第11部;十月〜Alfreaken〜-5
「ねえ、ちょっと」
ずっと黙っていたコメチが、小声で他の五人に声をかけた。タリューシカが黙るのを待っていたのだ。
「ねえ、あなたたち、ちょっと勝手に動かないでよ。いい、ここはわたしの夢の中なのよ。だから本気顔でこんな話、聞いてないでよ。信じないでよ。お願いだから勝手な動きしないで、もう」
真面目に話をしているサキや、ちょっとした疑問を口にしたシキ、真面目に黙って話を聞いているポンやナミに、馬鹿にしたようなというよりはむしろ、焦りと恐怖に近い眼差しを向けて、コメチは言った。
その思いは当然のことだ。
そのコメチを見て、タリューシカは微笑を向けた。
「別に信じなくてよいのです。信じて苦界に戻れば、あなたたちは自然界を恋い慕いて苦しむかもしれませんしね」
聞こえない程度の声で、「んなわけないっちゃ」と、コメチは顔を背けて呟いた。
その声に、タリューシカの微笑みの種類が変わる。まるで悪戯っ子のような意地の悪いそれになった。
「では、例えばあなたの仰るとおり、今目の前の出来事が夢ならば、どうしてあなたの夢の中で、我々はこうも自由に存在し得るのでしょうね。
夢の主であるあなたに、どうしてわたくしが疑問を投げかけるのでしょうね。
そして夢であるならば、この世界はあなたにとっては何の意味があるのでしょう。
もしかしたら、本当はこちらが現実で、苦界があなたの長い一夜の夢かもしれませんよ。
また、こうも考えられます。苦界も自然界も両方とも現実であり、両方とも夢なのだとも。
夢と現実はあなたたちの世界のもので例えるならば、メビウスの輪のような関係にあり、疑問を抱けば夢となり、信じれば現実となる。二つを信じ、その境界を断ち切ったら、二つは一つの表面となり得るのかもしれませんよ」
一気に捲くし立てたタリューシカは、その先のコメチの表情を予想して、小さく「くくくっ」と笑った。
そして彼女の予想通りにコメチは混乱し、怒りに顔を膨らませている。やりすぎだ。
「多分理解できないでしょう。それでよいのです。この世界のことをどう思おうと、それはあなたの自由ですから。
どうせわたくしとあなたたちは、再びこの世界で出会うことはないのでしょうからね。
でも、ここは現実です。だからお友達も自由に動きますから、お友達にお怒りにはならないで下さいませね」
タリューシカは立ち上がった。
立ち上がった女王は、何も装飾がないシンプルな鞘に納められた長剣を、その細い腰にしっかり佩き直し、長い黒いマントを羽織り直した。
「時間です。わたくしは前線に戻らなくてはなりません」
六人の「前線?」との声に、「残念ながら戦場ですから」と、タリューシカは静かな微笑みを返す。
「いいですか、ここではあなたたちの国の法は通じません。ここにいる間は、この国の王であるわたくしの言葉に従ってもらいます。勝手は許しません。
わたくしはこの国を統べる者。この国の理性であらねばならぬ者ですから」
タリューシカ女王は、女王らしく毅然と言い放った。
「そりゃ、あんたは無鉄砲な子供じゃないだろ。
子供にそんな一国を背負う責任、果たせるわけがないじゃないか」
上から目線で命令されたことが余程気に入らなかったのか、相変わらず空気を読めないカズヤが、的外れなことで食って掛かってきた。
いい加減そういうカズヤの性格を心得ているアキラは、タリューシカの顔でカズヤを見据えて言った。
「そう、お察しの通り、確かに国を背負うということは大変です。
でも、わたくし、成人はしていますけど、未だ十三歳なんですけどね」
衝撃的な告白に、一同は普通に「えぇーっ!同い年だサ」と、憚りなく大声をあげた。
「数年前に先代国王夫妻を惨殺され、わたくしは即位を余儀なくされたのですけど、そんなに老けていますか?」
アキラは、さっきの老けた女呼ばわりされたことに、嫌味を言った。勿論、誰も気が付くわけがない。
「先代国王夫妻って、あなたのご両親でしょ」
「そうですわ」
可愛らしい言葉遣いなのだが、全く感情の篭らない声で、タリューシカは返事をした。
―――両親のいないとこは、アキラと似ていること。老けてるとこまで似てるしなャ。
サキはふと感じた。
しかし、アキラとタリューシカは似ているのではなく、同一人物なのだ。
「あのさ、さっきも口挟んだけど、女王が人間の法であり、理性であるなら、この戦争も止められるんじゃ……」
シキはタリューシカという名前を呼ぶのが気恥ずかしくて、女王という一般的な名詞で呼んだ。アキラにとっては女王と呼ばれること自体意外だったが、シキの鋭い指摘に顔が自然と引き締まるのを感じた。
「お恥ずかしい限りですけど、全くその通りですね。
しかし、この戦には抗いがたい深い理由があるのです。まあ、行きずりの方たちと思って話しましょうか。どうせ忘れてしまって構わないのだから」
アキラは、記憶を消すことを思い出しもしなかった。六人は「忘れる」のではなく、「忘れさせられる」のだ。
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