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第9部;九月〜初舞台〜-6

「カズヤ!さっきの服よこせっ!えーかっ、こっち見んなよ」

 緊張して吹奏楽部の演奏など耳に届いていない五人は、突然現れたアキラの乱暴な声で、吹奏楽のステージが終わっていたことに気付かされた。反対側の舞台袖に控えていたオーケストラと吹奏楽部が入れ替わり、下りた幕の内側で忙しなく準備を始めている音がする。

 アキラは幕が下りると同時にステージ袖に走ってきて、跳び箱の陰で着替え始めた。

「アキラ。あなた、髪の毛ほどいていた方がいいわね」

 葵がアキラのかいがいしく彼女の身形を整えている。

 ARI-tanimoriブランドの白いシルクのブラウスと黒くて引きずるくらい長いフレアーギャザースカート。アキラはそれを着て、真直ぐ立った。いつも適当に結んでいる低めポニーテールをほどくと、その真っ直ぐでつややかな黒髪はウエストまで届く。

「アキラ、綺麗よ」

 コメチが褒めると、「服がだろ」とひねくれた返事をして、ステージ袖から中央を見据えて凛と背筋を伸ばした。


 独特の気品がある。

 アキラは、先ずあり得ないことなのだが、多くの者に傅かれて育ったかのような自信と気品を身体中から放っていた。誰もそこまで具体的に感じてはいないのだが、逆に誰もが、この細くて折れそうな少女に気品と威厳が備わっていることだけは感じていた。


 幕が上がり、静かに湧き上がるようなチューニングの音が、聴衆をぐっとひきつけ、袖にいる六人も一時緊張すら忘れた。

 それからオーケストラを照明が包む。浮かび上がった指揮者の合図を見て、アキラはすっと明かりの中へ出て行った。スポットライトにも動じないその姿はまるで場慣れしたプロのようだ。

 曲は誰もがテレビや映画で聴いたことのあるクラシックの曲ばかりで、それはアキラの為にフルートが中心の曲だ。

 ほとんど夏休みを一緒に過ごしてきた六人がその曲をいつ練習したのか知らないのに、アキラは難しいであろう曲をいとも簡単に、そして流麗に吹きこなしている。

 フルートを吹いている時のアキラは、いつもの粗野なところを綺麗に隠し、まるで身体が楽器の一部と化しているような凛とした音を奏でる。

 演奏が終わり、指揮者がマイクを取ってアキラのことを「ソリストは二年五組の桂小路 晃さん」と紹介して、初めてアキラが吹いていたのだと、大抵の生徒は気付かされたのだった。それぐらい意外なことだった。


 アキラが肩の力を抜いて、リラックスできるような曲を吹いていたというのに、袖の六人は緊張しきっていた。つい今しがたまでステージでサックスを吹いていたコメチまでが、急にガチガチになっている。

「っだよー。お前らまだ緊張してんのかよ?オレなんか、TVカメラ向けられてはりきっちまったぜ」

 あまりにもらしくないことを言って、アキラはケタケタ笑いながら戻ってきた。

「オレのありがたい演奏、実は聴いてなかったな、バータレどもがっ」

 そんなアキラにつられて、一同は多少緊張が解れていくのを感じた。

 幕を下ろしてで準備を整えている間、外では人がざわめいていた。

 オーケストラの演奏で生徒たちの拘束時間は終わったから、それぞれがそれぞれの持ち場に戻るのだろう。

「コケたらごめんな」

 アキラとカズヤはバク転の練習をしている。ちなみに、七人の中でバク転ができないのは女子二人だけだ。

「幕、開けるぞ」

 準備が整ったのを見計らって係の生徒は七人に声をかけた。

「O・K」

 カズヤがゴーサインを出した。


 必死の思いでシンセサイザーにプログラムした水の流れる音や小鳥のさえずり。そしてポンのスティックが四つ数えたのを合図にステージのフットライトが逆光で踊る二人を照らして激しい音が始まる。

 髪を降ろして激しく頭を振るアキラと、ハリネズミのように髪を立てて舞台を走り回るカズヤがそこにいる。

 まるっきり大人の顔立ちのアキラと少年のあどけなさを残したカズヤの顔の対比が、歌の中での誘惑する者とされる者の演出通りの姿だ。

 そして他の五人はステージ上の傍観者になって、時には静かに、時には激しく音を奏でてヴォーカル二人が表現する迷いを見守っている。

 この二人の発声はのびやかで、滑舌がいいから歌詞がはっきり聴き取れる。更にアキラの声は硬いガラスの声で、普段のしゃべり声は男子に近い音域なのに、唄うとハイ・ソプラノまで軽くこなすのだ。例えば悪魔のうめきから高笑いのようなものまで。

 外に出ようとしていた生徒の流れが、明らかに止まって戻ってきていた。


 確かに始めから観客はそこにいたが、彼らのステージが終わるまで殆ど頭数が変わらなかった。

 話題性はたしかにある。何しろケンカっ早い頭脳派不良インテリヤンキー美少女桂小路 晃と、頭脳派虚弱体質インテリなよなよ運動人間鈴木賢木さかきがバンドをやるだけで、それは誰もが気になるというものだ。しかし単純に、七人という大構成でありながら、オリジナルだけをやるというのは、中学生の文化祭では珍しい。誰もがその話題を耳にして、興味を持っていたのだが、聴こえてきた音は話題以上の音で、純粋に音楽を聴きたくてなって足止めされている。

 ただそのきっかけとなった話題をいたのは、流行に敏感なコメチの仕組んだことだとは、他の人間はまるで知らなかった。




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