第13部;十一月〜秋の一日〜-4
石を投げつけた木陰から、その顔を仮面で隠した、見るからに怪しげな男が現われた。
「なかなかやるな。どうしてここにいる?」
「道に迷ったんだよ」
男は笑い声をたてた。いきなり攻撃するような気配は、今のところはないようだ。
「それだけできるということは、裏の世界を者だな。どうだ、いっそ我らの仲間になれ。我々は何れ天下を取るぞ」
「はぁ?」
あまりに突拍子もない話に、アキラは言葉を失った。『天下を取る』だなど、今時、頭のオメデタイ連中くらいしか使わない台詞だ。
普段なら嘘の一つでもついて目的を探るのだが、あまりの台詞にそのような考えは吹っ飛んでしまったし、そもそも無抵抗な幼児を狙うような輩の仲間に一瞬たりとも加わることは、アキラにはできない。
アキラは唾を吐き捨てた。
「超常の力を欲しくはないか?」
その言葉に、アキラは思わず顔を上げた。
この表現を使う者は珍しい。しかもアキラが知っている限りでは、望んで与えたりできるようなものではないはずだ。
この話は事実なのか、ただの甘い餌なのか、確かめる必要性を長としてのアキラは感じた。
「超常の力?超能力のことか?そりゃくれるなら欲しいさ。でも、欲しいと言ったら貰える物なのか?」
アキラは訊ねてみた。「どうせなら、少しでも他人より抜きん出てみたいさ。でも私じゃなくて他にもいるだろう、そんな甘い話に乗りそうな人間は」
「いるだろうな。でもお前は、そのガキどもが狙われる理由も知らずに庇ってるんだろ」
仮面の男はきっと笑っている。声色で何となく判るのだ。
何だか胸くそ悪い。
「それがどうした。人として当然だろう。だからって、どうして私を誘う」
「お前が思ったよりも強いからさ。
私は裏世界最強の『瑞穂の谷』を滅ぼす人材を捜している。『瑞穂』くらいは知ってるだろう」
アキラは頷き「私的な恨みか?」と訊いた。
「まあ、同業者の利害争いだな。あそこは内輪揉めで忙しいからな、今が狙い時」
よく喋る男だが、とにかく敵確定だ。
でも、事情を聞きだすまでは、自分の所属を明かすわけにはいかない。そ知らぬ顔でいなくてはならない。どうせたった一度の逢瀬だ。
「ふん。どうでもいいや。で、どうしてこの二人を?まさかこんなガキが、その超能力でも持ってるってか?」
平静を装ってはいるものの、実際アキラの心中は穏やかではない。
将来この二人の超常の力が公になっているのだとしたら、それはあまり好ましくない。
「まあな。こいつら、『瑞穂』を滅ぼすだけの力を持っているからな、手懐けるなら、ガキのうちからのがいい。ってことで、こっちに勝ち目はある、来いよ」
―――十年後に来たら、がっかりするぜ。
聞くだけ聞いたアキラは、ニヤッと笑った。二人の能力を正確に把握しているわけではなく、何かしらの噂に振り回されているだけのつまらない男のようだ。
そして超常の力を与えるなど、やはり餌でしかない。本当の狙いは『瑞穂の谷』を滅ぼすことだ。
元の時代に戻ったら、谷のコンピューター『マザ』で、『瑞穂の谷』を狙う一族のリストを洗って、この不審な男を消す準備をしなくてはならない。二人には、しっかり言い含めておけばいい話だ。
アキラは幼い二人に、木陰でじっとしているよう言い付けた。
取り敢えず子供たちを離れた場所に置いたことで、アキラは改めて真正面から仮面の男に向き合うことができるようになった。
「なあ、私はただの迷子だ。だから自分の生命を預けるに相応しい男かどうか、あんたを試したい」
アキラは身構えた。訊きたいことは訊いてしまったのだが、待ち人が現れてくれない。ちょっと時間潰しがてらに、この男を痛めつけておくのも悪くはない。
「お前、相変わらず無謀だな?」
そんなアキラの思惑など知らない男は、笑い混じりに訊ねてきた。未だアキラの本当の実力を知らないから、余裕でいられるのだ。
「私を同業者と見たんだろう。他人の影として生きる者は、死をも怖れぬよう教育されてきてるじゃないか。それに私は死ぬつもりもないし、お前だって殺す気ないだろう。手を組みたいって言ったばかりじゃないか」
アキラはそう言うなり、男の背後に回った。男もなかなかの使い手で、すぐに振り向いて、アキラの拳を躱した。しかし、すぐにアキラも次の技を繰り出す。暫くは二人で技の出し合いとなった。
「最強だって。嬉しいじゃないか」
「え?」
アキラの拳が、男の鳩尾に決まった。
「喋りすぎだな、お前は。素性の知らない者に語るなんて、余程私を子供と思ったか、我々の間では考えられないことだ」
男は咽せはしたが、構えを崩すようなことはなかった。
「教えてやろう。私は迷子の『瑞穂の谷人』だ。つくづく運の悪い男だな、お前は」
アキラは高らかに笑った。
「そういうことかッ!」
仮面で隠しているから表情は判らないが、その声色からは他人を小馬鹿にしたようなものは消えている。
そのようなことなど構わずに、アキラは技を次々と繰り出し、仮面の男はそれに応えた。二人の間に力の差はなく、全く互角だった。
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