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第8部;九月〜定められている七人の運命〜-6

 傷付いたのは、カズヤではなくアキラだ。その構図はカズヤでも理解できた。というか、理解させられた。アキラは相手を傷付け、そして更に自分を傷付けていた。

 カズヤは「ゴメン」の一言も言えなかった。

 始めはアキラが何を怒っているのか解らずにほうけていたが、アキラの自虐行為を見て、カズヤは自分が取り返しのつかないことをしてしまったような気がしていた。


 自分の無神経な態度が他人にどれだけ不快感を与えるか、アキラはそれをカズヤ自身に気付かせるために、敢えて自虐行為を取ったのではないだろうか。

 それに気付いたカズヤの心の中には、アキラに一番言わせたくないことを言わせてしまった無神経さを、恥じる気持ちで一杯だった。


 家にいれば、一人っ子のカズヤはそれなりに甘やかされていたし、友達の間にいても、必ずカズヤの隣にはサキがいて、厳しくもあったが、とやかく気をつかってくれていた。

 要するに、生まれてこのかた十三年、気に入らないことや思い通りにならないことなど、何一つなかったのだ。

 確かに、カズヤの欲望自体が大したことなかった所為せいもある。しかし、その小さな欲望でも、誰かがどうにかしてやるということは、感心できることではない。助けてくれる人がいるから、カズヤだって甘えるのだ。


 欠点をアキラに怒鳴られて、カズヤは初めて気が付いた。今まで生きてきて、初めて他人に欠点を指摘されたことに。

 面倒なことは避け、考え込むような場合には早々に割り切り、自分を客観的に見つめ直すようなことはしないカズヤが、初めて冷静になって考え込んだ。


 考えるということは面倒なことだ。

 だから、物事を一面から見ただけで思い込んで、多方面から見ることをやめる。他人の意見を鵜呑みにする。自分が悪く思えてくるのが判るから、考えることを拒絶する。

 だが、カズヤを含めた大部分の人間は、自分たちが意識下でそのような卑怯な逃げ道を作っていることすら、気付かないふりをして忘れている。他人にそれを暴かれたときには、全ては意識下の出来事なのだと言い切るが、本人たちはそれが言い逃れではなく、本当にそう思い込んで、信じているのだ。


 何しろ人間という生物は万物の霊長であるから、都合のいいことを思い込むことができるという、他の生物には到底真似のできない、素晴らしい芸当がある。それはまさに人間だけに与えられた、神にも優る力というべきだろう。

 もし人間が、自分の逃げ道が、自分の意識によって為されたということをはっきりと思い知らされたら、どうするのだろう。

 更に自分を虚構で塗り固めるか、さもなくば、例えようもない深い自己嫌悪に陥って、立直ることが不可能になってしまうか、「次回から気を付けるね」と笑って済まし、軽く流すかだろう。

 そしてカズヤは、一番後者の、深刻に受け止めながらも行動までは深刻に落ち込んだりしない、建設的なタイプだった。これは一番の大物だ。

 目を背けていたいことに気付かされ、認識させられ、不快感を与えられたというのに、カズヤはアキラに対して腹が立たなかった。


 今までのカズヤだったら、「そりゃ、言いたくないようなこと言わせて傷付けたかもしれないけど、そっちが勝手に言ったんだサ。そうすることでオレのこと傷付けようとしてたんだ。それをオレの所為にされちゃ、こっちが不愉快だ」と、口に出さないまでも、心の中にしこりの一つや二つ抱えたままだったろう。

 そんなカズヤなのに、どうして腹も立てず、建設的になれたのだろう。答えは簡単だ。


 カズヤはアキラに恋してしまっていたのだ。

 同情ではない。風が吹いたら飛んでしまいそうな程、見た目はか細いくせに、鷲のように鋭い眼光をたたえて、強く地に足付けて立っている、そんなアキラに、カズヤは恋してしまったのだ。今までカズヤの心の中に巣食っていた初恋の少女、その力強かった少女と全く同じ眼差しをした、桂小路 晃という少女は、十年の月日を心の中に居座っていた初恋の少女の居場所を、いとも簡単に奪ってしまっていた。

 もっとも、カズヤ自身、自分の感情の変化に気付いていなかった。


「水鏡さま」

 アキラは確固たる意志を抱き、またそれを口調に顕にし、座っている水鏡に声をかけた。水鏡は谷には戻っておらず、アキラの帰宅を待っていた。

「水鏡さま、オレ、あなたに指示された場所の巫女をするけど、やっぱ東京に来年戻る。希望ではない、もう決めた」

 言葉遣いの所為ではなかった。水鏡の身体が凍り付いたのは。

 アキラは返ってきた沈黙をものともせず、自分の決めたことを話し始めた。有無を言わせない雰囲気は、その話し慣れた自分の言葉遣いから感じ取れる。

 水鏡は静かにアキラの次の言葉を待った。

「オレは水鏡さまに言われるまま、ここに転校してきた。仕事も途中にして来たのは、水鏡さまが、神森に二人の超常の力を持った者がいるか。一人は《夏青葉なつあおば》だから捜せと言ったからだ。

 水鏡さまなら、本当は名前まで知っていたはず。それを敢えて教えなかったのは、目立ちすぎたオレを弟御子一族から隠すための時間稼ぎをさせようと思っていたからだって、オレは解ってたんだ。だからオレは、仕事を途中で放棄して、ここに来たし、今もこうしてここにいる」

 アキラの強い視線に、水鏡は少しだけ目を背けた。




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