第8部;九月〜定められている七人の運命〜-2
恐怖の八月二十六日がやってきた。
さすがのアキラも、その日は朝から気が滅入っていた。
「お早よう、アキラ。今日は正午にそちらに行きますからね。わたくし、その時間帯しか時間を作れませんでしたので、担任の先生にお願いして下さいね」
「は、はい……」
―――そんなに忙しいなら、別に来ないでもいいじゃんかよ。
アキラは心の中でぼやいた。
「ああ、そう言えば、あなたの担任の先生は、あなたの部活の顧問でしたね。何と都合の良いことでしょう」
「はあ……」
―――全然、都合なんか良くねえよ……
「では後ほど。わたくしは、一度谷に戻ります。いいですね、正午ですからね」
にっこり笑って念を押し、水鏡は姿を消した。
「あぁっ、もうっ、ふざけんなっ!」
とうとうアキラは叫んだ。こんなに悪気ない立ち振る舞いで、精神的圧迫を受けたのは初めてだ。
アキラは観念し、真面目に制服を着ていた。入学して以来初めてのことだ。
スカート丈は今更どうにもならないが、ボタンを閉めて、スカーフをリボンに結び、きちんとベストを着ている。その格好が始業式の二年五組に衝撃を与えたのは、言うまでもない。
「せーんせ」
始業式も終わり、部活のメニューを聞きに来たアキラが、こんなに可愛い声を出すのは初めてのことだった。
「何?」
葵は身構えた。
「そんな身構えんといてよ、葵ちゃん。前に言ったろ。今日、オレの保護者が来るって。それで、ちょっと頼みがあるんや」
アキラは彼女らしくなく、ちょっと困ったような顔をしていた。
「お願いっ、変な人なんやけど、気にせんといてわ。作法室空けてもろて、そこで会ってくれないかな。正午に来るんやけどな」
「何だ、そんなこと」
手を合わせたアキラに、葵は思わず笑った。アキラがそこまで困るとは、相当な人なのだろう。
「変な人って、どのくらい変なの?」
「何て説明したらええんだか……。純和風の究極のマイペース人間、加えて超美人。そんでもって、どっかしら感覚がずれてるんやわ。冗談を言うような人じゃないんやけど、とにかく変なんやわ」
「……解ったようで解らないわ」
「上品なんやけど、世界が違う人んだよね」
「どうして世界の違う人が、あなたの保護者なの?」
「そこでつっこまんといてな。オレ、すごく真剣なんやさかい」
「はいはい」
「あー、冷たいの」
「冷たくないわよ。じゃ、練習メニューは、午前中は個人練習。午後は一時からパート練習、セクション練習、三時から合わせで、五時上がり。これでどう?」
葵は、ちゃんと時間取ってあげたでしょ、と言いたそうな、得意げな顔をした。
「何や、いつもと同じやんか。何が冷たくないだ、充分冷たいやん」
アキラはげんなりした顔をしてみせた。
「そんなこと言わないの。ほら、基礎練習は部長がいないと始まらないんだから」
「はーい」
アキラは、肩を落としたまま音楽室に向かった。
鬼部長と名高いアキラの基礎練習だったが、今日は殆ど身が入らない。水鏡のことが気になって、さっぱり上の空になってしまっていた。
水鏡の腹の底が知りたかった。どうして葵に会いに来るのか、皆目検討が付かなかった。巫女をやらせる話と葵に会う話。どこがどう繋がるのだろう。第一、何処の神社の巫女を自分にやらせるのか、アキラは全然聞かされていないのだ。
正午になる少し前に、アキラは午前中の練習を切り上げた。副部長のコメチに、自分が午後の練習に間に合わない場合、フルートパートを見てくれるように頼み、心重たくなる現実に向かうべく、校門前で水鏡を待った。
「アキラ、お待たせしました」
アキラは目を疑った。亜里の店の柔らかい色のスーツを着た、現代風の水鏡がいるではないか。しかも例の角隠しもない。
正直驚きはしたが、アキラは安堵の気持ちを禁じ得なかった。
「どうかしましたか?」
「いえ、あの、水鏡さまも、洋服をお召しになられるのだなと、正直驚きまして……」
「わたくしだって、まさかいつもの格好で来るわけにはいかないことくらい、常識で解りますよ」
「済みません……」
心配を見透かされ、アキラは小さくなった。
「よお、アキラ。痩せたよな、お前」
「夏ばてでもしたんだべや」
―――最悪……
アキラは背後からの声に、振り返りたくもなかった。
「昼休みだろ。弁当食わないのヮ?」
うるせーよ、と言いたいところだが、水鏡の手前、それだけは言えなかった。口を開けば汚い言葉のアキラとしては、サキとカズヤを前にしながら、沈黙を守らねばならなかった。そしてこれはとても辛いことだ。
「葵ちゃんにお客さまなんだ。放っといてくれないか」
アキラは、精一杯の返事をした。
「ああ、んだからか。その真面目な制服。驚いたよな、サキ」
「んだ」
アキラは、完璧無視を決め込んだ。
「今、担任を呼んで参ります。少々お待ち下さい」
アキラは葵を呼びに、職員室に向かった。
「何だ、あいつ?」
「さあ……。制服は真面目だし、変なモン喰ったんじゃないのヮ?」
あまりのあっけなさに、サキとカズヤは拍子抜けし、顔を見合わせた。
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