第12部;十月〜戦場〜-3
しかしどう考えても、相手方に勢いがあって仕方がない。タリューシカが一人で足止めできる人数など、どうせたかが知れている。数がいるのだから、その隙に砦を狙うのが当然というものだ。
しかし六人に迫る敵影が見えたわけではない。窓の中の安全な場所からタリューシカの非現実的な剣技を見ている間は、全ての出来事が現実味のない映像でしかなかった。
と、コンコンとノックの音ももどかしく、一人の大柄な男が入ってきた。
「お客人方、どうかお隠れ下さい」
その大柄の男は、見た目以上に野太い声で、六人に頭を下げた。
「隠れるって……」
六人は言葉を失って顔を見合わせたが、部屋に入ってきた男は、迷わず火の無い暖炉の一角の石を押した。すると音を立てて壁が動き、隠し通路が現れた。
「すっげぇカラクリ!」
「忍者屋敷みたいだサ」
思わず男子たちの目がきらきら輝いたが、男にとっては切羽詰っている状況なのだろう。まったく子どもの相手をしようとなど思っていない。「さぁ、こちらへ」と、ただ道を示した。
その隠し通路を外から見ると、それはまるで真っ暗い階段が闇に向かって降りているようだ。
さすがに女子二人はたじろいだ。
「負けそうなのヮ?」
サキは冷静に質問した。このような場所に案内されるということは、そういうことなのだと容易に想像がつく。
「そういうわけではございません。ただ、女王陛下のご配慮です。この光景をお客人方にお見せしたくはないとのこと」
タリューシカの足止めの隙間を抜けてきた敵兵が砦近くまで迫り、せっかく先に逃げた味方の兵を平然と切り捨てている。溢れる血飛沫、倒れる人。それはテレビで見るような残虐な戦闘シーン。それが目の前で普通に繰り広げられている。生となると、確かに見るに耐えない光景だった。
「ま、とにかく、女子から入れヮ。狭いから気をつけて」
ポンが女子二人の背を押した時だ。
ガシャ―――ンっっ!
けたたましい音をたてて、窓ガラスが割れた。
石が投げ込まれたのだ。
サキとカズヤは思わず窓に駆け寄った。
と、きゃーっ!と女子二人は悲鳴を上げた。
そこで一同は信じられない光景を見る。
暖炉で他の四人を守るように立っている大柄な男のその姿が揺らいで大きな熊に変わったのだ。
考えてみたら叫んで当然だ。
一同は熊に驚いて逃げ出して、そうしたらこの不可解な場所に迷い込んでしまったのだ。そしてその熊が突然現れたら、当然驚く。
熊は少しだけ哀しい眼差しを向けたが、自分のすべきことを理解している。
「早くお行き下さいませ」
その声は、人間の姿の声の名残を残しながら、さらにゴロゴロと野太かった。
「さあ、早く!」
ポンは二人をせかしたが、何が何だか判らず混乱している女子二人の足は竦んでしまっている。
割られた窓にフックが投げ込まれた。
「ポン、行ってっ!」
シキは咄嗟の判断でポンの背中を突き飛ばし、三人を隠し通路に放り込むと、自分は扉を閉め、何事もなかったかのような暖炉の前に立ちはだかった。
扉の向こうから三人の大きな声が聞こえてきたけど、シキにしてみれはどうでもいい。確かに暗くて細くて危ない階段だろうけど、入口がばれて追いかけられる危険と比較したら、それでも隠した方が安全だとの、彼なりの判断だ。
「あ、あなた方は……?」
熊の戸惑ったような問いかけに、シキはにっこり笑って答えた。
「ここの入り口、秘密なんだろ。ボクたちは何とかなるさ」
熊もにっこり笑ったものの、割れた窓から侵入してきた者を見て、絶望を感じていた。そしてその表情は硬い毛皮の下で、シキやサキ、カズヤには判らない。
逆光の夕陽の中、光を放つ不思議な剣を持った、金茶色の長髪の人間が、窓の桟に立って部屋の中を見下ろしている。
「さ……サパロージェ!」
熊は小さな声を上げた。
「誰なのヮ?」
「敵の王の側近です」
その場にいた者は全員困っていた。
サパロージェと呼ばれる男は、ふわっと軽やかに桟から飛び降り、サキとカズヤ、シキと熊の二組の間に立っているのだ。
これは、それぞれがお互いの身を気遣って、やきもきせざるをえない状況だ。
「我が主、パルニア国王ゲルダ=アレンデク陛下が、そなたたちをお呼びになっている。大人しくついてくるように」
左目の下の泣き黒子が印象的なサパロージェは、その黒子の所為でまるで大人しい女性のような美しい顔立ちに見えたが、現実には、抜き身の剣を持っている。逆らったら腕尽くで連れて行くというような、物騒な雰囲気を放っていた。
「お、おい!カズヤ!」
こんな右も左も真実すら判らない世界で、カズヤは壁に飾ってある剣を手に取ったのだ。さすがにサキばかりでなく、シキまでも声を上げた。
「それは、我が主の命令が聞けぬ、ということだな」
サパロージェは剣を構えながら笑った。カズヤが素人であることを、一目で見抜いたのだ。
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