ろうとする水無瀬の腕を掴む。良く知る細い腕。元の世界に居る時は、こんなことになるなんて予想だにしなかった。離したくない、離してはいけない。けれど、水無瀬はその手を振りほどいた。


「……馴れ馴れしく触れないで。今回は見逃すけど、次はないから」


「行かないでくれ!……俺、お前をずっと探してたんだ」


「……ごめんね、雪くん」


「っ……!」


今にも泣き出しそうな気持ちを抑え、吐き出した言葉。水無瀬は一瞬、ほんの一瞬だけ小さくだが、俺が知る水無瀬葉月に戻った。吹き荒れる風が水無瀬を包み――次の瞬間には水無瀬の姿は消えていた。


「ごめん、て……ごめんてなんだよ水無瀬ェ……!!」


崩れ落ちた俺は、行き場のない怒りを込めるように屋根の瓦を殴りつける。砕けた瓦の破片が頬を裂き、血が流れるが、そんなことはどうでもいい。水無瀬を取り戻せなかった。自分自身の不甲斐なさにやり切れない気持ちに見舞われる。


「どうした優男、あのスネーク仮面になんか言われたか?童貞でもバレた?」


「……冗談に乗れる気分じゃないんで」


緋奈ちゃんを担いで戻ったルッさんが茶化すように煽ってくるが、今はそんなことに構っている暇はない。――水無瀬は去り際に「ごめん」と謝った。多分、俺たちに言えない何かがあるんだろう。それを問いたださないといけない。


「……ルッさん、満さんたちに連絡を取りましょう。話さなくちゃいけないことが出来た」


「なんか深刻そうな話だな。緋奈が起きたら連絡取るか」


この短時間で発覚したいくつかの事実。俺は緋奈ちゃんほど頭がいい訳でもないが、これだけ揃えば見えてくるものもある。これは、俺たちにとって……もしかしたら最悪の結末であるのかもしれない。厭な予感を振り払うように、俺はルッさんとその場を後にした――


第1章 『蛇狼協奏』 終演





元々は身内向けに作ったお話ですが、思ったより長くなりそうなので練習がてらあげてみることにしました。誤字脱字などありましたら、そっとお声がけ下さい

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