第11部;十月〜Alfreaken〜-1
11;十月〜Alfreaken〜
「女王陛下、あの、陣中に怪しい、その……王族らしき方々が……」
赤銅色に焼けた肌に赤茶色の巻き毛で、虹彩が昼白色に発光している黒い瞳を持った、人間の膝丈くらいの人間―小人―が、長い黒髪を無造作に束ねただけの、二十歳くらいの女に「女王陛下」と呼びかけた。
女は小人とは正反対に大柄で、全身黒尽くめに近い色の服を着、硬い金属の胸当てを着け、膝まで覆い隠すような長い皮の脛当てを履き、全身を覆うくらい長いマントを纏っていた。
全身黒尽くめの女は、赤い小人の呼びかけに振り返りもせずに、海の上の船団を見つめていた。
海風にマントがはためき、これもまた真っ黒で細身の、一メートルくらいはある長さの剣を提げているのが、顕になった。
「私の時間が終わるまで、丁重に饗応しておいてほしい」
彼女は感情の篭らない声で言った。
「彼らは……その、王族ではないのでしょうか……?実は、言葉が通じるのです」
「何だって?そんなこと……」
言うべきか言わぬべきか迷ったような、控えめな小人の言葉に、黒尽くめの女は驚いたように振り返ったが、すぐに平静を取り戻して腕組みをして考え込んだが、それもほんの僅かのこと。顔を上げた。
「まあ、いい。取り敢えずここの記憶は消す。苦界人に、この世界を汚されるわけにはいかぬからな。私と苦界のことは一切語らないように。彼らの言葉のことは気にしないでくれ」
「畏まりました。では、ト・アルフレイアの庭にてお迎え致します」
「宜しく頼む。それと、極力獣たちには近付かないように伝えてくれ。彼らは獣に慣れていない。それに『肉体定まらざる者』たちには、彼らが驚くと思うので、申し訳ないが目の前での変化は避けてもらいたいと伝えてくれ」
「たしかに承知致しました」
恭しく一礼し、赤毛の小人は走り去った。
黒尽くめの女は、小人が去って周囲に誰もいないのを感じ取ると、独り言を呟いた。
「ったく、目眩ましで顔を変えなきゃなんないじゃないか、めんどくさい。
……しかし、言葉が通じる苦界人とは―――
まったく初めてだ。参ったなぁ……」
振り向いた女の顔は、色白で、釣り上がった大きく黒い瞳。そして、その表情が決して動くことがない氷の彫像。
桂小路 晃……。
―――大体、このタイミングで誰が呼び戻したんだ、まったく……。こんな迷惑な呼び出しも初めてだ。
アキラはその場を離れた。
石造りの西洋の城にも似た建物。
テレビで見たイギリスの庭のような、計算された野原のような空間。
そこに誂えられた四阿は、気持ち良い風が渡る特別な場所だ。
そこへ戻ったアキラは、山のように出された見知らぬ果物や飲み物を前に、戸惑いながらも手を出している、複雑な表情の六人を見た。
―――さて、どうしたものか……
アキラは無意識に浮かんだ笑みと、無意識に浮かんだ困惑をその腹の底に沈め、六人の前に立った。
「見知らぬものばかりで戸惑われたでしょう。口に合っていればよいのですが、如何でしょうか?」
アキラは、まるで初めて会った人間に話しかけるような態度だった。
突然声をかけられて、六人は驚いて顔を上げた。
「あの、ここ、一体どこなんでしょう?僕たち、オリエンテーリングの最中だったんですけど……」
サキは丁寧な言葉で訊ねた。その口調から、彼らはまるでアキラには気付いていないようだった。
その返事を聞いて、アキラは眉間に皺を寄せた。
敢えてこちらの言語で語りかけてみたのだが、彼らは何の疑問もなく理解しているばかりか、自分達が日本語を喋っていないことにすら気付いていないようだ。
しかし、その疑問は飲み込むことにした。
自分の正体を明かす気がないのに、その疑問を口にするのは意味のないことだ。
アキラは特上の笑顔で声をかけた。
「さぞや驚かれたでしょう。ここは自然界アルフレイア、と紹介したいところなのですが、現在は穢れがある為、アルフレーケンと呼ばれている国です。
このわたくしは、アルフレーケンの人間の長で、この国を治める女王、タリューシカ=アレンデクと申します。タリューンとでも適当に呼んで下されば結構。
時たま、あなたたちのように、こちらに紛れ込んでくる方もいますのよ」
アキラは、まるで何事もなかったかのように、不可解な片仮名の名前を名乗り、手の甲を口許に当てて上品に笑ってみせた。全くアキラに気付かない六人はそれに応えてそれぞれ自己紹介し、最後にサキがこう付け加えた。
「どこかに老けた女がいなかったですか?もう一人、一緒にいたはずなんだけど……」
「いいえ、いませんでしたが……」
―――ったく、勝手なこと言いやがって。老けてて悪かったな。大体、てめえらがオレのことを置き去りにしたんじゃねぇか。
アキラは表向き表情を変えなかったが、心の中ではいつも通りのことを呟いていた。
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