第9部;九月〜初舞台〜-3
思わず「うわっ」と叫び声を上げそうになったが、まさか大声を出して人が駆けつけでもしたら、まったく言い訳ができない。そう思ってサキは声を堪えた。
しかし落下するような感覚は一瞬。すぐに普段と変わらない状態になる。おずおずと目を開け、辺りを見渡すしてみると、二人はしっかりと宙に立っていた。
サキが目を開け落ち着きを取り戻したのを確認すると、止まっていたアキラはサキの手をしっかり握り、どんどん高度を上げた。
「うわぁ、最高ーっ!」
「だろ」
サキの声に、アキラは嬉しそうだった。
下に広がる緑の田圃に感激して思わず声を上げたのだが、アキラが嬉しそうにしたことが、サキにはもっと嬉しかった。彼女は自分から善い感情は表に出さない性格を熟知しているから尚更だ。
「もっといい所、連れてってやる。行くぞ」
珍しく、アキラの声が弾んでいる。
「何処?」
サキの質問に対するアキラの答を聞くよりも先に、まるで宇宙空間を通り抜けたような、あまりのスピードに肉体が置き去りにされてしまうような、何とも不思議な感覚が、サキを襲った。それは正直不快な感覚だった。
思わず足元も確認する前に、がくりと膝が崩れ、その長身をアキラが支えた。
「―――!」
その足元を改めて確認して、思わず血の気が引く。
「心臓、大丈夫か?瞬間移動してみたんだけど」
「ここは?」
そこは遠くに水平線を望む、高い木のてっぺんだった。
「大樹の森の神社の、一番高い木の上。オレ、ここ好きなんだ。オレの両親がご健在であられた頃を思い出せるからな。当時の純粋なオレのままで」
アキラは遠い目をした。さっきとは全く違い、心の底から穏やかな表情だった。そしてそれは、サキが初めて見る表情だった。
両親を想う少女は、すっかり晴れ渡った空を見て、ぽつりと呟いた。
「父と母が亡くなられた日も、こんな悪意のない、澄み切った晴れた日だった」
サキは思わず息を呑んだ。
「だって、お前の両親って、海外転勤じゃなかったのヮ?」
「あ、あれ。オレ、お前に言ってなかったっけ。あ、昨日カズヤにむかついて言ってやったんだ」
アキラは腕組みして一瞬考える仕草をしたが、すぐ思い出してさらっと言う。
「あのな、オレの両親、オレが小学三年の時に死んでんだ。今の両親は、オレの為に桂小路家に籍を移してくれた、義理の両親なんだな。オレの血縁はいないから、オレ、孤児院に入れられちまうっけ」
あまりにあっけらかんと言われてしまって、それ以上サキは何も訊けなかった。
「今日、不機嫌だった理由、言えるか?」
サキは話題を変えた。
さっとアキラの顔が、またいつもの、陰を含んだ氷の彫像に戻った。
「昨日、オレと一緒にいた人、憶えてるだろ」
「ああ、忘れられないキレイな人な。お前の保護者で水鏡っていう者だって……。何だか変わった名前だよな」
「そう、血の繋がりこそないけど、あの人がオレという人間を育ててくれた、お告げをくれた巫女さん」
「って言ったって、あの人、二十歳そこそこじゃないのヮ?」
「あの方は、ずっとあの容姿だ」
事情を知らないサキは、きっと単純に若作りなんだと思っているだろう。アキラは別に詳しく説明するつもりはなかった。
「で、どうしてその人と今日の不機嫌が、関係あるんだ」
「もう、二度と会えないって言いを残して、去っていってしまわれた。
オレは感謝こそすれ、何も不満はないのに、オレの選んだ人生を悲観して帰られてしまわれた。オレのことを思って下さっているのに、オレは何時も裏切ってばかりで……」
アキラの声は、淡々としていた。こういう時は感情がないのではなく、むしろ感情を抑えている時だ。
「人生って、これからどんどん変わっていくもんだサ。今から決め付けてどうすんだ」
当然のことだが、サキはアキラの事情をいまいち把握しきっていない。まして、アキラが東京に戻って闘うつもりだということなど、知るわけがない。
「サキ、オレは以前言ったはずだぞ。オレを普通の人間だと思うなって。ま、いいけど、そんなこと」
アキラは依然、感情の籠もらない声だった。
「オレの人生は二つの道があって、一つはオレ自身の平和。もう一つはオレ自身は生き地獄だけど、オレの後の世代の平和を招く道だって」
「お前のことだっけ、生き地獄を選んだんだろ」
先が見えすぎる話にため息が出る。なのにアキラときたら、サキが自分のことを解っていることが嬉しいのか、表情がちょっと明るくなっている。
「大当たり。冴えてるね、サキくん。だって、オレ、別に人生楽しんでないし、むしろ早く終わってくれたらって待ってるくらいだし、生きるんだったら、誰かの喜ぶ顔見ることを目的にしたいしな。それだって、自分の為に生きてるじゃんって言われたら、全然反論できないけどさ。
けど、純粋に自分の欲望の為だけに生きるってのは、どうも性に合わないし」
「その所為さ。その水鏡って人が去ってたのは」
「……」
一瞬、アキラの顔が固まった。その表情を見逃すサキではない。
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