第12部;十月〜戦場〜-5
『待って!』
剣を手にしたカズヤの頭の中にテレパシーが届いたのと、突然彼らの目の前に女王タリューシカが、降って湧いたように現われたのは同時だった。
「それは……、それは、弟の……祭具!」
タリューシカはカズヤの手から、不思議な剣をひったくった。それは尋常ではない焦りようだ。
「ったく、何なんだよ……」
事情がまるで解っていないカズヤの声など、タリューシカには届いていない。その光り輝く細身の剣を、愛おしそうに抱きしめている。
「やはり本物でしたか。間に合って良かった」
「こいつ、敵じゃないのヮ?」
女子二人を連れて息を切らせて戻って来た熊に、サキは思わずきつい口調で問い正した。
「如何にも、彼はわたくしと考えを異にする者の家臣。あなたたちの考え方ならば敵です」
思わず何かを言おうとした熊の代わりに、タリューシカは迷いなく言い切った。
彼女は息を切らせている熊に、人の姿の時に着ていた着物を別室で着るようにと下がらせた。
「この者の名はサパロージェ。確かに敵の王の側近中の側近。ですが、この剣は違います。
これはわたくしの奪われた家族の欠片。二重誘拐されて、全く行方が知れなくなってしまったわたくしの弟の身代わりに、五年前に盗まれてしまったものです」
「うっかり盗まれたりしたってことは、ぞんざいに扱ってたんじゃないのヮ?そのわりに、今の焦りようは異常じゃないように見えるけど」
サキに指摘され、タリューシカはしおらしくなった。
「そうですね。それはたしかに剣ですが、ただの武器ではなく、むしろ祭具です。この世に二つとない宝重でありながら、わたくしの弟の生命と一心同体の祭具、タウラ=アレンデク。わたくしの剣と対を成すものです」
「一心同体?」
相手が人間だったらいざ知らず、剣という物に対してこの表現は馴染めない。
「王家に生まれた者には、生まれるとすぐにお守りとなる剣が与えられます。この剣は首都の霊廟の祭具の剣でしたが、たまたま我々姉弟のお守りになるという役目を与えられてしまったのです。
お守りには特別な力が籠められていて、所有者が自分の身を自分で守れるようになる日まで、一心同体であるようになっています」
「いや、その一心同体って意味が解んないんだけど……」
回りくどい説明はいらないから、一言で済ませてくれればいいのに、目の前の女性はさっきのように本腰入れて|喋8しゃべ)りだしかねない。そう思ってサキは、早いうちに釘を刺した。そうしたら女王ときたら、「え、あ、あぁ……」と、一瞬何を言われたのか戸惑っているのだ。
六人は、今度こそ憚りなく全員でため息をついた。
「つまりですね、一心同体という意味は、つまり、これが折られない限りは本当には死なない。
逆に、弟が生きている間はこの剣は輝き続ける」
タリューシカは、失神して捉えられているサパロージェの腰から、鞘を外して剣を収め、代わりに自分の剣を抜いた。
細身の刀身ながら、造りは日本刀にも似て冴え冴えと冷たく美しい。そして本当に闇を放っている。
「片刃の剣ですが、まさに両刃の剣のお守り。だから敵はこの剣を盗んで人質とし、弟の生命を握ろうとしたのです。
まあ、わたくしは会ったこともありませんけど、この世界の神が、自らの駒として我々王家を使う為に、このようなお守りを下された、ということですね。自分の駒ですから、勝手に死なれたら困るのでしょう。幼い時代は生死すら自由にさせなかったということです」
目の前の女性は、先ほどは熱心に神々を交えた世界の話をしておきながら、今は『会ったことがない神』と言い切って、やもすると軽んじているようにも受け取れる言い方をする。
「まあ、わたくしのように自分の身は自分で守れるようになれば、年齢が達していなくても成人の扱いになるみたいで、それこそこれだけぞんざいに扱っても、わたくしに影響を及ぼすことはありません。この剣がわたくしを成人と認めた時から、一心同体のお守りの効力は自然と消えるようにはなっているようです。
しかし自分のことを何も知らずに育っているであろう弟の場合、この剣のことも知りません。ちゃんとこの剣を守っておかないと、一介の少年として育っている彼は、自分の意志とは関係なく、あっけなく生命を落としてしまいかねない。
我々はとても大事にこの剣を守っていたのです。なのに敵の甘言に乗せられ、連中を簡単に城中に入れる口実を与えてしまい、そして奪われてしまったのです」
タリューシカは唇を噛んでいた。その表情から、無念が読み取れる。
「ところで、その弟っていくつなのヮ?」
「十三歳。双子だったんです」
「へえ」
それはまるでただの茶飲み話で済まされてしまった。
アキラの事情を知っている二人も、彼女とタリューシカを結び付ける『双子』というキーワードを聞き流してしまっていた。
要するに、もうこのドタバタ劇に疲れて興味を失っていたのだ。
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