第1部;五月〜出会い〜-5
アキラが出て行った後に残されたコメチとナミは、肩で大きく息を吐いた。
「もう、ポンったら、何言ってんのヮ」
「あたし、めちゃくちゃ怖かったよヮ」
「でもやぁ、連中、殆ど東部中に残ってるべや。今更来ないっちゃ」
「ま、それもそうだサね」
元一年五組の三人は、彼らだけにしか解らない会話をした。
「ね、何か来んのヮ?」
わくわくしながら訊ねてきたカズヤに、コメチはまた、肩で大きく息をした。
「もう、つくづくオメデタイ人間よね、カズヤは。ナミ、ポン、説明してやってヮ。わたしはもう嫌。丁度シキも詳しく知らないし」
「んだな、去年の一学期の中間テストの後の大騒ぎ、知ってるべ、あの……」
ポンの声が、物音でかき消された。
「あっちゃーっ、最悪」
ポンは頭を抱え、コメチとナミは顔を見合わせた。
「何や、ワレ、何とか言えや、クズ共め!てめえらから、因縁吹っかけてきよったんやろが!」
中途半端な関西弁のドスの効いた声がし、黄色い髪の男子生徒が、ドアと一緒に教室に入ってきた。
「誰か、誰かっ!先生呼んでこい!」
珍しくポンが大声を出して命令し、喧嘩に関係のない生徒が巻き込まれないよう、彼らとの間に入って、野次馬が近付かないようにした。ただ、決して止めようとはしなかった。
別の男子生徒が倒れこんできた。その向こうには、鬼の形相の桂小路 晃。
「そっちが蒔いた種やろが。きっちり自分でカタ付けろや!てめえのケツくらい、てめえで拭け、クズが!」
かれこれ五人くらいの男子を床に転がし、それでも立ち上がろうとする者の頭を、アキラは靴で踏み躙った。
「クズって言われんの、そないに嫌か。言葉ばっかに反応して、だから人間はクズなんだよ。生きる価値ねえんだよ。神森中の番を張る、結構なこった。で、どうしてオレのとこに来るんや?アホちゃうか、お前ら」
倒れている男子の胸ぐらを無理遣り掴んで殴ろうとしたアキラを、後ろから誰かが止めた。
「アキラ、またかよ」
騒ぎを聞きつけて、トイレから駆けつけたサキだった。
「煩せえっ!」
アキラの拳をサキは軽々とかわし、代わりに木の掲示板が割れた。
カズヤは息を呑んだ。今の拳は、サキだからこそかわせたのではないか。
アキラは職員室から駆けつけた、大勢の男性教師に取り押さえられるまで、サキを攻撃し続けた。その攻めはとても美しい舞のようで、サキもその攻めを舞うように、紙一重でかわす。体力を消耗しないような動きは、無駄のない美しい無いものだった。
「あぁあ、派手にやっちゃってヮ。成績優良児は人気者だこた」
我を忘れたように悪態をつきながら暴れるアキラは、取り押さえられても、尚サキに牙を剥いていた。サキはそんな彼女を睨みつけ、はっきりと彼女に嫌味を言った。
そして「目を覚ませ、桂小路 晃」とアキラの頬に、容赦ない平手打ちを一つ見舞った。すると、アキラは動きを止めた。
「周りを見ろ。お前、また、やったな」
アキラは短い声を上げて突然失神し、教師の一人が担ぎ上げた。担任の中野 葵も来ていて、男性教師の耳に、小声で何かを囁いた。
「まさか去年の騒ぎも……」
「そ、あのバカだよ」
サキは話しかけてきたカズヤに、箒を押しつけた。
「神森中に来た連中は雑魚ばっかだったっけ、まさか同じ手で来るとは思ってなかったんだけど、甘かったなャ。ま、あの大バカと同じクラスになれて、ほんと良かったよヮ。オレ以外、あのバカに手ェ出せないっけな。学年一位があれなんだから、世も末だ」
サキは割れたガラスを集め始めた。他の生徒も、外れたドアや乱れた机を直し始め、野次馬たちは去って行った。
「あー、みんな、ちょっと聞いて。知ってると思うけど、オレらのクラスの委員長は、ちょっとデキがいいから、やんちゃな彼らに絡まれやすいんだけど…」
サキはもう一人の委員長として、事態の収拾を着けるために、大きな声を出した。
「な、ポン。さっきはなして、誰も止めに入らなかったのヮ?」
カズヤはポンに訊ねた。
「サキに止められてんだ」
ポンはそれだけ手短に言うと、サキの話を聞けと、顎で示した。
「ちょっと彼女は強い上にキレやすいから、ケガするっけ、誰も止めに入らないでほしい。
しかもあいつ、キレ過ぎちゃって気絶しちゃったんだけど、ああいう時、彼女、少し記憶を失くすんだ。まぁ都合が悪いことを忘れちゃうんだな。保健の先生が言うには、そういう場合は、無理に思い出させない方がいいらしいから、明日、あのバカが普通の顔してても、知らんぷりしてやってほしい。
迷惑かけて悪いけど、ヨロシク」
要するに、軽い心の病気みたいなものだと、サキは言い訳をして、アキラを守ってやっていた。サキが言うと、不思議と誰も異を唱えない。それは彼の人徳の為せる業だ。
一人腑に落ちないといった顔つきのカズヤだけに、サキは付け加えた。
「あいつはな、我に返るまでは、怒りに任せて、相手が動かなくなるまで攻撃する習性があるんだ。危ないだろ」
「そう、去年、ポンったら止めサ入って、逆に投げられて頭サ打って、脳震盪起こして、救急車で運ばれちゃったもんね」
ナミが更に付け加え、ポンはまるで他人事のように、はははっと笑った。
一体、あのアキラのギャップは何なのだろう。あんなに自分勝手で、正しくて明るいのに、どうして何故あんなことを言ったのだろう。
「だから人間はクズなんだよ。生きる価値ねえんだよ」の叫びが、カズヤの脳にこびりついて離れない。何故、人間という単語で一括りにしたのだろう。「お前ら」でも、「てめえら」でも、むしろ汚い言葉だとしても、その方がぴったりするではないか。
そういえば、確かにクラスの中の個人として、アキラは人気もあるし、明るい。けれど、彼女が個人対個人で仲の良い人間といえば、まずサキとコメチ、そしてナミとポン、今の班の連中くらいだ。よく見ていれば、コメチがアキラのことを積極的に、コメチの個人の輪、クラスよりも小さい輪に引き込んで、アキラを盛り立てている。その中でのアキラはとても陽気だが、その明るさは、実はその場限りで、もしかしたら彼女自身は、明るいという言葉とは全く無縁な性格なのではないだろうか。
カズヤはようやくそこまで考えた。ここまでが彼の限界だった。
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