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01-05>神の座へ

 早朝、開門の少し前に宿の娘さん(カーリア)に見送られながら宿を出た俺は、西の大門(ウェストゲート)から宿場町(タフレ)を出る。

 30分ほど歩いて街道脇の眺めのいい丘の上に腰を下ろし、朝食用にと包んで貰った黒パンのホットドッグもどき――具材はアグー肉のソテーと塩漬け野菜だ――を大量のお茶で流し込みながら、行商人の車列が途切れるのを待つ。

(塩漬け野菜の代わりにピクルスやレタス、あとトマトケチャップが欲しい――)


 目指す【神の座】は東の大門(イーストゲート)側なので、これから街を大きく迂回する。


 西の大門(ウェストゲート)から出た者が【神の座】に向う筈はない――という効果を狙っての行動だが、正直取り越し苦労な気はする。

 宿場町(タフレ)から出て行く車列がまばらになったころを見計らって街道脇の森に入り、木陰に屈み込んで周囲を窺う。実のところ街道脇の木陰は旅人のトイレタイムによく使われているので、男が木立に隠れても不審がる人はいないが、周囲に耳目がないことを何度も確認した上で森を奥に進む。

(木立に隠れたのが女性なら、周囲の反応は――推して知るべしである。)

 大きく街を迂回すると、街道や野草の群生地などの冒険者()がいそうな場所を避けて、【神の座】の参道入口を目指す。


 俺達探索者(シーカー)は、過酷な現場で生き延びるために磨いてきた【第六感】を重視する。その【第六感】が【神の座】は調査する価値あり――と囁いていた。


 単独登山(ひとりで)は無理――と老爺に止められたが、この世界の冒険者と組んでしまうと【本来の目的と装備(デバイス)】を隠さなければならないので、逆に難易度が上がる。それに――そもそもハイリスク・ローリターンの遺跡探査に人を募ったところで冒険者が集まる見込みはないし、金に飽かせて冒険者を集めれば【神の座】に何故行きたがるのかと好奇心を掻きたててしまう。


 百害あって一利なし――そう判断した俺は、そのまま単独で参道の入口から低危険区域(バッファー・ゾーン)へと分け入った。


 ◆◆◆


 参道の入口から登頂すること5日目の昼過ぎに、山頂付近にある【神の座】へと辿り着く。

 詳細は省くが、アルバーシュが参道を再開通させるのに失敗したのが納得できるほど出るわ出るわ……中級以上の危険生物(カテゴリー・イエロー)と有毒生物が目白押しだった。

 探査装置(マルチ・アナライザ)の広域探査を5分おきに、警戒装置(センサー)で50m以内を常時フルスキャンという二段構えの警戒網を敷き、可能な限り迂回して戦闘は避けた。目的は危険生物の駆除ではないし、戦闘すれば体力がガリガリ消耗していくので避けるのが最善策だ。

 夜昼構わず近寄ってくる彼らのおかげで削られる睡眠時間は薬で補ったが――疲労は徐々に蓄積していく。

 八合目辺りからは伝承を頼りに遺跡の場所を探索しながらの移動だ。幸い大体の位置は老爺の話で掴んでいたので、見つけるのに苦労はなかった。

 そんなこんなで往路は時間が掛かったが、復路は最短経路を下山出来れば麓まで2日強で辿りつけそうだ。


 まだ日があるうちに「周辺の危険度判定」と「遺跡外部からの事前調査」を終えた俺は、翌早朝から本格的な遺跡探査に備えて手料理で英気を養うことにした。

 夕食のメニューは、今日登山中に仕留めた"岩飛び兎"の肉と食べられる野草の鍋物。ガラも入れて出汁を取り、灰汁を充分すくったら本拠地(ベース)製の味噌で軽く味付ける。主食の米も味噌もフリーズドライだ。


 ああ、やっぱりこの味付けが一番馴染む……。


 星灯りの下、余った肉を燻製処理しつつ残り僅かなインスタントコーヒーをチビチビ楽しむ。

本拠地(ベース)から持ってきた嗜好品(コーヒー)が残り3杯分なのが非常に悩ましい。)

 危険地帯で消費した干し肉の代わりになれば――との思い付きだったが、試しにつまんだ燻製肉は多少癖があるものの大変美味だった。

 遺跡の調査が長引くようなら、一日狩りに充てて燻製肉を量産しても良いかもしれないな。


 ◆◆◆


 翌朝、寝袋から這い出した俺は、昨夜作った燻製肉を黒パンに挟んだものとフリーズドライのスープで軽く朝食を済ませる。

(ああ、トマトケチャップかマヨネーズ、あとマスタードが欲しい……。)


 昨夜は警戒装置(センサー)の警報で叩き起こされなかったが、野生生物が近寄ってこないのは遺跡の影響なんだろうか?

本拠地(ベース)製のテントや寝袋は展開も収納も手間が掛からず、防水や温度・湿度の調整機構は勿論、A7サイズに畳める優れものだが……人目に付きそうな場所や危険生物の生息域では使えないのが難点だ。)


 さて――不測の事態に備えて、テントを初めとした装備全般を背嚢に格納してから遺跡に入る。

 探査装置(マルチ・アナライザ)のマッピング・データによれば、遺跡の広さは体育館一個分ほど。神殿として造られた建物は、用途に沿ったシンプルな構造をしていた。


 ――この辺の情報は、|老爺が話してくれた内容《アルバーシュの伝承》とも合致する。


 山頂付近に小振りとはいえ遺跡を造り上げたアルバーシュの力量にも感嘆したが、それ以上に驚いたのは遺跡の中核――神殿部分のサイズと使用されている構造材(石材)の材質だ。神殿部分が先に造られ、神殿の管理や参拝者のための建物が後々増築されたと考えられるが、風化が進み、手で触るだけでもボロボロ崩れる増築部分に対し、神殿部分の構造材の表面は最近仕上げたかのように滑らかで風化や磨滅がほとんど見られない。

 材質の違いか、それとも工法の違いか――本来の目的とは違うが、興味を引かれたので探査装置(マルチ・アナライザ)の精密モードで念入りに調べる。研究班(専門家)が興味を示してくれれば追加報酬(ボーナス)も期待できるだろう。


 神殿部分に入るために崩れた増築部分を迂回する必要はあったが、住み着く獣も厄介な罠も無いので拍子抜けするほどあっさり最奥部へと辿り着くことが出来た。


 ――簡単すぎて気が抜けるが仕事は仕事。


 緩みかける気持ちを引き締めて最奥部へと侵入した俺は――そこが中世ヨーロッパの城で【玉座の間】と呼ばれる部屋に似ていることに既視感(デジャブ)を覚えた。

 広さは20畳ほどで、横幅に対し奥行きが倍以上ある長方形の部屋。

 その奥1/3が階段状にせりあがる構造になっており、一番上――床から1.5メートルほど高い10段目の中央には鉱物から削り出したと思しき玉座が置かれていた。

 この部屋は採光も考慮されているようで、玉座周辺には間接光が柔らかく降り注ぎ、光を反射する玉座の質感とも相まって荘厳な雰囲気を醸し出している。


 ただ――その玉座は人が座るには大きすぎた。


 5メートルは優にある神殿部分の通路の高さや奥行きの広い階段、玉座のサイズを勘案すると、この遺跡は身長が3メートル以上の誰かを祭るために作られたのだろうか?

 探査装置(マルチ・アナライザ)のログを眺めながら、そんなことをつらつら考えていた。

「おぬし…………それは何をしておるんじゃ?」

(!!!!?)

 反射的に顔を上げると、玉座に腰掛けた少女が頬杖を突きながら俺を見下していた。

(馬鹿なっ!?)

 慌てて探査装置(マルチ・アナライザ)のログを巻き戻すが、声を掛けてくる寸前まで玉座に誰も居なかった。俺の思考に反応して集中スキャンが実行されたが、玉座に居るのは紛れもなく人。狐狸妖怪――いや、こちら風に言えばモンスターや幻覚・幽霊の類ではない。


 少女の年齢は――10歳位か?

 外見からは、先日アルバーシュの集落で出会った老爺の孫娘に似た印象を受ける。

 身長は150センチ前後で体型はやや痩せ気味だが、健康なのか血色は悪くない。

(食糧事情が厳しいこの世界は、裕福な家庭でもない限り彼女と同等かもっと痩せているのが一般的だ。)

 腰高の金髪が玉座を照らす間接光にキラキラ反射するさまは、神秘的と言えなくもない。

 西欧風の整った顔立ちは、いずれ成長すれば人目を引き付ける美人になる――そんな片鱗を見せている。

 右が金色で左が黒色の虹彩異色症(ヘテロクロミア)の瞳は、冷ややかさを装いつつも新しい玩具を見つけた子供のような期待と好奇心の輝きを隠しきれておらず、座面が高すぎて床に全く届かない爪先がプラプラ左右に揺れるのと相俟って、全体的に子供っぽさ――と言うか直情型な印象を受ける。

 敢えてマイナス要因を上げれば、髪型が手櫛で整えたように雑だったり、アルバーシュの民族衣装に似た服装が古めかしくて魅力を損ねている位か。


「なんじゃ、こそばゆいのぅ…」

 スキャンに反応した訳でもないだろうが、肩口から下へ服についた埃を払うようにパタパタ叩く。

「君は――」

 疑問を口にしかけて口籠る。


 ――君は誰なのか?

 ――何故こんな場所に一人でいるのか?

 ――そもそも君は本当に人なのか?


 とめどなく疑問が溢れるが、下手な問い掛けは最悪の事態を招きそうで怖い。


 心を落ち着かせて頭を働かせろ――


 常時稼働している簡易スキャンならともかく、遺跡探査に使用していた高精度な探査装置(マルチ・アナライザ)が少女を見落とすとは考え難い。遺跡を隈なく見て回ったわけではないが、外周を含めて人の居た痕跡は見当たらなかった。埃が積もる【玉座の間】の床に残るのも俺の足跡だけだ。


 ――いや、現実から目を背けるな。少女は実在している。見落としている点は何だ?


 探査装置(マルチ・アナライザ)を避ける未知のスキルを少女が持っていると仮定しよう。そのスキルのおかげで、"雪豹"や"灰色大熊"などの大型肉食獣の生息域を踏破出来たとは考えられないか?

 "雪豹"狩りには中堅クラスの冒険者が6人、"灰色大熊"なら10人のパーティーが最低編成だ。華奢な少女が一人で武器や防具を身に着けずに辿り付くには――そんな特殊スキルや魔法が必要になる。

 足跡がないのは、玉座の裏とか俺の死角になる場所にスキルを使って潜んでいたという事か?


 たとえ【神の座】に辿り着けたとしても問題は残る。食糧と飲料水の確保だ。

 年齢相応の体力しかなければ持ち運べる食糧と飲料水はたかが知れている。同行者が居るにせよ、誰かが補給しなければあっという間に手持ちを食い尽くして飢え死にだ。

 遺跡周辺は森林限界をかなり超えている上に食用植物の分布もない。危険生物の縄張りで狩りを行うか、麓まで下って食用植物を採取しなければ補えない。加熱調理したものが食べたけりゃ、燃料となる薪を調達するか火系統の魔法が必要だ。

(火系統の魔法は火力と持続時間の調整が難しいので、大抵は生焼けか消し炭になるそうだ……)

 水はさらに深刻だ。山肌に降った雨はすぐに地中に浸透して地下水となる。昔は雪や雨水を貯めて飲料水にしていたのだろう――増築部分に貯水槽らしき構造物があったが、風化が進んで今はまったく使い物にならない。春先までなら雪を溶かして飲むことも出来たが季節は夏だ。山頂にも雪はない。水を得るためには、やはり麓に下るしかない。


 ――麓に降りられるなら、めったに誰も訪れない辺鄙な遺跡に留まる理由は何だろう?


 聞くべきか。聞かざるべきか――逡巡する俺に対し、

「なに、ここで下界を覗いておったら、貴様が面白げなことを始めおったので直に見に来たまでのことじゃ」

 ――と、こともなげに少女は笑った。

(ここで下界を覗いていた!?)

「何を驚くことがある。ここは【神の座】ぞ。居るのは神に決まっておろう」

「!!??」

「もっとも、(われ)はこの世界ではない【異界の神】であるがな」

 何故かは判らないが、子供の戯言と断じて切って捨てることが出来ない。

 五感――いや六感全てが感じている何かと、頭が理解出来ている何かの間に絶対的な乖離があるような――見えているのに見えていない、聞こえているのに聞こえていない――そんなもどかしい感じに苛まれる。理解が及ばぬ状況に、脳味噌が思考を放棄しそうになるのを必死に食い止める。思考停止はまずい。相手が何であれ無防備な姿を晒すのは危険すぎる。少女が放つ威圧感や向けてくる眼差しに、俺は言い知れぬ恐怖を感じていた。【第六感】は警鐘を鳴らし続けているのに思考が空回りし、次の行動に移すきっかけが掴めない。

「なんじゃ呆けよって。…よいか重ねて言う『われは【異界の神】』ぞ」

 ピッ!

 少女の言葉に重なるように無機質な電子音が脳裏に響く。

 我に返って網膜投影型情報端末(スマート・コンタクト)の表示に注意を向けると、そこにはシステムメッセージが一通――

探査命令の実施(オーダー)――終了コンプリート。追加探査を行いますか?』

 ふいに天啓がひらめく。――いや、いい口実が手に入っただけか。

「し、知らぬとは言え、神様が居られる場所に立ち入り、勝手な真似をしたことをお詫びいたします。私の仕事も終わりましたので、早々に退散したいと思います。それでは…………失礼致しますっ!!」

「あっ! こら――」

 彼女から視線から逃れるように頭を深々と下げた俺は、そのままの体勢で数歩後退ると踵を返して全速力で逃げだした。少女が何か言いかけたようだが、逃げることに全精力を傾ける俺の耳には届かない。一分一秒でも早く、一歩でも半歩でも遠くへ――ただ只管(ひたすら)そのことだけが脳裏を占めていた。


 俺にとって【異界の神(少女)】との出会いは不幸の始まり――だと思っていた。



 かくして【異界の神】出会ってしまった主人公は、『第一話』で山中を逃げ回り、雪豹を蹴り飛ばす羽目に陥るんですが……はてさて、どうなることやら。



 では補足説明を少々……


装備(デバイス)

 作中では頻繁に装備(デバイス)と呼んでいますが、主人公の世界の科学技術で作られた装備類の総称で、そのすべてを統括するシステムです。

 高度な人工頭脳(AI)が搭載されています。


 全ての装備(デバイス)は脳波(思考)でコントロールされ、情報は網膜投影型情報端末(スマート・コンタクト)に表示されます。

 また、この世界の住人が見ても判らない様に徹底的な偽装が施されています。


探査装置(マルチ・アナライザ)

 スタートレックのトリコーダーのようなものですが、携帯型ではありません。

 小惑星の資源探査にも使っていた探査装置よりも小型で高性能ですが、エネルギー消費が高いので稼働時間が短いのが難点です。


警戒装置(センサー)

 機能を限定したことでエネルギー消費を抑え、熱源探査・振動探査・音源探査など複数の探査方法を組み合わせて着用者の周囲を常時監視します。

 警戒装置(センサー)が感知した物体の危険度判定は装備(デバイス)のAIが行っています。

 当初は、危険度の低いものにも警報を発していましたが、この世界の動植物のデータが充実するに連れてフィルタリング精度が向上しています。


網膜投影型情報端末(スマート・コンタクト)

 文字通り、網膜に情報を投影できるコンタクトレンズです。

 2017年現在、スマート・コンタクトは色んなメーカーで開発しているそうですから、現物を拝める日も近いかもしれません。


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