第14部;十二月〜別れ〜-7
確かにアキラは他人に守られることを嫌う。その反対に保護欲は人一倍強い。そんな彼女が他人を愛すなら、その愛の形はどちらかといえば男性的な愛情になるだろう。
そして何より、今まで彼女は自分以外を愛していない。もしかしたら自分ですら愛していない。愛情を認識できなかったとしても、少なくとも守りたいと思う人間も誰もいない。
その彼女を守ろうとする人間は、決して彼女から愛されないばかりか、彼女は無意識に拒絶をする。
二年間、アキラだけを見ていたサキには、アキラのその感情の動きが解るのだ。
彼女を『慈しみ守ってくれた人』を失った悲しみを知っているから、彼女は『守ってくれる人』を愛せない。『愛する人』を失う悲しみをもう二度と経験したくないのだ。
だから彼女は愛する対象となるべき人間が現われるまで、きっと彼女は自分を愛するしかないのだ。誰か大事な人を守れるその日まで、彼女は『愛してくれた両親が残してくれた自分』を無に帰するわけにはいかないから、せめて自分を愛し守るしかない。
その彼女が他人を信頼するとしても、それは滅多にないことだ。サキは彼女を一番知っている。
それでもサキはアキラと特別な絆があると信じていた。だからその絆を、よりによって自分よりも明らか鈍感なカズヤにだけは、アキラを渡したくなかった。サキにしてみれば、カズヤの手に負えるアキラではない。その絆は繊細なものなのだ。しかしアキラはこう言うだろう。「オレは誰の所有物でもない。勝手なこと言うな」と。
尤もだ。アキラのことを一番に理解しているからこそ、どうしても先回りして考えて行動できない。この心のムヤムヤを、一体どうしたらいいのだろうか。
誰よりもアキラのことを考えて、誰よりもアキラを守ってきたのに。
―――仕方ないなぁ。
サキは月も星もない空を仰いだ。
愛情表現が似たもの同士が上手くいくわけないのだ。それでも想いを貫くとしたら、今できることをするしかない。報われなくても守り続けることを。
そこには勿論打算もある。
カズヤはこれから転校する。ということは、彼女の傍にあり続け、彼女を理解し精神を支えることができるのは、自分しかいないのだ。
どうせ身体の弱い欠陥品なのだから、普通に他人を愛する資格もないという思い込みもある。
サキはゆっくり前を向き、呼吸を整えた。
そうなのだ。報われない想いでも、彼女の傍にあって、信頼されればいいのだ。
アキラに言われるままにサキは駆け出し、積もり始めの雪に残されたカズヤの足跡を辿って、アキラの望んだ通りに背後からカズヤをいきなり殴った。
「痛ぇっ!」
「痛ぇじゃねぇ、このバカっ!何、未練がましいことしてんだよ。
お前の大好きなアキラはな、そういう男が死ぬほど嫌いなんだよ。好きなんだったら、相手が嫌いなことすんなよ。そんなの、相手の気持ちになればすぐ解るだろが!」
「ごめん……」
「オレに謝ってどうすんだ、アホ!とにかく、お前は家サ戻れ。小父さんたち心配してるんだから。お前の言葉はオレがアキラに伝えといてやる」
サキはカズヤに「これはオレのだ」とばかりに蹴りを見舞い、さっさと瞬間移動でもして行くように促した。それを理解したカズヤは目で礼を言うと、姿を消した。
―――これでいい。オレは自分で決めたんだから……
サキは暫く雪の中に佇み、カズヤの途切れた足跡を見つめた。
―――オレも狡いよな。傍にいられる余裕なんか見せてさ……
サキはアキラの家に向かった。結果を報告しなければならない。
「よう、殴っといたぜ」
「サンキュ」
「ついでにオレに無駄足踏ませたから、蹴りもおまけしといた」
「はははっ、そりゃあいい」
さっきの少女のようなアキラは消え、いつもの無愛想なアキラが待っていた。
「見送りサ行くか?」
「行かない。あいつは秘密にしたがってたんだろ。だったら尊重してやるさ、オレは。
大体オレは朝から何も食ってないんだ。そんで買いに行こうとしたら、この騒ぎだ」
アキラはぴらぴらと手を振った。
「一緒にファミレスに行くか。野菜だけでも食えばいいじゃんか」
「気を遣うなよ。お前はカズヤの見送りに行ってやんな。それに、頼みごとがあるんだ」
アキラは一枚の写真を渡した。今さっきパソコンでプリントしたものだろう。
「アキラ、これは……?」
写っているのはアキラの写真ではない。餞別にしては奇妙な写真だ。どう見ても不良と呼ばれる類の四人が写っている。
「東京って言ってたっけな、東京で生きる注意をしようと思ってさ。
この四人、二年前は未だ近所のガキどもを仕切ってるだけだったんだけど、今では結構な区域の学生を殆ど仕切るまでに伸し上がった、札付きの連中だ。こいつらには死んでも関わるなって、伝えてくれ」
「別に伝えるくらいはいいけど、そんなピンポイントで変な四人に会うか?」
サキは素直に疑問を口にした。でも、アキラは真に受けない。
「会うんだよ、調べたんだから。それよりもう一人、写真はないんだけど、霞 信吾って男がいるんだけど、こいつにも関わるなって言ってくれ」
「結構心配性なんだな、アキラ」
「お前はそのスジの連中を知らないんだよ、サキ。天然パーでも、あれでカズヤは狙われやすいタイプだ。腕はそこそこ立つし、見た目に強そうだろ。それに神森で育ってきてるんだ、反骨精神はしっかり持ってるはず。
初めてサキなしで生活するんだ。一人になって気負って、余計なことしないとは言い切れない」
「でも、ずっと傍にいたから言えるけど、あいつ、わざわざ面倒に首を突っ込むような甲斐性なんかないぜ」
「仕向けるような奴がいるんだよ、教師連中で」
「教師連中?何、それ?」
「これ以上は言えないな。オレの仕事に絡んでくる。それに余計な情報与えちゃ、かえって災難を呼び寄せることになるだろ。
とにかく、さっき言った五人に関わるなとだけ伝えてくれ。他は余計なことだから、かえってあのバカを刺激しかねないからオフレコで」
アキラの言いたいことは、例え心配性だとしても、理解できる。
「了解。途中まで一緒に行くか?メシ、買いに行くんだぺ?」
「突然訛んなよ、似合わない。オレは歩くから、お前は瞬間移動で送る。行くぜ」
「了解。さっきのことは確かに伝えるっけ、安心しな」
「おう。お前は話が解るからいいよ」
「誉められても何もないからな」
「知ってるって。サキしか頼めないから言ってるんだって」
サキは微笑んだ。少し悲しかったが、自分が決めた道だ。
「じゃ、頼んだぞ」
アキラはサキを送り出し、傘を差して雪の中を行った。途切れた足跡を辿り、空を見上げた。
心が晴れないのは何故だろう?
アキラは自分以外の人間を好きになっていたことに、全く気付いていなかった。
恋などという言葉は、彼女の人生において無縁なものだった。
いつもと変わってしまった年末を終え、アキラは新しい年を迎えることになった。
長編作品を最後まで読んで下さってありがとうございました。
今回で今作品完結とさせて戴きますが、第二話『霧の円舞』へ続きますので、
引き続きよろしくお願いします。
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