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02-01>二柱の神

 ・・・・意識がなかったのはどのくらいか?


 うすぼんやりとした意識の中、自分が顔を右に曲げた状態で土下座するように突っ伏しているのは感じるが、触れている筈の床に現実感がない。

 開いたままの目から脳に届くのはブロックノイズ、耳から入ってくるのは轟々と鳴る音のうねり……


 瞬きする――ブロックノイズと轟音が僅かに緩和される。

 瞬きをもう一つ――ブロックノイズと轟音がさらに緩和される。

 瞬きをさらに一つ――ブロックノイズと轟音がかなり緩和される。


 機械的にゆっくり瞬きを繰り返しているうちに、それまで滞っていた目や耳からの情報が怒涛の勢いで脳に流れ込む。まるで緩慢に坂を上って行ったジェットコースターが、頂点から奈落に向けて一気に駆け下りて行くような急激な変化に脳がついてゆけず、眉間に皺を寄せてきつく目を閉じて両手で耳を覆う。

「くぅ……っ!!」

 体を丸めるようにして数秒間耐えると、酔いや眩暈に似た感じが唐突にスッと解消する。

 恐る恐る目を開けると今度は普通に周りの物が見え、音が聞こえる。

 安堵に力が抜ける体を無理矢理起こし、床に腕を突いて上体を支える。

「はぁ…………」

 項垂れた体勢のまま、我知らず溜息を洩らす。


 ――それにしても、さっきから床に突いた手の感触がおかしい。


 御影石のような硬質と冷たさ、カーペットのような柔らかさと温かさがないまぜになった変な感触。

 目に見えている「モノ」も同様だ。

 視界の中心部はしっかりと実体が伴うのに、端に行くほど朧げで曖昧模糊としているような……目を離した瞬間に、床が消えてなくなるのでは? ――と言った不安感が拭えない。


 顔を上げると、少し離れたところで自称神様(?)が誰かと言い争い……いや、自称神様(?)が一方的に食って掛かっているのが見えたが、見なかったことにしておく。

 さっきから耳に届いていた金切声は、自称神様(?)のだったか……

(いかん、いかん。自称神様(?)呼ばわりはいい加減辞めないと、本気で潰される。)

 辺りをグルッと見回すが、壁も柱も天井もない空間が果てしなく続いている様に見える。

 太陽や照明と言った光源は見当たらないのに物は普通に見える。一体どんな原理が働いているだろう?

 何もない殺風景な空間――何もかも足りないが、決定的に何かが足りない。


 ・・・・・・・・そうか、色だっ!


 色彩と言う概念がこの空間には決定的に足りない。

 モノクロームの世界の中で色彩を持っているあれは…………誰だ?


「取り敢えず、現状把握……なっ!?」

 いつもなら、こちらの脳波を読んで瞬時に情報を表示してくれる網膜投影型情報端末(スマート・コンタクト)が沈黙し、度無しのコンタクトレンズに成り下がっていた。

 慌てて装備(デバイス)のセルフチェック・再起動(リセット)電源(パワーユニット)のON/OFFをソフト・ハード両面で試すが、全く反応がない。

「おいおい、マジかよ…………」

 途方に暮れる。

 滅多なことでは壊れない装備(デバイス)が壊れるような事態って……何が起きたんだ?

 思わす顔を覆って天を仰ぐ。

 修理は本拠地(ベース)でなければ無理だし、調査を切り上げて最短経路でも半月は掛かる道程を装備(デバイス)のアシストなしだと……困難とは言わないが、正直かなりキツイ旅になるな。

 ――と言うか、ここが何処で、どうやれば帰れるかも全く見当がつかない。お手上げ状態だ。


 ◆◆◆


『よいかね?』

「…………………………………………うわっ!! な、なんでしょうか?」

 茫然としていたところにいきなり声を掛けられた上に、自分にだとは思わなかったので反応が遅れた。

 声のした方を向くと眩しすぎて何も見えなかったので、大雑把に狙いを付けて平伏する。

 耳だけでなく、頭の中に響くだけでもない、全身に届くみたいな不思議な声だ。

 鈴を転がすような声なのに男性口調なので違和感が半端ない。


『辛そうだな…………これでどうだね?』

 言われて顔を上げる。

 柱状に極彩色の(オーラ)が遥か上空まで噴き上がっている中に、辛うじて人影らしき輪郭が判別できる程度に(オーラ)が弱まった。流石に表情を窺うことは出来ないが、これなら目を開けていられる。

「はい、大丈夫です」

『ならば、こちらへきて掛け給え』

 招く先にはいつの間にか丸テーブルと三脚のスツールが置かれていた。


 材質は――床と同じように感じる。


 ついつい観察している内に、先に腰掛けている二人を待たせてしまった。慌てて席に着き、居住まいを正すが……

(うわっ!! なんだ、この座り心地!? こんな感触初めてだ……。)

 見た目を裏切る極上の座り心地に、二人のことを忘れてつい盛り上がってしまった。

 穴があったら入りたい気分だ……。

『穴が必要かね?』

「あ、いえ。……どうぞお構いなく」

 心の声が筒抜けだと言うことを失念していた。額に滲む汗を手拭いで拭い、心を落ち着ける。

『異邦より来られし希人よ、歓迎しよう。我はこの世界の神「$`%*>&$%"#**&>%」……そうだな【イシュクシュナ】と呼びたまえ』

「イシュクシュナ様ですか、私は……」

 自己紹介をしようとしたが、【イシュクシュナ】様が手を挙げて遮る。

『自己紹介は無用ぞ。君達がこの世界に現れし(のち)のことは全て知っておる』

 おお……流石は全知全能の神様と言うわけか。

 椅子に座ったままで良いのか――という疑念は残るが、その場で深く頭を下げ最大限の敬意を表す。

『よい。我はそこな堕神と違い狭量ではない』

 ――と、横合いから全身に突き刺さる恨みがましい視線が………………

「あの……何か?」

「……(われ)の時とはずいぶん態度が違うではないか」

 半眼でジーっと見つめてくる顔を正視出来ず、視線が宙を泳ぐ……

「えーーーー、それはですね…」

『それはだな…』

「やっぱり第一印象って…」

『貴様の日頃の…』

「大事だと思うんですよ」

『行いの悪さゆえだな』

 二人から同時に喰らった駄目出しに【異界の神】様の顔が真っ赤に……あ、まずい……

「我が何が悪いと言うのじゃ!!!!」

 叩き付けられた威圧感(プレッシャー)に、思わず椅子から転げ落ちる。

 幸い、矛先は【イシュクシュナ】様に向いていたため俺はとばっちりを喰らっただけだが、受け身も取れずに叩きつけられた尻と背中が痛い。

 ああ、背嚢を背負ったままだったか。

「大体お主はじゃな!!」

『貴様の所業を数え上げたら切りが無いぞ? まずひとつ。あれは……』

「あっ、わわわっ……。過ぎたことをあげて貶めるなど神の所業とは思えんぞ! 止めぬか、ええぃ止めよと言うにっ!!」

 椅子に座り直している俺の方へチラチラ視線が向いてくる様子からして、どうやら知られたくないことが一杯あるようだ。

 一応、大人の対応としてスルーしておく。


 どう足掻いても旗色が悪いのは覆せないらしい。やり込められた【異界の神】様がブツブツ不貞腐れる様は年相応というか……

『以前から貴様は奔放すぎる性格だったが、その身体を得てから拍車が掛かってはおらぬか?』

(その身体を得た? ……と言うか二人は知り合いってことだよな?)

『ああ、らしくないと思うかもしれんが、これも神であることに間違いはない。本来は我と同じ姿と役目を……』

 おおっと!! ――いきなりこっちに話が向いて、緊張に心臓が跳ねる。

「我のことは【セルミスファフト】――【セルミ】と呼ぶがよい。先に話したように異界――おぬしの世界ともこの世界とは別の世界の神ぞ。この身体はアルバーシュの巫女姫のもので、現界するのに丁度良いゆえ使っておる。実はじゃな……」


 えー、【セルミ】様の説明は無駄に長かったので要約しよう――


【イシュクシュナ】様も【セルミスファフト】様も、ひとつの世界を管理している――神様だ。

 他の神様に用事がある場合は、神力を分割して生み出した分身を名代として送るか、後事を分身に託して赴く――というのが一般的らしい。

 いまこの世界に居る【セルミ】様も、神力の1/10という破格の神力を分け与えられた分身で、とある目的のために【イシュクシュナ】様の元に送られ、半ば居座る形でこの世界に留まり続けているそうだ。

(ただの御遣いに1/10もの神力を分け与えるのは珍しく、普通なら1/1000で充分らしい。)


 そんなある日、【セルミ】様(分身)が【神の座】に居座ってのんびり世界を眺めていたところへ、アルバーシュを征服した【愚王】が生き残りの神官の中でも最高位の「アルバーシュの巫女姫」を連行し、神の力を寄越すよう迫ったんだが……これって、【愚王】の側近辺りがアルバーシュの教義を曲解した(ねじまげた)上に盛って(点数稼ぎの為に)吹き込んだんじゃないかな。

 巫女姫も全く預り知らぬ話だったので、アルバーシュの教義や神事にそんな術はないと涙ながらに訴えるが聞き入れられず……激高した【愚王】の剣で胸を刺し貫かれて、儚くも命を散らしてしまう。


 ――「異世界」と「分身」が付くとは言え、神様の御前(おんまえ)で、この世界の神に仕えた巫女への蛮行だ。知りませんでしたで済む筈がない。


 もっとも【セルミ】様が激怒したのは、自分の居場所を血で汚されたこと――絶命した巫女姫の身体をこの世界で力を行使する憑代とした【セルミ】様が、瞬く間に【愚王】とその国を滅ぼしたそうな。

 なんでも他の神の世界で力を行使する為には憑代がないと色々面倒だそうで、今に至るまで使い勝手の良い巫女姫の身体を手放さず、使い続けている――と言う話だった。


【セルミ】様の憑代でいる間、巫女姫の身体は不老不死だそうな……


「……と言うことは、【愚王】とその国を滅ぼしたのは【イシュクシュナ】様ではなくて【セルミ】様と言う訳ですか?」

『全く迷惑な話だ』

「ですよね……」

【イシュクシュナ】様に視線で促された気がしたので話を続ける。

(表情は(オーラ)で全く見えないけど……感情が伝わるのは精神感応と似た原理なんだろうか?)

「あ、あのですね。私の考えが毒されているのかもしれませんが、200年前のアルバーシュの一件って【イシュクシュナ】様にとってほとんど損だと思うんですよ…」

「『損?』」

 期せずして神様二柱がハモる。

「信賞必罰――と言いますか、【神の座】を血で汚した【愚王】に罰を与えるのは神として当然の行為だと思いますが、【神の座】を護って滅びたアルバーシュは……別に何かが欲しくて戦った訳ではないとは言え、何の褒美も下賜されてない訳ですから、些か薄情な神様と思われても……」

『なるほど………………………………』

 ギギギギ…と空間が軋むような音を立てて、【イシュクシュナ】様のプレッシャーが【セルミ】様に圧し掛かる。

「例えば【神の座】で命を落とした巫女姫が神の力で復活し、新たなるアルバーシュの礎になった――なんて美談が伝承として伝わっていれば、【イシュクシュナ】様は今以上に崇拝されているんじゃないかと……思うんですよ」


 マッチポンプな気はするが、俺のいた世界では「この手の話」は少なくない。


 空間がギシギシ悲鳴を上げるなか、ばつが悪そうにドンドン顔を背けていった【セルミ】様は、とうとう【イシュクシュナ】様に背を向けて「私は何も聞こえな~い」とばかりに韜晦しだす。

「俺が聞いて回った話だと、アルバーシュの信仰は昔と変わらないみたいですが、それ以外では恐怖の対象というか、『触らぬ神に祟りなし』というか……そんな感じでしたね」

 ああ、そう言えば子供を叱るときに「そんな悪いことばかりしてると、神様が来るからねっ!!」って言うんだよなぁ……こっちじゃ。

『つ・ま・り、我が遍く崇敬されておらんのは、この愚か者のせいだと言う訳だな?』

「なんじゃ、200年前のことをグチグチ言いおってからにっ! 貴様があの時何もせんかったからわしが替りにやってやっただけじゃろうがっ!!」

 ……あ、逆ギレした。

 ブンブンと手を振りながら立ち上がって抗弁するが、それは悪手だ。

『我が振り上げた手の落としどころを奪い、後処理でどれほど面倒を蒙ったか判って言っているのだな? どこぞの馬鹿が散々暴れまくってくれたおかげで「この世界」の調律に我が費やした神力が如何ほどか……なんなら今請求してもいいんだぞ?』

「あ、あぅあぅ……」

 【セルミ】様の表情が引き攣るほど【イシュクシュナ】様の威圧感(プレッシャー)が半端ない。

 その矛先は【セルミ】様に限定されているのに、俺の背筋を冷たい汗がしたたり落ちる。

 流石10倍の神力は伊達じゃないぜ……と、花が散るように威圧感(プレッシャー)が雲散霧消する。

『まあ、いいだろう。確かに200年も昔のこと、今さら言っても仕方があるまい』

 矛を収めたことに、【セルミ】様があからさまにホッとした顔をする。

『但し、次に何かしでかしたら容赦なく200年分の利子を付けて取り立てるからな!』

「ぴぃ!!」

 ……気を抜いたとこへ、すかさず「ぶっとい釘」で刺し貫く。【イシュクシュナ】様の方が上手だった。

 涙目になった【セルミ】様と【イシュクシュナ】様を見ていると、出来の悪い妹を持った苦労性で優等生な姉と言った印象を受けるな。……おっと、こんな考えも不敬だな?

『同感だ…』

【イシュクシュナ】様の呟きに俺は思わず肩を竦めた。



 第二章「神域」篇の始まりです。


 神域は「この世界」を管理している神【イシュクシュナ】様が御坐す(おわす)場所で、死者の魂が迎えられると言われている天国や天界とは別物です。

(本作品には、天国も地獄も登場する予定はありません。)


【イシュクシュナ】・【セルミスファフト】と言う名前は、人間が発音出来る様にと考えた名前で、本来の名前は到底人間には発音不可能です。


【イシュクシュナ】様の容姿は極彩色の(オーラ)で覆われている為に、主人公にはぼんやりと輪郭が判る程度にしか見えていません。

 また、文中に「鈴を転がすような声なのに男性口調…」とあるように、主人公は【イシュクシュナ】様を女性神だと思い込んでいますが、実際のところ性別は――不明です。

(と言うか、神様に男性神・女性神の区別があるのかどうか……。)


 文中で【イシュクシュナ】様が「我が遍く崇敬されておらんのは…」とお怒りになっているシーンがありますが、これは主人公の論理に乗って【セルミスファフト】様に怒って見せただけで、別に人々から崇敬されようと、されまいと【イシュクシュナ】様自身には問題なかったりします。

(神への信仰心を使って、階梯を上げようと試みている神様もいますが……おっと、この辺りの話は02-03話に出る内容ですね。)



 主人公が「神域」を色彩のないモノクロームな世界と言っていますが、これは貧弱な人間の五感にそう映るだけで、【イシュクシュナ】様たちには別な光景が見えている――筈です。


 異界の神――【セルミスファフト】様について徐々に明かされて行きますが、話が進むに連れてドンドン神様の威厳が……


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