第12部;十月〜戦場〜-2
何の気なしに振り向いた海。その海は六人を凍りつかせた。あの小船のうちの数艘の舳先がこちらを向いている。
船足の速い小船は、迷わず六人がいる岸壁を目指して進んでいた。それもただ向かってくるのではない。一斉に矢を番え、揃ってこちらに狙いを定めている。
六人が逃げ出すよりも早く、船から合図とともに矢が降ってきた。
その矢の雨は、それまでの火矢ではなく、殺害を目的とする鋭い金属の鏃。それが嵐のように六人に向かって降り注ぐ。
何が何だか訳が判らないまま、それでもできる限りコメチとナミを庇いながら、一同は矢の雨から必死に逃げた。
今更ロケだの夢だの言っていられる状況ではない。考えるよりも先に逃げるしかない。あんなのが突き刺さったら痛いに決まっている。しかも結構な高さだというのに、何処までも矢は降ってくる。一体どんな腕力だよと、ツッコミを入れる余裕もない。
「伏せろっ!」
サキが突然叫んだ。
「え?」
その声に反応して、誰もが何も考えず、形振り構わず伏せたのに、ナミだけは一瞬戸惑いを見せた。
「ナミっ!」
慌てて傍にいたポンが、ナミを抱きかかえて飛んで、受け身をとった。
しかし、ナミを救ったのはポンだけではなかった。
「あっ!」
受け身をとった二人を庇うようにして立ちはだかり、肩に矢を受けて立つタリューシカ。彼女は顔色一つ変えず、呻き声すらあげずに立ち上がり、刺さった矢を何事もなかったかのように抜き捨てた。
「あの……」
何故か「大丈夫ですか?」という言葉が、あまりに白々しくて言えなかった。
たしかに女王は厚着だし、防具の一つくらいは身に着けているだろう。でも抜き捨てたその鏃には血がついている。
しかしタリューシカは、その言えなかった言葉になどまるで興味がないようだ。その表情を動かすことなく、六人に冷たく命じる。
「わたくしの周りに集まりなさい。ト・アルフレイアに連れて行きます」
その次の瞬間に起こったことは、サキとカズヤにしか判らないことだ。タリューシカは瞬間移動で、全員を先程の砦の一室に連れて行ったのだ。
「まったく……」
ため息混じりに呟いてはいるが、怒られると思っていた六人は拍子抜けした。
「あれほど言い置いたのに、命令に背きましたね。もう一度言います。死にたくなかったら、今度こそこの部屋から一歩も出ないように!」
タリューシカはそう言い置くと、また一瞬で姿を消した。
脅してみせたわけでも凄んでみせたわけでもないのだが、タリューシカのその一言は、六人を凍りつかせるのには充分な冷たさだった。
「あぁあ、何なのよ、もう嫌!」
タリューシカが姿を消すなり、コメチは憚りなく大きな声で叫び、がっくりと地面に腰を落とした。
嫌なのは、何もコメチだけではない。誰もが同じことを思い、誰もがこれが夢であることを願っていた。
窓の外では、たった今、目の前から姿を消したはずのタリューシカが大声を上げて走り回っている。
彼女が六人に構っている間にも、小船から射かけられたロープを伝い、敵方の戦力が既に上陸を果たしている。きっとそれも彼女の予測の範疇なのだろう。走り回ってはいるが、焦っている様子は見えない。
「退け、退けぇっ!ト・アルフレイアを戻るのだ!無駄死に無用!全速力で戻れ!」
タリューシカは最前線に辿り着くと、たった一人で敵に対峙し、腰に下げている細身の剣をすらりと抜いた。
敵方の人間が、その気迫にたじろぐのが見て取れる。しかし六人は、タリューシカの抜いた細身の剣に目を奪われていた。
それはとても不思議な剣で、彼女の気迫そのままの闇を発していた。普通の剣ならば、抜刀し、反射して煌くのが光だが、彼女の剣は反射して放たれるのが闇なのだ。
タリューシカは闇を発する不思議な剣をすらりと抜いて振りかざし、味方を砦に退かせる為、一人最前線に立っていた。
「貴様らの目当てはここだ!ここを狙うがいい!」
タリューシカはその不思議な剣を振りかざし、味方が砦に戻るまでの時間稼ぎをする為、敵に睨みを効かせている。
じりじりと詰め寄るのは多勢の敵方ではなく、たった一人で立ち向かっているタリューシカ。先程の上品な物腰のたおやかな風情からは想像もできない気迫が漲っている。
「私を倒さねば国には帰れないぞ」
そのタリューシカの言葉を契機に、敵は雪崩を打ってたった一人の少女に向かって押し寄せてきた。
六人が何よりも驚いたのは、国民の誰もが自国の女王を救けようとはせず、一丸になってト・アルフレイアの砦を目指して逃げているのだ。それは裏切り行為のようにも見えるが、実際は女王を信頼し、女王の足手纏いにならないようにしているのだと六人が気付くのに、そう時間はかからなかった。
それ程までに、タリューシカの気迫は他の誰もを圧倒している。
「あの人、たった一人で何するんだ?」
ポンは建物の中だからか、他人事のように呟いた。さっき都合良く死に損なった一件で、彼もまた、これは夢の中の出来事なのだと信じていたのだ。
「しかし、肝っ玉座ってる姉ちゃんだこた。見てみ、さっきから一人も殺してないんだ」
カズヤはじっとタリューシカの動きを目で追って言った。
タリューシカは、剣の背で、決して人間を殺すことなく、気絶させて倒していた。
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