第8部;九月〜定められている七人の運命〜-4
アキラが席を外してから二、三分。ようやく水鏡は口を開いた。
「あなたさまを信用し、あの娘の真実をお話しします」
葵は今度こそ本気で身構えた。
たしかに、信じられないくらいに謎が多い生徒だ。何が出てこようと、驚くまいと心に決め、葵は居住まいを正した。
「あの娘の一族は、空蝉の一族と呼ばれています」
水鏡は口を開いた。
「空蝉……。蝉の脱け殻のことですね」
「ええ。無です。あの娘は憎しみに駆り立てられて、虚しい無の人生を送るか、それを乗り越えて生を得るか、二つに一つの人生しか持ち合わせていないのです」
聡明な葵は、水鏡が自分に何かを頼もうとしているのではないかと、何故か感じた。
「私に、一体何ができるのでしょう?」
葵は訊ねた。
「信じるか否かは、あなたさま次第。わたくしは、あなたさまがあの娘を想っていて下さる心に賭けたいと思い、今日は来ました」
水鏡は大きく息を吸った。
「あの娘は、科学では納得して貰えない能力を持っています。それ故、数奇な運命を背負い、流され、生まれながらにして生命を狙われる身です。
勿論、あの娘には何の非もありません。全ては生まれる前から定められた宿業。強いて理由を付けるならば、あの娘に備わった能力が、祖先の誰よりも強いからでしょう。
あの娘だけに与えられた能力は、あの娘の心一つで、人類の滅亡を引き起こせる力です。その力を悪用せんと欲する輩は多く、それらから、あの娘は身を隠しているのです」
突拍子もない話に、葵は言葉も出ない。
「早合点はしないでください。わたくしは、あの娘に人類を見極めてもらいたくて、この地に来させたのです。よい環境で暮らせば、あの娘は人類を滅ぼそうなどと思うことはありませんから。
大丈夫、わたくしの期待通りです」
「そうではありません。そんな身なら、ソロコンテストで公に出てしまって、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫。自分の身を守る術を持っているから、あの娘は自分の意志で決めたのでしょう。心配には及びません」
水鏡は、内心ほくそ笑んでいた。葵は水鏡の思惑にはまっている。
非現実的なことを信じるかどうかは解らないが、アキラの生命を話題の中心にすれば、葵はアキラを心配し、葵は水鏡の話を聞いてくれるだろう。
水鏡は、サキやカズヤだけではなく葵までも、アキラの、運命という逆らいがたい潮流に取り込んでしまったのだ。
「あの娘が本当の生を得る為に、どうしてもあなたさまのお力添えが必要なのです」
「何でしょう。私にできることならば」
葵は、それがどういうことになるかも解らずに、アキラのことを考えて言っていた。
「ここ神森の方々は、信仰心が厚いと聞いております。あの娘も、ここではないにしろ、巫女の家系に生まれました。
先ほどの下校時刻のお願いの理由ですが、あの娘もそろそろ巫女の修業をしなくてはならない年令になったからです。但し、その素性を知られてはならないのです。確か六人……男の子四人と女の子二人でしたか、わたくしの神託ではそう出ました。素性をこの六人に知られてしまいますと、あの娘は今の平和な生活を失い、修羅の中で生きねばならぬのです。その六人を道連れにして。
あの娘が、自分本位の人間ではないことは、あなたさまはお解りかと思います。でもそれは、あの娘に大きな負担となり、返って全員を早く死に導いてしまうか、或いはあの娘が人間不信に陥って、禁断の術を使ってしまうかも知れません。あの娘にとって、理性と狂気は紙一重の距離でしかないのですから」
葵は水鏡の話に、背筋が寒くなるのを覚えた。確かにアキラの感情は計り知れないほど深く、アキラはそれを隠している。それを日常的に感じているからこそ、水鏡の話が怖ろしく感じるのだ。
「六人を引き離せるなら、これ程簡単なことはありません。それができないのです。
あの娘たちは、いわば運命協同体、繋ぎ止めているのは修羅なのです。平和のうちに繋がっている今の状態が続けば、修羅に堕ちることはないでしょう。
それにあの娘は、自暴自棄になりやすい性格です。六人がいなければ、自分を縛るものが何もない状態になり、自分の生命を狙う者の前に出ていって、闘ってしまう。自ら進んで修羅に堕ちていく。それをどうか、どうか止めて下さい。わたくしは、あの娘が苦しむ姿を見ていられない……」
後は葵次第の賭けだ。だからこそ、水鏡は誠心誠意を込めて真実を話し、葵に懇願する。賭けが失敗に終わらないように。
「転校でもしない限り、七人を引き離さないことは、私にはできることです。そもそも私の方から頼んで担任をさせてもらっているくらいですから。
それにしても、あなたは先程言われましたが、アキラには憎しみに駆り立てられる虚しい人生か、有意義な人生かしかないと。それならば尚更、あの頭のいいアキラに限って、憎しみに駆り立てられるなどないのでは?第一、誰をそこまで憎むのです?」
葵は素直に疑問を口にした。
「確かに、あの娘は頭がいい。でもそれは普通の環境で育っていればです。
しかしそうではない。表向きは事故死になっていますが、あの娘は九才の時に、目前で両親を殺されているのです。為す術なく、ただ両親が死にゆく様を見せ付けられて、一体何処に激しい感情をぶつければよいでしょう。ですが、何処かにぶつけるには、あまりに大きすぎる憎しみです。そのやり場のない感情を持て余し、今の彼女は半ば無の存在になりつつあるのです。
それでもあの娘は強く生きていこうとしています。ただの平凡な少女になりたくてもなれない。それでも平凡でありたいと願う一方、定められている運命に立ち向かって行こうとしているのです。
鎖でがんじがらめになっても、涙一つ見せずにその身を細らせ、近くて遠くにいる弟を捜しているのです」
葵は思わず肩を抱いた。空元気だと解ってはいたが、普段笑っているアキラが、まさかそのような目に遭っていたとは、想像だにしていなかった。
「ご心配しないで下さい。私にできることなら、何でも致しますから」
力強い葵の言葉に、水鏡は深々と頭を下げた。
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