第1部;五月〜出会い〜-7
翌日の放課後、何事もなかったようにサキとカズヤはジャージに着替えていた。
「なあ、サキ」
「ん?今日は部活出るよヮ」
「じゃなくって」
カズヤは学生服を畳みながら訊ねた。
「昨日は、一体何だったのかャと思って」
カズヤのその一言だけで、聡明なサキは、大体察しがついた。
「本当は知ってるくせに」
カズヤは、勿論頷いたりはしない。
「あんましオレのプライベートに顔、突っ込むなよ」
サキは別に責めるつもりではなく、むしろ茶化したつもりで、隠そうなどとは全く思っていなかった。
「それとも、まさかやきもち妬いてんのヮ、オレに」
「バカ」
けれど、カズヤの頭の中では、サキのふざけは半分本気で、本当にサキとアキラが付き合っているのではと、「付き合う」の意味を取り違えて思い込んでしまっていた。
「なあ、今日、二人共部活サボれん?」
そこへ、丁度間の悪いことに、昨日大問題を起こしておきながら、いけしゃあしゃあと一日を送っていたアキラが、にこにこしながらやって来た。それこそまるで何事もなかったかのように。
「よう、何かいいことでもあったのヮ?」
「別に。いつもと同じやんか、カズヤ」
カズヤの意地悪な質問にアキラの横顔が一瞬だけ歪んだのを、サキは見逃さなかった。
「ウソつけ」
「何やねん、カズヤ。いきなし尋問口調で」
アキラの視線は鋭く、口調こそごまかしていても、視線に本性が出てしまっている。
「で、なして部活サボれって」
サキは話を元に戻した。
「いやさ、ちょっと付き合ってほしい所があるねん」
「お前ら二人で行けよ」
カズヤは頬をぷうっと膨らませ、サキとアキラに背を向けた。
「はあ?」とアキラは呆れ、目を点にした。
「カズヤ、お前、もしかして、何か誤解してねえか?」
サキは、つい先程の会話の流れから、カズヤが何か大きな勘違いをしていることに気が付いた。カズヤの意地悪な質問は、昨日の騒ぎを咎めた嫌味ではなく、その後のことを嫌味にしているのだ。これは厄介だ。
「誤解?」
アキラとカズヤは同じ言葉を口にした。
「何が誤解なのさ。お前、部活休んでまで、あんな騒ぎ起こしたアキラのことサ、慰めに行ったべや」
サキは頭を抱え込んだ。想像していた通りの誤解を、カズヤはしている。しかも余計なことを言ってくれた。今の発言に忘れたフリをしているアキラは、どう反応するだろうか。
「何、オレ、昨日騒ぎ起こしたか?ウソやろ。誰かと間違えとるんとちゃうか、カズヤ」
アキラはへらへらした。
「何言ってんのャ。オレらの目の前で、お前、ヤンキー連中相手に喧嘩したっちゃ!とぼけんなよ」
「オレ、身に覚えないねん。こいつ、何、言うてんのや、サキ?」
アキラは頑として、とぼけ続けた。
サキはほっとした。アキラの心配は、取り敢えず今はしなくて大丈夫だ。アキラはサキが望んだ通り、皆を騙し続けてくれている。頭の良い彼女は、冷静でありさえすれば、完璧なコンピュータでいてくれるだけの脳みそを持っている。
「オレのこと、からかってんのヮ?」
とうとうカズヤは怒りだした。それでも、サキとアキラは良かった。少しカズヤには気の毒だとは思ってはいたが。
「オレは部活サ行くからヮ、二人でよろしくやってろよ!」
捨て台詞を残し、カズヤは教室を飛び出してしまった。
「ったく、しゃーねーなャ」
サキは、カズヤが出ていった後と、アキラの顔を見比べた。
「ところで、あいつの言うとった『誤解』って、何やねん」
―――困ったなャ……。こいつに恋愛語りたくないし、第一、解らないだろうし……
サキはまた困ってしまった。アキラのことだから、先ず一般的な男女関係は全く疎い。
たとえ「アキラとサキが付き合っていると、カズヤは誤解した」のだと説明したところで、「付き合って、一体何が悪いんやねん?」と言い切ってしまうだろうし、第一、純情なサキの口から「アキラと自分が恋人同志だと誤解した」のだとは、いくら解りやすいとはいえ、とても言えない。
サキだって、一応思春期真っ只中の少年なのだ。
しかし一体どうやって、鈍いアキラに正しい情報を伝えよう。
「どうも、その……」
「何や、はっきりせえよ」
「……その、オレとお前が、恋人同志だと勘違いしたみたいで……」
サキは、かなり意を決して言った。それなのにだ。
「どういうとこが恋人なんだよ。オレにはさっぱり解れへん。大体、どうすりゃなれるんや、恋人って」
サキは頭を抱え、心の中で怒鳴った。
―――ふざけんじゃねぇ。バカ共め!―――と。
「それとこれと、大体どうしてカズヤが拗ねる原因になるんや?」
「もういいよヮ。お前にそんなこと、説明するだけ時間の無駄」
「何や、それ、いけず」
「もう、何とでも言ってくれ。お前の用事は後でゆっくり聞いてけっからヮ」
「あぁっ、待て!」
「待たねぇ!」
サキはアキラをそこに残し、カズヤの後を追った。
「……ふん、バカじゃねえの」
今までそこにいたアキラは消え失せ、別人のような彼女が残されていた。そのアキラは、走り去ったサキの背に、鋭い、他人を見下したような視線を突き刺していた。
「バカは嫌いだ……」
彼女は一人呟き、グラウンドに背を向け、卓球場へ足を向けた。
「そんなバカになろうなんて、オレも所詮バカな人間だよな。笑っちまうよ。ったく、バカになる努力はえらく疲れるしさ。楽しいからいいけど。バカな人間は、大バカ者の手の上の道化で、その大バカはバカになろうって、自分の手の上でおどけちゃって、本当に究極のバカだよ……」
アキラの表情が、いつものものに戻った。
卓球場のドアを開ける。
「よお、ナミ、おるかぁ?ちょいと貸してぇな」
陽気な声を出すアキラは、いつもの彼女だった。
次回から第2部;五月〜去年の出来事〜を始めます。
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