第8部;九月〜定められている七人の運命〜-3
「あの娘の友達か?」
「あ、は、はい」
呼ばれて初めて、アキラの連れてきた客に二人は気が付いた。それだけ水鏡は静かに立っていた。
どうして気が付かなかったのだろう。見たこともないような美女が、自分たちの前にいるではないか。
しかし、その緊張は一分ともたなかった。
男というものの悲しい性か、サキは恥ずかしそうに俯いて、カズヤは口の端がだらしないこと極まりない。
「名は?」
「鈴木和哉。こっちは鈴木賢木」
慌ててサキの分まで自己紹介したカズヤが可笑しかったのか、水鏡は口に手を当てて笑った。そして、旧知の間柄の人間を見るように、カズヤとサキをじっと見つめて言った。
「あの、強がりの娘をよろしく頼みますよ。わたくしは、あの娘の保護者をしている、水鏡と申す者です。では……」
水鏡は、遠くからやって来るアキラの姿を認め、情けない姿の二人を後にして、歩き出した。
「水鏡さま、こちらでございます」
アキラは、学校内で唯一和室の、茶華道部の部室でもある作法室に、水鏡を案内した。中では、アキラに先入観を植え付けられた、葵が畏まって待っている。
「どうぞ、楽にして下さい。突然お伺い致しまして、誠に申し訳ありません。わたくし、水鏡と申す者です」
アキラの先入観に従い、葵は水鏡の素性を疑問に思っても、何も訊かずに頭を下げることにしていた。
「このような他愛のないことで、大切なお時間を割いていただいたというのも恥ずかしいのですが……」
「何でしょう?」
「実は、この娘を退部させてもらいたいのです。もっと厳密にお頼みするのであれば、午後四時には、下校させてもらいたいのです」
「はあ?」
あまりにもあっけない用件に、アキラと葵は、同時に声を上げた。
「どういうことでしょう。確かに、退部しなければ四時下校は難しいでしょうけど、何も……」
「そうですね。この娘ならば、自分のことは、さっさと順序立てて行動できるでしょう。けれど、今回ばかりは、そうもいかなさそうなので」
葵が濁した言葉を読んで、水鏡は言った。
―――例の巫女騒ぎのことか。いくらオレが平凡な生活を望んでるからって、何も葵ちゃんに頼まなくってもなぁ。
アキラは心の中で文句を言った。
「では、その、退部はいつからでしょう?」
「そうですね。早ければ早いほど良いのですが」
「と、言われますと、期日ははっきり決まっていないのですね」
「そういうことですね。この娘の準備が整い次第の話なので」
「では、少し待ってもらえませんか」
「何か?」と、水鏡は問い掛けた。
アキラは葵に驚いた。初対面の、しかも水鏡を相手に、全然物怖じすることなく話ができるとは、想像していなかったのだ。
「実はこの秋に、ソロコンテストがあるのですが、彼女は一般の部で出場が要請されるくらいの実力があります。できましたら、それが終わってからにしていただきたいのです。全国大会が終わるのは、年末になってしまいますが」
水鏡は暫く考えていた。それから、考え込む水鏡を見ているアキラに言った。
「解りました。年末まで待ちましょう。わたくしも、この娘の演奏を聴いたことがありませんですしね」
「有難うございます」
葵は頭を下げた。
「アキラ、わたくし、あなたのそのような表情、初めて見ましたよ。余程この地は、あなたには良い環境だったと見えます。一瞬の不安、そしてその後の心底安心しきった表情。本当に珍しい」
「え?」
振り返って微笑む水鏡とは対照的に、アキラは顔を緊張させた。今の水鏡の言葉の内には、アキラに平凡であることを許さないような厳しさがあった。
そう、平凡であることを自ら捨てると宣言したアキラにとって、早速そう言われてしまうということは、この上ない失態だ。
当の水鏡は別に何の気なしに言ったのかもしれない。逆に、アキラの宣言を受けて厳しくしたのかもしれない。
何れにせよアキラは、他人の言葉に含まれる意味に気付かないようでは、谷の長が失格だと思い込んでいる。
アキラは、赤面を隠すために、窓の方へ顔を背けた。
―――――――?
生温い風にはためくカーテンに、人影が映っている。
―――あの、大馬鹿野郎どもめ……
アキラは泣きたくなった。どうしてカズヤは、予想通りの行動を取ってくれるのだろう。
水鏡と葵に目礼をすると、アキラは窓辺に歩み寄り、カーテンに映る人影に向かって、一発拳を見舞った。手応えはあり。
「自業自得だ、カズヤくん」と、サキの呆れ声が、遠くからしていた。
「どアホ」
アキラは、聞こえないくらい小さな声で、カズヤに向かって呟いた。
「丁度いいわ。アキラ、窓を閉めて、席を外してくれるかしら」
「はい」
アキラは水鏡に言われた通り、窓を閉め、席を外した。聞こうと思えば聞けるのだが、そんな小細工は水鏡に通用しない。水鏡が葵に会いたがっていた理由は、この会話がしたかったからだということだけ解れば、アキラはそれで良かった。
その後は、葵の態度から推察ができるのだ。
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