第1部;五月〜出会い〜-6
「あ、そうそう、カズヤ。オレ、今日、用事あるっけ、部活休むからヮ」
窓の外を気にしながら掃除をしていたサキは、カズヤが止める間もなく、急にカバンを掴んで外へ出た。
「何だャな。ま、あれだけアキラとやり合ったことだっけ、休めって言うつもりだったけど、元気にこしたことねえし……」
カズヤも掃除を切り上げた。大方片付いていたから、部活へ向かっても問題なさそうだった。
一見元気良く教室を出たサキだったが、カズヤの心配通り、ひどい倦怠感に襲われ、全力の半分も力が出せない状態だった。それでも彼は、彼が出せるだけの速度で自転車をこいで、舗装されていない農道を走った。その道は、例のアキラが分かれるところへ行く近道だった。
サキは、その農道と通学路が合流する地点で、自転車を降りた。
「よお、お嬢さん、元気ないこた」
サキは遠くから自転車を押して来る、スカート丈の長い女子に声をかけた。
「今日もまた、えらく派手にやりましたねえ」
「あ、あぁ……つい……」
アキラは、そう短く返事をすると、立ち止まらずに、サキの前を通り過ぎた。
「悪かったな」
「別に。オレの方もぬかってたし、こっちこそ悪かったよ」
サキが後を付いて来るのを知っているから、アキラは話しかけた。
「ちょっと、付き合えよ」
サキは更に声をかけた。「嫌ってのはナシだぜ。一緒に川へ落ちてでも、付き合わせるっけ」
「じゃ、嫌やヮ」
「ヤな女だこた、もう……」
アキラの返事に、サキは今日何度目かのため息を付いた。
「はいはい、どーせ、オレはヤな女ですよ」
アキラはあげ足を取った。
「どうでもいいけど、もういい加減、キレるのやめろよ」
「今日だって、オレから吹っかけたわけじゃねえぞ」
「判ってるさ、んなこと」
二人は土手に腰を下ろした。
「でも、今年、しかも今日来るとは思ってなかったよヮ。去年で懲りてると思ってた」
「オレかてそう思っとったんやけど、連中にも理屈があるみたいで、神森中仕切るなら、東部中のバカ大将やっちまったオレを倒さなきゃ、面子が立たないらしいぜ。バカみたい。ま、オレもオレやけどな」
「とにかく、またいつもの『フリ』しろよ。大抵の連中は信じてっけ。騙すなんて、お前の性には合わないだろうけどさ」
「しゃあないさ。それに、そうでもない。普通の学校生活送る為やしな。第一、オレが悪いんやし、去年みたいにサキが事前に食い止めてくれるのに、甘えてばかりもいられへんさかいな」
「あ、知ってたのヮ」
「当たり前やんか。普段はそんなにバカじゃねえぞ、オレは」
アキラは石を投げた。石は水面を跳ね、対岸まで辿り着いた。
「けどなあ、サキ。これ以上オレの世話焼くな。これ以上オレに付き合うと、オレはきっと、お前を碌でもないことに巻き込むかもしれない」
「何を今更。自分のプライドを、オレの所為にすんなよ」
サキは茶化した。
アキラは終始、ブスっとしていた。教室での彼女とは、まるで違う。
「言っとくけど、お前だからな。普段、普通に過ごす方法を訊いてきたのは」
アキラの表情を見咎め、サキは言った。
「なあ、サキ、オレ、普段『普通』か?」
そう訊ねたアキラの口調には、少し不安が混ざっているようにも聞こえた。
「ああ、喧嘩っ早くなけりゃ、充分さ」
サキは念を押してやるように言った。この気の強い少女は、意外と「普通」であることに気を遣っていることを、変だと思いながら。
「じゃ、明日は普段通りに振る舞って、忘れたフリをすること。いいな」
サキはアキラの肩を叩いた。
が、一瞬、アキラの全身から殺気のようなものが立ち、彼は手を慌てて引っ込め、同時に彼女は彼の手を払い除ける動作をした。
「悪い」
二人は同時に同じ言葉を口にした。
「お前、不用意に触られるの、苦手なんだよな」
「イヤ、悪い癖さ。悪かった」
暫く二人は黙り込んだ。
先に口を開いたのはサキだった。
「葵ちゃんさ、きっと、お前やコメチと、オレが同じクラスで、しかも自分が担任するって、頑張ってくれたんだろな」
「きっとな。お前やコメチなら、こんなオレを抑えられるって思ったんやろ」
「感謝しろよ」
「してるさ。転入しておきながら、両親が海外転勤で一人暮らししてる一人娘なんて、胡散臭いヤツに目を懸けてくれてるんだ。それに、他の先生連中のが葵ちゃんに感謝してんじゃないか。問題児を引き受けてるんだ」
「そりゃ言える。ところで、当分帰って来られないのヮ?ご両親」
「オレが中学出るまではな」
「大変だこた……」
「そうでもない、気楽やわ。
……昔さ、必ずクラスに一人は問題児がおって、真面目で人気のある生徒が、『○○ちゃん係』って、世話役押しつけられたりしてなかったか?」
「さあ……。なして?」
「神森小は小さすぎるから、そんな問題児、おらへんかったかな。イヤ、何となくオレとサキみたいやなと思ってさ」
「はははっ、確かに」
「おいっ、ちょっとは否定せぇな。まったく…」
「悪い悪い。……あ、問題児ならいたよヮ。まぁ、天然バーマの天然パーのカズヤ」
「あいつと同列かいっ」
二人は笑いながらも、お互いそれが愛想笑いだと気付いていた。
―――不可解なヤツだよな、こいつは……
サキはいつも感じていた。いつもアキラは、何かを演じているような気がするのだ。
―――そういや、喧嘩してる時くらいだサ。アキラが何も演じてないようなの。普通にマズイよなぁ……
サキは、この頭の良い美少女の保護者であろうと、つい思ってしまうのだった。もう一人の被保護者、カズヤとアキラとは全く正反対のキャラクターなのに、何故かどちらも、大事な所で何だか頼りないのだ。
「オレも気ィ付けっけど、アキラも、あんな連中相手サすんな。お前にとっちゃ、相手する程の者じゃないだろう」
サキはくどくアキラに言い聞かせ、家へ帰った。
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