第12部;十月〜戦場〜-7
――――――――――――――――――――◇◇◇◇◇――――――――――――――――――――
「ねえ、なしてウチら必死に走ってんのヮ?」
コメチの言葉に、熊から必死で逃げている六人は我に帰った。
「おい、マジでやばいって……」
カズヤが青い顔をして、呟いた。「オレら、アキラ忘れて逃げてきた」
全員の顔から血の気が引いていく。
「うわぁ、殺されるぅ!」
シキが思わず本音を口にすると、まるでタイミングを見計らったように声が降ってきた。
「じゃあ、望み通りにしてやる」
声を立てて笑いながら、アキラはシキの首を後ろから軽く絞め、シキは「うわぁ」とふざけた。
まるで何もなかったかのような一連の仕草。
主役のアキラまでもが、まるっきり記憶を消し去ってしまったかのような笑い声。
そこには何事も起こっていなかった。まるでそう言い聞かせているよう……
「ま、ええで。ちゃんとポイントはチェックしてきたさかいな。ほら」
記号を書いた紙を偉そうに突きつけ、アキラはふんぞり返った。
「助かるわ、アキラ。さすが〜」
「煽てても置いてけぼりは赦さへんで」
「そこを何とか、ねぇ。寛大な心の持ち主でしょ、あなた」
「煽てても何も出ぇへんで。特に男連中。信じられへんわ。か弱い女子一人残して猛ダッシュで逃げるか、普通」
「いやぁ、面目ない」
「ほんッと、悪かったよヮ」
「っつーか、か弱いか?」
「バカ!今それを言っちゃ駄目だよ、カズヤ」
全員でカズヤを押さえ込んで、作り笑いの男子連中を見て、女子も釣られて笑い出した。
いつも通りの光景だ。
「ま、賞品目指して行きまっか」
一同は何もなかったように歩きだした。
彼らにあの記憶は刻み込まれていることは間違いない。でも、その回路は断ち切った。
アキラは隠れてほくそ笑んだ。
もう二度と繋ぐことはあるまいと信じて……。
何もかも忘れたまま、深夜、七人は教師の目を盗んで男子の部屋に集まっていた。
そこまではどこの班でもやっているお約束みたいなものだが、この先この班が落ち着いているわけがない。
「なぁ、いい加減ヒマなんだけどやぁ〜」
「っつってもなぁ、ポン」
「じゃあ、サキ、昼間のとこサ、遊びに行くってのはどう?」
「おっ、いいねえ、コメチ。ナミはどうすんねん?」
「えぇ〜。ちょっとヤバいんじゃないけど、ま、いっか。委員長がいるから」
「うわ、責任被せられてるし」
いい加減喋り疲れたポンのボヤキを受けてコメチが出した提案に、意外にもカズヤとシキ以外の全員が賛成した。
「何や、珍しい」
さすがのアキラも驚いたようだ。
「ま、シキ君はカナヅチだから仕方ないとして……」
一同の目がカズヤに注がれる。
「カズヤがねぇ」
「カズヤはな、オレらの家に伝わる迷信を守ってるんだよ。な、カズヤ」
「黙れよ」
カズヤはサキにからかわれ、頬を膨らませた。
「だって、この迷信深いオレですら守らないような迷信だぜ」
「何や、それ?」
「満月の夜に水に触れると、金色の鬼に喰われるってんだ。でもな、親戚見ても、誰も平気だぜ」
「嘘くせーっ」
「パツキンだってよ〜」
ポンなどは腹を抱えて笑っている。
「煩いなぁ、もう。オレは眠たいんだ」
好き勝手に言う仲間を放って、カズヤはベッドに潜り込んだ。
「じゃ、別に鬼が怖いわけじゃないんだ」
サキはわざと挑発するようなことを言った。
「当たり前だ!そんなにオレに来てほしいのか、お前は。さては、怖がってんの、サキの方じゃないのヮ?」
「ばっ、バカっ!」
「サキはなぁ、カズヤに気があるんだよ」
形勢が逆転して慌てるサキに、ポンが追い打ちをかけるように茶化した。
結局反対派の二人も連れて、七人は窓から抜け出した。どうせ一階の部屋だ。
勿論、布団の中に旅行かばんを仕込んでおくことは忘れない。
外は満月。枝葉の間から、青い月光が差し込む。
青白い月光と青臭い風。青い夜。
カズヤだって、この風景は大好きだ。
「そろそろ帰るべ」
川から上がり、タオルで身体を拭きながら、カズヤは水中の六人に声をかけた。
何だか誰かに見られているような気がする。それは明らかにカズヤを見つめている視線なのだが、誰がどこから見ているのか定まらない。前後左右、上からも、この空間自体から監視されているような感じだ。
水の中なのに、アキラは長袖TシャツとGパンで、逃げるシキに水泳を教えている。他の四人も戯れ合いながら、大声でカズヤを呼んでいる。
―――誰なんだ……?
カズヤは視線を断つように、再び水の中に飛び込んだ。勿論、今感じたことを誰に言うつもりもない。
七人はがむしゃらに暴れ、宿舎に戻ったのは明け方近くだった。
こうして無事、二年生のメインの行事、野外活動は終わった。
次回から第13部;十一月〜秋の一日〜を始めます。
↓↓↓本編先行連載している作者のブログです。是非おいで下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/alfraia
また、日本ブログ村とアルファポリスに参加しております。
お手数ですがバナーの1クリックをお願いします。