02-03>救済手段
茶器を片した頃になって、ようやく【セルミ】様が戻ってきた。
物凄い速さで駆け戻ってきた割に息一つ切らさなかった【セルミ】様が、綺麗に片付いたテーブルの上を見て愕然とし、膝から床に崩れ落ちる。
「わしのチョコレートバーが、チョコレートバーが……」と四つん這いで悲嘆に暮れる姿も、こちらにチラチラ意味ありげな視線を向けてこなければ騙されたんだろうけど――視線を外して徹底的に無視する。
「けっ……」
すっかりやさぐれた【セルミ】様は、床を転げまわったせいか、もともとボサボサだった腰高の金髪がグシャグシャになり果て、野生児や浮浪児と言った風格がグンと増した気がする。
ああ、駄目だ。こんなグシャグシャの髪を見ていたら世話焼きの血が疼く。
背嚢から櫛と鏡を取り出すと、俺は【セルミ】様の背後に回り――
「【セルミ】様、失礼します」
肩に手を置いてやんわりと上体を起こす。
「な、なんじゃ!!」
「少しの間、こうして背筋を伸ばしていて下さい」
「お、おう…」
道具が足りないのが残念だが、後ろ髪を掬い上げては丹念に根元から毛先にかけて梳っていく。
「おっ、おっ、おっ、おー」
巫女姫の身体を憑代にしてからも、髪を手入れすることなど無かったのだろう。絡まった部分が多いので【セルミ】様に痛みを与えないよう慎重に、やさしく解して梳る。
神様パワーなんだろうか? 長年放置していた割に痛みも枝毛もほとんどない。梳るうちにどんどん本来の艶を取り出した髪が内部から光り輝くようだ。
何度も【セルミ】様が肩越しに後ろを振り返ろうとするので、「駄目ですよ。もうしばらく我慢してください」と頭に手を添えて前を向かす。
「次は前髪を触りますね」
手鏡を手渡して前髪を梳かそうとするが、鏡に自分の顔を映すことに夢中になった【セルミ】様が動き回るので少し強めに頭を押さえる。
「すぐ終わりますから、済んでから御存分に眺めて下さい」
「………………わかったのじゃ」
後ろ髪に比べれば量が少ないので、梳かすのは直ぐに終わる。髪を解かれるのは気持ちいいのか、目を細めている姿はまるで頭を撫でられる猫のようだ。
「【セルミ】様、髪型の好みはありますか?」
「髪型……………………じゃと?」
やっぱり、髪を整えたことなんか無いんだろうなぁ……と結論付け、実例で示すことにする。
「じゃあ、鏡を見ながら説明しますね。今は分け無しで、これが右分け…………」
【セルミ】様の顔全体が映る位置に鏡を据え、次から次へと前髪の分け方を変えていく。
「今できるのはこんなところですが、どれか気に入ったのはありますか?」
「むむむむ……………………」
ああ、これは当分決まらないな……そう判断した俺は櫛を手渡して【セルミ】様に任せることにした。
そういえば、小学校に入学式用に妹の髪を整えてやったら気に入らなかったらしく、自分で散々弄り回した挙句にグシャグシャにして、最後には「お兄ぃ、なんとかしてぇ~」と泣き付かれたっけ……。
『慣れたものだな』
「妹が居ましたからね。子供の頃は週6で髪を弄らされましたよ。最近じゃ姪まで真似して――専属ヘアー・スタイリストじゃないんですけどね。そう言えば【イシュクシュナ】様は……」
『我は必要ない』
(やはり、ここに居る【イシュクシュナ】様は憑代って訳じゃないんだな。)
何故週6かと言うと、日曜日は大抵昼間で寝ていて、あとはゲーム三昧の廃人コースを辿っていたからな、うちの愚妹は。
『然り。……して妹御は息災か?』
「ええ多分。きっと心配しているだろうから早く帰ってやりたいんですが……」
八重を喪ってからは心配の掛け通しだ。
『……その件に関して我より提案がある』
「提――」
「あーーーーー!! 何をしておる!! そやつは我が見つけたんじゃぞ!! 横から掻っ攫うとか貴様、悪魔かっ!!!?」
「――あん?」
櫛と鏡を持ったままブンブン手を振り回さないで欲しいな……。
けち臭いと笑われようと、【イシュクシュナ】様の提案よりもそっちが気になってしまう。
『貴様と同じ神である我のことを「悪魔」呼ばわりとは……。懲罰が必要なようだな』
「うっ! う、五月蠅い五月蠅い。我が先に唾付けたんじゃ。我が先じゃ!!」
『彼らがこの世界に現れた瞬間から、我はずっと彼らを見ていたぞ。それに我ら神は直接の接触を禁じられていることくらい周知であろう? ましてやここは我が管理する世界、余所者である貴様にどうこう出来る権利がないことくらい――忘れたとは言わさんぞ』
「うっ! う、五月蠅い五月蠅い」
完全に旗色の悪い【セルミ】様は俺を確保しようと手を伸ばして――光の柵に阻まれた。柵は【セルミ】様を包み込むように球形に変形してゆき、あっという間に中に封じ込めてしまう。
大声で喚きながら必死に球形の檻を叩き、破ろうともがいているのが格子越しに見えるが、叫んでいる声も叩く音も全く外に洩れてこない。
10倍の力の差は根性で打ち破れるものではない――ようだ。
フィッと目線の高さに浮き上がった光の檻は、【セルミ】様を閉じ込めたままキュキュキュキューと小さくなっていき、あっという間に跡形も残さず消えた。
カタッと言う音を立てて櫛と手鏡が床に落ちる。
「え、えぇ~!! セ、【セルミ】様!?」
『案ずるな。あれがいると話が進まないので、ここではない場所へ飛ばした。話が終わるころには騒々しく喚きながら戻ってくるだろう』
「はぁ……」
帰ってくるのか……それは、大変だな……喚き散らすんだろうなぁ、きっと……
帰ってきてとも、帰ってこないでとも言い難かった俺は、曖昧に頷くしか出来なかった。
◆◆◆
『さて、何処から話そうか…………』
【イシュクシュナ】様と二人きりと言う状況に緊張し、ゴクリと生唾を飲む。
……といっても、色っぽい展開は一切起きようがない。
この緊張は――突然職員室に呼び出され、担任教師の前に立たされている時に、何で呼び出されたんだろう、妹がまた何か叱られるような事でもしたのか……と言う疑問と困惑がないまぜになった緊張感だ。
(俺は教師に叱られた経験はない。職員室に呼び出される理由は大抵「愚妹」絡みだ。)
『御名を口にすることさえ憚られる御方より「ひとつの世界」を任され、その地の生物の階梯を上げること――それが我ら神の使命だ』
「階梯?」
『原初の生命からより高次の生命へと至る過程を大まかに段階分けしたものを階梯と呼ぶ。原初の生命を第一階梯とし、数字が増えるに連れてより高次の生命体であることを表す。生命の進化に伴って第一階梯・第二階梯と順に階梯が上がっていく個体もいれば、第一階梯から一気に第三階梯へと進む個体、進化は果たしたのに階梯が落ちてしまう個体もいて……中々難しい』
「なるほど……」
よく判らないことは本拠地の研究班に丸投げすべく必死にメモを取る。補助記憶装置が動けば録音出来るのに……まさか、高校生の時に修得した『速記術』が役立つとは思わなかったよ。
『因みに我が世界の最上位種が第四階梯、【セルミスファフト】が第二階梯、そしてお主たちは第七階梯の間際であろう――と我は見ている』
(……それって凄いのかな?)
『噂では第八階梯に至らせた神がいる、いや更に上の階梯に至った神が居ると聞くが、我の知る朋輩はみな第四階梯止まりだ。第六階梯に至った実例を見るのはお主らが初めてだ』
「……因みに神様ってどのくらいいるのでしょうか?」
『さて……我の知る神なぞほんの一握りに過ぎぬゆえ、それこそ綺羅星の如く存在するとしか言えぬよ』
「……………………なるほど」
『我が朋輩で第三階梯へ到達しておらぬ神はそう多くない。一向に成果が上がらぬ【セルミスファフト】は、階梯を上げる方策を尋ねに我の元へと分身を遣わせた』
「………………」
『我らが任せられた世界は千差万別。任地に応じて細かく調整し、試行錯誤を重ね、階梯を一つでも上げようと皆心血を注いでおる。我の過程を模倣するだけで上手くいくとは思えず、教えよと言うあやつの申し出を我は断った。この世界に居座る分身を追い返さずにおるのは、我の試行過程を参照し、思案するのであれば良かろうと思うてのことだ』
なるほど、人真似ではオリジナルを越えられないし、問題が起きた時にはなす術がなくなる――と【イシュクシュナ】様は考えている訳だ。
話を聞いた印象だと――【イシュクシュナ】様はヒント位は見るかもしれないけど、基本ゲームは自力で攻略しようと頑張る人。【セルミスファフト】様は攻略情報がないとゲームを攻略出来ない人――と言う感じかな。
『我とて、第六階梯に到達させたお主の神とは縁を結び、色々と育成論を語り合いたいと願うほどだ。【セルミスファフト】なら推して知るべしだろう』
「……でしょうね」
『されど我らにも守らねばならぬ規則がある。この世界に転移したお主たちに我が接触するには条件が……いや、お主たちが条件を整えねば、神域の門を開いて招き入れる訳にはいかぬ――と言うのが正しいな』
「条件?」
『【神の座】も条件の一部だ』
「……??」
『今回のお主を神域に招いたは緊急条項による。我が世界にて【セルミスファフト】(分身)が禁止条項に指定されている中級神術を行使しようとした為に緊急隔離――という名目だな』
「名目……ですか?」
クスッと【イシュクシュナ】様が微笑んだような気がした。
『あれは憑代と言う魄を得たことにより魂が強く影響を受け、変質してしまったようだ。例えば……先程お主が提供した「お菓子」に奴は執着したであろう?』
「…………はい」
『我は知識と経験の差に面白みを覚え、あれほど繊細な食べ物を作り出すまでに種を進化させ、階梯を上げたお主の神の技に感銘を受けたが、あやつは食べるという行為、初めて知った味覚に心奪われた。肉体を持たぬ我らに食の喜びは無縁の存在。執着する筈がないのだが、あやつは執着の余り他の神へ捧げられた供物を奪うという禁忌に及ぼうとさえした』
「な、なるほど…………」
前頭葉が発達段階の「子供」は理性や論理的思考が十分に発達しておらず、感情や本能的欲求をコントロールするのが難しい――と言うが、本能的欲求に突き動かされ、満たされねば癇癪を起す――先程の【セルミ】様がまさにそんな感じだった。
10歳くらいの巫女姫の容姿が子供っぽさを感じる原因――と今迄思っていたけど、魄が魂に強く影響を受けていると言う【イシュクシュナ】様の説明の方がストンと腑に落ちるな。
『憑代を捨てて【セルミスファフト】の元へ戻れば魄の影響は解消出来る筈だが……あやつは昔から自由奔放且つ刹那的で、幾度忠告しようと自分では呼び戻そうとはせん。恐らくは御遣いを済ますまでは呼び戻さぬだろう』
憤懣やるかたないといった感じがヒシヒシと【イシュクシュナ】様から伝わってくる。
「御遣い……ですか?」
『この世界に留まるも碌に成果を上げておらぬあれにとって、お主らの存在は千載一遇の好機と映ったはずだ』
好機と言うか……格好の獲物か玩具ですね、きっと。
『視野狭窄し、御遣いを果たすこと以外は瑣事と見做しているあれは、規則を破ろうが、迷惑を掛けようがお構いなしだ。行為には責任が伴い、規則を逸脱すれば罰が下される――そんな極当たり前の考えさえ思い至らん』
「本末転倒ですね……」
二人の間に諦めにも似た渇いた空気が流れる。
『【セルミスファフト】(分身)の神力でもお主らの世界との門を開き、送り返すことは可能だ』
思わず立ち上がり、テーブルに身を乗り出して【イシュクシュナ】様に詰め寄る。
「帰れるんですかっ!!」
『然り。しかし【セルミスファフト】(分身)がそれを成すのは重大な規則違反だ。我はその行為を行わせる訳にはいかない』
「………………………………どうしても……ですか?」
儚い希望と大いなる失望が荒れ狂う心のまま、テーブルの表面に指を突き立て、握り潰すように力を入れる。
『落ち着きたまえ』
そう言われて、初めて俺は【イシュクシュナ】様に詰め寄っている自分に気が付いた。
椅子に座り直して深呼吸を一つ…………だが、心はザワザワと落ち着かない。
ドガ「貴様ぁーーーーっ!!」ァァァァァーーーーーーン!!!!
唐突に背後から襲ってきた轟音と罵声に驚いて振り返ると、顔を真っ赤に怒らせた【セルミ】様が光の格子に手を掛け、柵をこじ開けようともがいていた。しかし、何をしようと柵は小揺るぎもしない。
『もう抜け出したか、【セルミスファフト】』
「なにが、もうじゃ!!」
【イシュクシュナ】様が腰を上げると、俺が座っているスツールを除いてテーブルセットが忽然と姿を消す。スッと僅かに浮き上がり、滑るように【セルミ】様の方へ移動する【イシュクシュナ】様につられて俺も立ち上がると、俺が座っていたスツールも元から存在していなかったかのように消える。
柵の手前1.5m程に【セルミ】様を見下す様に佇む【イシュクシュナ】様が、それまで抑えていて神力を開放する。
「うわっ」
急速に高まる【イシュクシュナ】様の威圧感――その余波を受けて、俺は思わず後退る。俺に配慮してか、極彩色の光は抑えたままなので、矛先をまともに向けられて顔面蒼白になる【セルミ】様の表情がよくわかる。
かく言う俺も、背中が泡立つのを禁じ得ない。
『【セルミスファフト】よ、わが世界で神術を行使することを禁ずる』
【セルミ】様の周囲にその身長ほどもある透明な枷が現れ、ガシャンという荘厳な効果音と共にその身体を拘束し、光の粒子となって散る。
暫し思考停止に陥った【セルミ】様が、驚愕に目を大きく見開き、口を戦慄かせる。
【イシュクシュナ】様が施したのは、神力を乗せた言霊で【セルミ】様の行動を縛る――神呪術と言うべき呪法だ。本来、同格の神様同士では神呪術を掛けられても無効化できるが、【セルミ】様(分身)との差は10倍――これだけ大きな差があると【セルミ】様が解呪はすることは絶対不可能だ。
『【セルミスファフト】よ、わが世界で門を開くことを禁ずる』
再び【セルミ】様の周囲に先程と同じ透明な枷が現れ、ガシャンという荘厳な効果音と共にその身体を拘束し、光の粒子となって散る。
なんとなく、花火の散り際にも似た幻想的な光景だ。
行われていることの意味を考えれば、とても楽しい気分にはなれないが……
「なぜじゃ!! 彼らは故郷へ帰れ、我は彼らとの縁を伝手に「彼の地の神」より階梯を上げる術を学ぶ。誰も損をせぬ取引じゃろうがっ!!」
『この世界で門を開くは管理者たる我の権能ぞ。余所者である貴様が許しもなく門を開くは重大な規則違反だと言うことを知らぬ訳でもあるまい』
何とか言い包めようと、あれこれ思案していた【セルミ】様が口籠る。
『憑代を手に入れてからというもの貴様の行為は目に余る。わが世界で中級神術を行使するなど断じて許しがたい。お主が仕出かした所業、全て上に報告する』
「待て待てっ! 中級神術なら以前行使した際は問題にもしなかったじゃろ? 何故今頃……」
露骨に慌てた【セルミ】様が何とか翻意させようともがく。
『あの時とは状況が違う。いや、あの時に罰しておかなかったのは我の怠慢だ。その件についても包み隠さず上に報告し、裁可を受ける所存だ』
「………………」
自由気儘に振舞ってきた己の行動がどれほどの罪に相当するのか――事の重大さに思い至ったその顔から血の気が引いていき、真っ青を通り越して真っ白になっていく。
本人は気付いていないようだが、【セルミ】様の目尻から滂沱の涙が滴り落ちる。
しかし……上司と言うか上位神みたいな神様もいらっしゃるんですね……と、どうでも良いことに納得する俺。
『【神の座】を汚す輩を罰するならともかく、そこな「タキザワ・タケシ」に神として認めさせるためだけに中級神術を行使するなど、正気の沙汰とは思えん。きっと重い処罰が下るであろう』
表情を無くした【セルミ】様が柵を握り締めたままズルズルと膝から崩れ落ちる。
もう反論する気力もないらしい。
『タキザワ・タケシよ』
「………………は、はいっ!」
話の矛先が向いたことに驚き、【イシュクシュナ】様に正対して直立不動でビシッと背筋を伸ばす。
『我が門を開き、そなた達を元の世界に送り返すことは規則に反する。偶発的な事故による転移は自己責任で解決させるの筋だが、階梯が高いお主達がこの世界に居続けることの影響も考慮すれば送り返すが妥当とも思える』
「…………………?」
困惑と失望となけなしの希望が心の中で大きくうねる。
『我に課された規則と我が世界への影響を鑑み……、我は君たちに一つの救済手段を提示する』
「はい?」
救済手段…………だって!?
『【神の座】の謎を解き、再びこの神域を訪れよ。さすれば、我は褒美として故郷への門を開こう』
「【神の座】から…………神域に訪れる?」
予想外の展開に困惑気味だ。一体あの遺跡に何があると言うんだろうか?
『【神の座】は神域への道標。元々はこの世界のものたちが階梯を上げる一助となればと複数設置した神与物だ。第六階梯のお主らが持てる術を総動員すれば……遅くとも10年以内には神域に辿りつけると我は見ている』
「10年……。あ、あのー、誰か一人でも神域に辿り着ければ全員の帰還が叶うのでしょうか? それとも辿り着いた者だけでしょうか?」
『誰か一人でも辿り付けば、この世界に転移した帰還を願う全て人と所有物の帰還を認めよう。但し、神域に辿り着く前に命を落とした場合は死者として帰還すると心得よ』
「本拠地ごと元の場所に戻れる……と考えてよろしいのでしょうか? あ、あの……商売柄、細かくて済みません」
依頼主と契約書を取り交わすことも少なくないので、契約文書は重箱の隅を突くように確かめるのが習性になってしまった。いや、細かいのは子供の頃からか……。
フフッと【イシュクシュナ】様に笑われたような気がする。
『お主達の技術がこの世界に及ぼす影響は計り知れぬ。可能な限り本拠地と呼ぶ建物ごと元の場所に送り返そう。支障が出る場合はお主の世界の神と調整する。また帰還にあたって、この世界発祥の生命の持ち帰りは認めない。その他、持ち帰れぬ物品については事前に通告しよう』
10年か……
短いような、長いような……ブランクが10年もあったら、元の生活に戻るのは苦労しそうだ。
それでも、あてもない道を彷徨うのに比べれば、神様の保証がある分まだましか……。
『なに、仔細はお主の神と相談して決めるが、こちらの世界の10年がお主たちの世界の1年となるか1月となるかは交渉次第だ。我としても、話の出来る神であれば縁を結ぶ甲斐があると言うものだ』
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いいたします!!」
最敬礼で最大限の感謝の意を示す。
ぬか喜びは禁物だ。神様同士の話し合いは横に置き、総力を結集してなるべく短期間で達成出来るよう仲間を説得しなくては……。
『ああ、そうだ。【セルミスファフト】よ、【神の座】に関して情報を公開することも、攻略に関与することも禁ず』
幾度目かの枷が無反応の【セルミ】様を拘束し、光の粒子となって散る。
「??」
『【セルミスファフト】なれば【神の座】を抜けて辿りつくことなど造作もない。あれの後ろをついて神域までやってくるのでは救済手段を講じた意味がないからな』
つまりは我々の手と足で【神の座】を抜けて神域に辿り着いてみろ――と言う訳か。
『タキザワ・タケシよ、これを持って行きたまえ』
下賜されたのは、角度によって極彩色に変化する半透明の鉱石が連なった首飾りだった。
「これは?」
『我の神託を受け取る神具だ。常に身に着けておくがよい』
「ありがとうございます。ええ……と、神託を受けるのは誰でも可能ですか」
『君専用だ。留意したまえ』
俺専用の神具ですか……取り扱いに注意しないとな。
『タキザワ・タケシよ。此度の邂逅、実に有意義であった。お主達が見事神域へ到達する日を我は楽しみにしているぞ』
背筋をピンと伸ばして軽く目を閉じ、最大の感謝を込めてもう一度最敬礼した。
十数秒後に頭を上げた時にはもう、俺達は人界への帰還を果たしていた。
主人公は「帰還への手掛かり」を手に入れた!!
主人公はやっと「自分の名前」が表記された!!
えー、ようやっと主人公の名前を出せました。
タキザワ・タケシ――漢字では「滝沢 毅」と書きますが、探索者仲間からは「タキ」と呼ばれています。
結婚して一児の母になった妹がいます。
妹夫婦は、実家で両親と暮らしています。
旦那は「マスオさん」状態です………アレ?
子供の頃から共働きの両親に代わって妹の面倒を見ていた為に「世話焼き」な性格になってしまったタケシ君は、セルミ様のように手の掛かる「駄目な子」が近くに居ると「お兄ちゃん魂」が疼きます。
それにしても、セルミ様……際限なく壊れていきますね。
長いこと憑代に憑依(?)していた為に、かなり変質が進んでいる様です。
セ「違うのじゃ、本体の我はもっと高貴で気高くて理知的で……」
筆「はいはい、妄想はその位で……」
セ「貴様のせいじゃろうがぁ~!!」
筆「威圧感で潰されるのは、ご褒美ですね~?」
失礼、ワルノリしました。
さて、セルミ様を例えるなら、言うことを聞かない我儘気儘な猫……です。
叱ってもすぐ忘れてまた悪さをする。
腹が空けば「餌を寄越せ!」とニャーニャー催促し、
パソコンを使っていると「かまって」とばかりにキーボードの上に寝そべる。
その癖、こっちがかまってやろうとすると五月蠅いとばかりに何処かに逃げていく。
お気に入りの場所で、野生にはあるまじき珍妙な格好で惰眠をむさぼる
……そんな感じですか。