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第14部;十二月〜別れ〜-5

「最優秀賞の、桂小路 晃さんです。おめでとうございます」

「はい」

 いつもの、アキラにとってはつまらない人間、既成概念でしゃべる人間に対するときの、あの独特な無表情の仮面を被り、アキラは答えるというよりは堪えていた。その愛想の欠片もない返事に、司会者は少し怯んだようだった。

「今回は一般の部での参加で、それで最優秀賞を取られたわけですが、今日の演奏はどうでしたか?」

「どうって、最低ですけど。最初のFの音のピッチがマイナス5だったの、気付きませんでしたか?」

 司会者のみならず審査員にまで、侮蔑するような視線を投げるアキラを見て、頭を抱えている葵を想像し、サキは笑い転げた。

「別に賞なんか、取り消されたって構いませんよ、私は。そのFの音のせいで、最後まで曲の気分になりきれていなかったのは、私の中の事実ですし、最優秀賞取り消したって、代わりの人間なんかいないでしょうしね」

「でも、最優秀賞で良かったですね」

 当然アキラの性格などよく知らない司会者は、迂闊うかつにもアキラの神経を逆撫さかなでするスイッチを入れてしまった。アキラはどのような場でも、建前で話すことができない性分なのだ。


「ま、あなたのような凡人は、良い賞を貰えればそれで良しなんでしょうね。他人の既成概念を受け入れて、それを受け売りして、しかも自分で考えてもいないくせに、自分の考えなんですって言える人間は、その道のプロフェッショナルが素晴らしいと言ったら、どのような演奏であっても素晴らしく聴こえるんでしょうよ。

 でも、それはテクニックとか表面上のことだけでしょう。楽譜に従った強弱だけを聴いて上手だなんて、馬鹿にされてるようで不愉快です。

 音楽の良し悪しって、作曲者の指示に従ったうえで、演奏することでその奥に流れる感情を感じ取って、そして共感したり追体験することでしょう。私はその重要なことが、今回はできなかったんです。如何いかに皆さんが、私だけではなく、全員のテクニックだけを聴いていたかがよく判る結果じゃないですか。

 大体、どうして自分の最高の演奏をしたと思っている人が落ち、納得していない人間が受賞するという、不可解な現象が起こっているか、あなた、判ります?簡単なことですよ。現代の流行や、審査員の好みとか、人間が審査するから諸々の要因が作用し、こういう結果を生んだんです。だから、私は結果を喜ばないんです」

 可哀相な司会者は、返す言葉が見付けられずに項垂うなだれてしまっていた。

 サキは笑いで窒息しそうだった。これが葵の憂欝だ。居たたまれないその雰囲気に、思わず同情してしまう。


 毎度思うのだが、アキラはいつもやりすぎる。馬鹿じゃないのだから、オブラートに包んで本質を主張することくらいできないはずがない。

 サキだって弱い人間だから、長いものには巻かれてしまう。時と場合を考えろという言葉に騙されてしまう。でもアキラは、そこで毛を逆立て噛み付いてしまうのだ。

 その巻かれない一本筋は尊敬している。

 でも、少しは大事に思う人間の為に、そのやり方を変えろよと、サキは画面のアキラにつぶやいた。これでは葵があまりに可哀相すぎる。

 自分一人だったらそれでもいいのだが、生きていること自体一人じゃできない。

 アキラはそれに気付いていないのだ。



 どういうわけか、ソロコンテストを終えた頃からアキラは別人のようになってしまっていた。

 あの無理に普通を演じることを止めたばかりか、エセ関西弁も消えて無口になり、部活も辞めた。全身から近付きがたいオーラを発し、周囲を拒否している。

 まあ、それはそれで本当の彼女らしいのだろうが、当然、理由を知らない周りの人間は戸惑いを隠せない。そのうちアキラが無口なのを確信すると、クラス中が静かになっていった。その静けさはとても異様なものだった。そうなって喜んでいるのは教科担任だけだ。

 とにかくクラス中が変になっていっていた。

 カズヤはそわそわ落ち着かないし、葵までもが変だ。よくカズヤの家に通っている。

 一体何が何だかわけが解らなかった。転げ落ちるようにクラスが変になっていく。事情を知らないサキには、理解ができなかった。


 葵は水鏡との約束を守る為に、奔走していた。

 あの時水鏡が言っていたことの半分も理解していなかったし、超能力だの何だのはどうでもよかった。

 ただ他の教師が迷惑顔をしようと、トラブルメーカーのアキラやサキを始めとする、カズヤ、シキ、ポン、コメチ、ナミの七人が、今の二年五組が大好きだった、それだけだ。だからその為に、「七人を離ればなれにしないでくれ」という水鏡の言葉を守ろうと必死になっていたのだ。

 しかし、その願いは虚しかった。


 慌ただしい年末。気が付くと毎年毎年、何も変わらないままに新年がやってくる。

 十四才になっていたアキラは、六回目の一人の新年を迎える準備をしていた。

 何も変わらなかった。変わったのは、一人であることに慣れたことくらいだろう。

 水鏡の預言を知らないアキラは、年末のクラスの変化が全て自分自身の所為だと思っていた。

 でも、それで良かった。もう自分はここの平和な暮らしを捨てるのだ。未練が残らない為にもこれでよい。それにアキラだって人間だ。忘れていた感情を呼び覚まされると、アキラ自身が潰れて苦しくなるということを、自分でよく解っていたのだ。




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