第14部;十二月〜別れ〜-1
14;十二月〜別れ〜
きっかり九時にアキラはサキの許に現れた。
「で、何?」
サキに恩義を感じているから素直にここにいるのだが、本心は面倒臭い。
「ちょっと稽古に付き合ってほしいんだ。ほら、昨日、あんまり自分が役立たずでへこんでんだよ」
「はあ……」
アキラは何だかさっぱり解らずに、サキに連れられて道場へ向かった。
「ところで、コメチだけど、あいつに何したのヮ?アキラ」
「あ、ああ、簡単なことだよ。去年の騒ぎの後の教師みたいに、忘れさせたんだ」
アキラは、あの妖しい微笑みを浮かべた。
「ああ、やっぱり」
サキのあっさり受け流した。相手はアキラだ。今更驚いたりしない。
「で、お前に注意があるんだけど、コメチに思い出させるなよ。同じ内容の二度目の封印は難しいんだ」
「了解」
「それにコメチ、かなり嫌がってたし」
「そういうところ、意外と優しいよな、アキラって」
「ひどいな。意外とって、何だよ」
「いいじゃん、お前をからかうのが面白いんだっけ」
「冗談じゃねぇよ」
二人は笑った。
「そうそう。オレさ、昨日思ったんだけど、お前とカズヤの寝顔って似てるなぁ。二人とも顔立ちが濃いからそう見えたのかもしれないけどさ。
でもな、カズヤはあの通りの性格の寝顔して、お前は苦しそうな寝顔だったなぁ」
話題を変えたサキの言葉に、アキラの無邪気な笑顔が固まった。
「悪かったな、苦しそうで。仕方ないじゃないか」
「それもそうだな。ゴメン……」
「また『ゴメン』の安売りかよ」
本当はこんなことを言いたかったわけではないのだ。「楽にしてほしい」って言いたいだけなのだが、その一言が口にできない。
仕方がないから、つまらない自嘲混じりのため息しか出てこない。
「で、稽古だなんて、実力試ししようなんて思ってるんじゃないだろうな。オレはああいう連中相手でもなきゃ、本気出さねぇぞ。大体、何で道場なんだ。手加減は難しいんだよ。ま、頼まれればやってやってもいいけど、昨日の本気」
「まさか。いや、勘弁して下さい」
口の端を上げてにやっと笑うアキラに、サキは慌てて大きく頭を振った。そんな自殺行為はしない。敵うわけない相手に勝負を挑む、そういう趣味はサキにはない。
「いやぁ、昨日のお前の動きを見て、ちょっと気になったことあったんだけど、カズヤがいると面倒臭いっけな」
サキは道場の扉を開けた。
「何だ、賢木。やけに早いなぁ」
サキが師匠と仰ぐ六十才くらいの男性が、道場の神棚を磨いていた。
「いえ、師匠にお願いがあって。
こちら、同級生の桂小路 晃っていうんだけど、師匠、彼女とで手合せしてくれませんか」
「何だ、いきなりこんな可愛らしいお嬢さんと手合わせしろだなんて。か細いお嬢さんじゃないか」
サキの師匠はアキラを見やって優しく笑った。きっと彼の目にはか弱い女の子とでも映っているのだろう。
しかしアキラはサキの意図が読めた。彼はアキラの動きが見たいのだ。
アキラは考えた。手合せすることで、サキに真実を教えることになりかねない。いや、初めから疑問を持っている人間がそれを見たら、勘のいい彼だ、絶対に気付く。
でも、サキには真実を語らなければならない。それが、この二年間世話になったことに対する礼儀というものだ。
アキラは中央で正座をし、きちんと礼をして言った。
「初心者ではありませんのでご安心を。是非、一度お手合せを」
アキラの鋭い眼差しに、師匠は何かに気付いたのだろう。アキラに道着を手渡すと、自身も着替えて準備をし、こうして本気の手合せが始められた。
師匠はいつも通り力強い動きで見ている方が圧倒される。
が、対するアキラは舞っていた。ゆっくりと舞っているように見えるのだが、しかし、師匠が戸惑うほどに速かった。
―――やっぱり間違いない……
アキラの無駄のない動きは、余計なものなど何もない自然の営み、川の流れ、湖の佇み、風のそよぎ、海の波、全てを表現した、大樹の森の巫女の舞と似ていた。
彼女の纏う空気は澱みではなく清冽な湖面のように止まっている。サキが目指していた形がそこにある。
と、突然アキラは舞を止めた。
「もう、いいでしょう。サキ、オレはお前の疑問に答えられたか?オレの型を訊きたかったんだろ」
自分の型が巫女舞を基にしていることくらいなら、別に答えてもいいと思ったから、アキラはこの話を呑んだのだ。単なる一般人に、『瑞穂の谷』に繋がる知識などあるわけがない。
床に手を着きお互いに礼を交わし、静かに顔を上げたサキの師匠は語りかけた。
「アキラさん、あなた、『姫巫女一族』というものを、ご存じないかな」
予想に反した問いかけに、アキラは思わず息を呑んだ。そして「いいえ」と否定した。
その名は瑞穂の谷人の別称だ。偶然かどうかは判らないが、この師匠が弟御子一族の者ではないという、確証はない。
そんなアキラの考えなど知らない師匠は、言葉を続けた。
「そうですか……。
実はあなたの型は、その姫巫女一族の伝える『瑞穂』の型に近い気がする。しかも、失われて久しい正統派の型に近い」
『瑞穂』という言葉に、サキは少し反応を見せた。頭のいい彼だ、昨日の仮面の男も言っていた『瑞穂の谷人』という言葉を思い出したのだろう。
「失われて久しい型に、どうして近いと判るのです?」
サキの素振りに気付いてはいたが、それよりも瑞穂の谷を知っている師匠がますます怪しく思え、アキラはサキを無視して訊ねた。
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