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がんばれ! 暴カニ男

作者: 平井ロア

 三千年前に地球にやってきて以来、ずっと地上のことを学びつつ、深海で力を溜めていた海鮮帝国シーフード。


 西暦20xx年、地球人と海鮮帝国シーフードの戦いが始まって三ヶ月――海鮮帝国は各国の必死の抵抗を受け、侵略の予定は大幅に遅れていた。


「では次に各国の進捗状況……」


 海鮮帝国シーフード本部の会議室ではクイーン・ジュゴンと一〇〇を超える幹部が定例会議を行っていた。


「ふむ、では次に……日本侵略担当、暴カニ男」


「はいカニッ! 抵抗が激しく、侵略は全然進んでないカニ! 日本人は地球で一番イカれた種族だから他の国より大変カニ!」


「ふむ……お前は幹部の中でも特に戦闘力が高いはずだが……日本侵略はそれほど難しいのか」


 クイーン・ジュゴンが驚いたように目を見開いた。


 幹部に必要なのは何よりも強さだ。戦闘力が無くては幹部になれない。『甲殻兄弟』の暴カニ男は単純な戦闘力だけで言えば海鮮帝国の中でも五指に入る。


「そんなわけで長い目で見て欲しいカニ」


 暴カニ男の報告を聞いていたアンコウタイプの怪人がやれやれと首を振った。


「まったく無様だジョルダンヒレナガチョウチンアンコウ」


「お前は語尾に特徴付けるのマネするなカニ!」


 前回の定例会議では普通に喋ってたくせにカニ!


「そうだピョン。長すぎて語呂も悪いし、せめてアンコウだけにするピョン」


「お前は意味不明カニ! なんでピョン!? うさぎのつもりカニ!? 魚介類のくせにずうずうしいカニ!」


「うさぎじゃありません~! カエルです~……ぴょん!」


「そもそもお前はカエルじゃ無いカニ!」


「ええい! 静まれ!」


 クイーン・ジュゴンが一喝すると辺りは静寂に包まれた。クイーン・ジュゴンを本気で怒らせるとグツグツに煮えた鍋――通称『懲罰鍋』に放り込まれることになってしまう。


「暴カニ男。そなたは引き続き日本侵略を進めるのだ! では次にアメリカ侵略担当、報告せよ」


「OKッデース! ミーはネブラスカを占拠したデェース! HAHAHAHA!」


「アメリカのど真ん中じゃねーか! なんで沿岸部から攻めないんだよ!」


「その口調やめろ! うさんくせーんだよ!」


「ネブラスカ州ってどんなとこ?」


「片田舎ですわ! オ~ッホッホッホッ!」


「静まれ~い! 静まれ静まれ~い! なんでお前たちはすぐ騒ぐのだ。まあよい、さすがシャーク族、アメリカはその調子で頼むぞ? 次にポルトガル……ストロング・マンボウがいないが、どうしたのだ?」


「あいつは……海面で日光浴してた時に鳥につつかれた時の傷が原因で……」


「ちくしょー! 人間どもめー!」


 幹部がそれで死んじゃったのカニ!? しかも人間関係無いカニ!?


狼狽(うろた)えるな! 仕方ない……ポルトガル担当は別の者を用意しよう。では次に……」


 時に喝采、時に罵声を生みながら世界各地の進捗状況が報告されていった。




「ただいまー……カニッ」


 やっぱり日本支部は落ち着くカニ。畳はいいものカニ。いぐさの香りがカニ心をくすぐるカニ。


「お疲れ、海藻食べるか?」


 そう言って手に持っていた海藻を渡してくるのは甲殻兄弟の長男、そして日本支部の副支部長でもあるエビ型怪人・怪奇エビ男だった。


「兄貴待っててくれたカニ? まったく疲れたカニ。ところで俺はグルメカニよ? ただの海藻だったら暴れるカニよ?」


 カニは雑食だ。肉はもちろん米もパンも食べるぞ!


「定例会議はどうだった? 調理戦隊ハナヨメンジャーのことは気付かれてないよな?」


「もぎゅもぎゅ……まだバレて無いカニ……これうまー!」


 他の国は軍隊とか出てきてるのに、なぜか日本だけは調理戦隊ハナヨメンジャーを名乗る女戦士たちに妨害を受けていたのだ。


 最初は一人だったのに、少しずつ人数が増えている脅威の好敵手(ライバル)だ。


 日本侵略が進んでいないのはそのせいだった。


「いらないことを言って変な注目を浴びても困るカニ! バレなければ問題ないカニ!」


「うむ! その調子で頼むぞ? あーっはっはっはっ!」


「カニーッニッニッニッニッ!」


「……お前それ言いづらいんじゃないか? 無理してカニとか言うこと無いんだぞ?」


「幹部連中はキャラが濃いんだよ……カニ。個性出さないと埋もれるカニ」


「だからと言ってお前……」


「兄貴みたいに無色透明になるのは幹部として避けたいカニ」


「むしょっ!? ちょっとそれは酷いんじゃないか!?」


「兄貴は頭脳担当カニ! 俺の副官だから目立たなくても良いカニ! でも……でも俺はそうはいかないカニ!」


 今回の定例会議ではメキシコの報告が無かった。メキシコ支部長はソンブレラを被ってマラカスを持ってたのに自己主張が無いから最後まで気付いて貰えなかったのだ。


 たまに「シャカシャカッ」とマスカラを振って存在をアピールしていたけど他の怪人たちの大声に掻き消されていた。


(アメリカ担当も真っ赤なマントとアメリカ国旗のブリーフパンツ一丁だったし、メキシコ担当はもっと押しが強くなくちゃいけないカニ)


 海鮮帝国シーフードにおいて目立たないということは発言権が無いということだった。


 都合の悪いことを言われても、ちゃんと反論できるようにしておかなければならない。




 首都東京――東京湾にほど近いオフィス街では夕日に背中を押されるようにサラリーマンやOLたちが駅に吸い込まれていく。


 吸引力の変わらない、ただ一つの改札口。


 花の金曜日ということもあって、定時退社の人たちの表情は明るい。


 これから飲みにでも行くのだろう。気が早い者はもうネクタイを額に巻いていた。


「ぶちょー! おれぁ……おれぁ今日こそ寿司持って千鳥足で家に帰るんすよ~」


「おいおい、お前新卒のくせに昭和のサラリーマンか? 今はもっとスタイリッシュに帰るんだよ」


「ど、どうやって帰るんすか?」


「そうだな……まず電車では網棚で寝る」


「ッベェエ! マジパネェッ! ッベェェエ! ッベェェエエッ!」


(突然部下の口調が変わったカニ!?)


 暴カニ男が動揺しつつ視線をずらすと三十代のOL二人組がダラダラと歩いていた。


「チョーウケルー」


「チョベリガンブロンがアスパラってたから~、ちゃけばソクサリしてムシャいメンツでジャスティスウェーイ」


「チョーウケルー」


(何を言っているのか分からないカニ。っていうか片方はチョーウケルーしか言ってないカニ。本当は仲が悪いカニ?)


 ほのぼのとした日常風景を視界に納め、人間観察を続ける暴カニ男。


 しかし暴カニ男はただ漫然と人間観察をしているわけでは無かった。日本侵略の作戦行動中だったのだ!


 そろそろカニね――


 暴カニ男は準備が整ったことを察し、声を張り上げた。


「大企業ひしめくオフィス街一帯を恐怖のどん底に突き落とすカニーッ!」


 柱の陰から(逆側からは丸見え)、コンビニのゴミ箱の中から、マンホールの下から、ありとあらゆるところから戦闘員たちが姿を現し、人々を襲いはじめた。


 ――その数、一〇〇以上。


「きゃーっ!」「暴カニ男がでたぞー!」「みんな逃げろー!」


 たちまち町が混乱に(おちい)り、オフィス街は人々が逃げ惑う阿鼻叫喚の地獄絵図となった。


 戦闘員たちが一斉に暴れまわる。戦闘力のほとんど無い怪人だけど、体長一・五メートルほどで直立歩行しているためキモさは抜群だ!


 海鮮帝国民は強くなればなるほど人型に近づいていくけど、戦闘員は弱いためほとんど魚のまま手足が生えているだけだった。


 中には死んだ魚の目のような……あっ! 本当に死んでるカニ! 三十代のOL相手に負けたヤツがいるカニ!


「まちなさい!」


「なにやつカニ!?」


 突如どこからともなくテンポのいい音楽が流れはじめる。スポットライトが三か所から照らされた中心部に三人の人影が!


「理想は漫画のヒロインだけど!」


「大股開きでガハハと笑う!」


「見た目は乙女、頭脳はオヤジ!」


「「「調理戦隊ハナヨメンジャー!!」」」


「姑対策もバッチリよ!」


 三人のハナヨメンジャーがポーズを取るとハナヨメホワイトが決め台詞を言った。


「出たなハナヨメンジャー! 制服にエプロンなんてあざとい恰好しやがってカニ! アイマスクまで被った変質者カニ!」


「だーれが変質者よ! 好きでそんな恰好してるんじゃ無いんだから! 花の女子高生なのにこんな恰好なんてしたく無いわよ!」


「じゃあアイマスク取ればカニ?」


「バカ言ってんじゃ無いわよ! 正体がバレるでしょ! 学校でバカにされたらどーすんのよ!」


 そっちカニ!? 海鮮帝国シーフードに自宅攻められることじゃなくて、学校の方が大事なのカニ!?


「いや、やっぱり変質者カニ! 特にハナヨメホワイト! お前カニ!」


「なっ、何よ!」


「なんで武器が出刃包丁カニ! 前回フライパンだったのに怖いカニ! 制服エプロンでアイマスク被って包丁持って出歩くなんて普通に通報されるレベルカニ!」


「別にいいじゃない! ハナヨメピンクなんて冷凍マグロなのよ! 先にそっちに文句いいなさいよ!」


「え~? だって~。冷凍マグロちゃん可愛いのに~」


「ねえ、ちょっとなにカマトトブッてんの? 全然可愛く無いんだけど」


「きゃっ! こわーい。少なくともハナヨメホワイトよりは可愛いわよ~?」


「へ~? どこがどこが?」


「ケンカはやめるカニ!」


「「あんたは黙ってて!」」


「わかったカニ」


 なんで急に息が揃うカニ? こいつらマジ怖いカニ。


「二人とも落ち着いて! 今は暴カニ男を倒すことが優先でしょ!」


 胸倉を掴んで(ののし)り合っている二人をハナヨメブルーが止めに入った。


(こいつは一見まともだけど両手にレモン搾りを持っているから侮れないカニ。目にグリグリ~って押し付けてくる陰湿な奴カニ)


「青乃先輩は私とハナヨメピンク、どっちが可愛いと思いますか!?」


「ちょ、ちょっと名前で呼ばないでよ。私はハナヨメブルーよ」


「あはははは……すみません」


「あははじゃ無いでしょ? 大体あなたはいつもいつも……」


 ハナヨメブルーによる説教が始まってしまったカニ!? 宿題をやってこいとか授業中に寝るなとか早弁するなとか……ハナヨメホワイトはいったい学校に何しに行ってるカニ!?


 周囲の戦闘員たちもどうしたら良いのか分からずオロオロしている。


「カニさ~ん。進めちゃって~良いですよ~?」


 ちゃっかり説教を逃れていたハナヨメピンクが気を利かせてくれたカニ!


「え? 良いのカニ!?」


「どうぞどうぞ~」


「よし、お前たち! やってしまえカニ~!」


「フィーッシュ!」


「ギョギョ~!」


 暴カニ男の号令により、戦闘員たちが一斉にハナヨメンジャーに襲い掛かった。




 調理戦隊ハナヨメンジャーはまるで無双ゲームのようにバッタバッタと戦闘員たちを倒していく。


 それもそうだろう。戦闘員は色々な種類の魚――文字通り雑魚なのだ。


「楽しそうに暴れてるカニね~」


 暴カニ男の言う通りハナヨメンジャーたちは満面の笑みで武器を振り回していた。


「二〇匹目~!」


「あら~ハナヨメホワイトまだ二〇匹なの~?」


「こら二人とも、真面目にやりなさい。まあ私は三〇匹だけどね」


 制服のプリーツとエプロンをひるがえしながら、出刃包丁が、冷凍マグロが、レモン搾りが次々と戦闘員を倒していく。


 ――鬼嫁。


 暴カニ男の頭にふとそんな言葉が思い浮かんだ。


(あいつらに必要なのは角隠しカニ)


 ちなみに戦闘員がある程度倒されるまで幹部は戦ってはいけない。


 先程の『なにやつカニ!』の誰何(すいか)も、最初は戦闘員が戦うことも軍規で定められている。


 違反した場合は綱紀粛正の対象となって懲罰鍋に入れられるから破るわけにはいかない。


 これ、軍人の辛いところね。


 おっと、辛いところカニ。


「残るは貴方だけよ! 暴カニ男!」


 気付けば戦闘員のほとんどが倒されて、わずかに生き残った戦闘員は逃げ出していた。


 ある者は刺身にされ、ある者はフライに揚げられ、またある者はアーモンド小魚になっている。


 戦闘員は負けた瞬間、ただの魚になってしまうのだ!


「こいつらを料理するなんて朝飯前よ!」


「上手いこと言ったつもりカニ!? って言うかその武器でどうやってそこまで料理したカニ!?」


 カレイの煮つけやツナサラダ、いくらの軍艦巻きまである。


「花嫁修業中だから可能なのよ!」


「意味が分からないカニ! っていうか修業中のくせに花嫁を名乗ってるのカニ!?」


 エアー旦那カニ?


 って、ああっ!? ハナヨメピンクの冷凍マグロまで解体されてるカニ! 仲間の武器まで料理するなんてクレイジーカニ!


 暴カニ男が動揺したことをハナヨメブルーは見逃さない。ハナヨメブルーはスーツに付いた香水の匂いで相手の女を突き止める洞察力の持ち主だ。


 ハナヨメブルーがハナヨメピンクに目配せをすると、二人が両脇から暴カニ男の腕を抱きかかえた。


 これではさすがの暴カニ男も身動きが取れない!


「しまったカニ!」


「今よハナヨメホワイト!」


 散らばっている海鮮料理をハナヨメホワイトが超スピードで運んできて、頬を赤らめながらモジモジしはじめた。


「ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も……ご飯にする?」


 ご飯押し!?


 ご飯――と言えばこれらを食べることになるカニ!? っていうかお風呂ってなんのことカニ!? この海鮮料理を前にお風呂って言ったらどうなるカニ!?


「く……っ! じゃあ……ご飯だカニ!」


「食らいなさい! 愛のメインディッシュ!」


 暴カニ男が答えた瞬間、どこからともなく『必殺技BGM』が流れ、ハナヨメホワイトが様々な魚料理を口に詰め込みはじめた。


「ちょっ、詰め込み過ぎ……! いたっ! 目! 目ぇグリグリするのやめてカニ! なんでハナヨメブルーまで攻撃してくるカニ!? うぷっ、もう食えない! 無理!」


「無理じゃない! 食べ物を粗末にするなんて許せない!」


「全部~食べ終わるまで~……続くわよ~?」


「観念しなさい」


「むぐぅ! ゴハッ! 無理! 無理!」


 全ての海鮮料理が暴カニ男のお腹に収まった時、暴カニ男の盛り上がった腹部が光り始めた。


 調理戦隊ハナヨメンジャーの料理を全て食べると、ニーヅマパワーが臨界点を超え大爆発を起こすのだ。


「ぎゃー! 覚えてろカニー!」


 大爆発とともに暴カニ男は東京湾まで吹き飛んで沈んでいった。




 基地に戻った暴カニ男が指令室のドアを開けると、怪奇エビ男が椅子に座って待っていた。机の上に置いてあるパソコンのディスプレイには先程まで暴カニ男が戦っていた場所が映されている。


「良いやられっぷりだったぞ暴カニ男」


「あんがとにーちゃん。……あっ、兄貴カニ」


「昔みたいに、にーちゃんって呼べばいいのに」


「そういう訳にはいかないカニ!」


 プイッと横を向く暴カニ男の頭を怪奇エビ男はポンポンと叩いた。


「まったく生意気になっちゃって」


「やめろよー! そ、そうだカニ! ハナヨメンジャーはちょっとずつ強くなっているけど……やっぱりまだまだカニ!」


 強がりでは無かった。大爆発を起こしたにも関わらず暴カニ男の身体には傷一つない。


 甲殻類は硬いのだ! 爆発のダメージなんてへっちゃらだ!


「そうか……他の地域の侵略が終わる前に、ハナヨメンジャーにはもっと強くなって貰わないとな」


「シーフード本部に攻め込んでもらうためにも頑張るカニ!」


「そうだ! その意気だ! あーっはっはっはっはっ!」


「カニーッニッニッニッニッ!」


 なんと、暴カニ男と怪奇エビ男は海鮮帝国シーフードを乗っ取るつもりだったのだ。


 しかし甲殻兄弟だけでは海鮮帝国には勝てない。


 調理戦隊ハナヨメンジャーを鍛え、海鮮帝国と相打ちにさせたところで残党を纏め上げる作戦だった!


 がんばれ! 暴カニ男! 負けるな! 暴カニ男!


 海鮮帝国シーフードを乗っ取るその日まで!

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