第8部;九月〜定められている七人の運命〜-1
8;九月〜定められている七人の運命〜
自分の家に戻ったアキラは、普段と変わらないアキラだった。
「あぁあ、水鏡さま、口では赦してくれたけど、ほんとは怒ってらっしゃるだろうな」
アキラはため息をつきながら、電気のスイッチを入れたその時だ。
暗闇の中から「如何にも怒っておる」と、水鏡の姿が浮かび上がった。
「うげぇぇぇぇぇっ!」
「はしたない声を……」
「でも……」
叫んだアキラを冷静に窘めた水鏡に、当のアキラは言い訳を飲み込んだ。
驚かせたのは、あんただろと。
「神出鬼没とは、まさにこのことですね」
アキラは精一杯の皮肉を言った。赦してくれるかな、などと心配していたことなどあほらしくて、そんなもんは忘れた。
一方水鏡の方も、普段と変わった様子など微塵も見せず、自分の話を始めた。
「谷の巫女は紅龍妃でも良いでしょう。あなたが長としての自覚を持ったのだから、これは喜ばしいことです。
しかし、わたくしはあなたたち長一族の代わりをする為に生まれついた者です。ですから、わたくしはあなたに遜った態度を取るつもりはありません。第一、あなたを育てたのは、他ならぬこのわたくしですから」
「先程は、本当に申し訳ありませんでした」
微笑む水鏡に、アキラは再び謝罪した。
「真の長として、自分の我儘が正しいと示す為に、私の至らない頭では、あの方法しか思い付かなかったのです。
でも、私は間違ってはいないと思っています、あの選択は」
「さっきも言ったでしょう。わたくしは、あなたの選択をとやかく言える者ではないと。
わたくしとて、あの儀式が善いとは思っていませんでしたし、あなたが真の長であることの自覚を持ってもらいたくて、儀式に参加させたのですし。ただ、誤解されたら嫌ですからわたくしも、これだけは言わせてもらいます。
わたくし、確かに百五十年余の寿命を生きてきていますが、別にあなたに解放してもらいたいとは、一度たりとも考えたことはありませんよ。これはわたくしの寿命なのです。この力が親に備わっていたから、女長だった白橡妃が、あなた方一族の行く末を案じられ、わたくしの親を女長老として迎えたのです。過ちが先ではなく、わたくしたちの能力が先にあったのです。
……それにしても、予定は未定とはよく言ったものですね。わたくしはあなたに、谷に落ち着いてもらいたかったのですよ、本当は」
「それは無理です。わたくしの性格を、水鏡さまは一番ご存じのはずです。誰もわたくしを縛ることはできない」
その後のため息か沈黙が怖くて、アキラは間髪入れずに口を開いた。
「確かに、確かにその通りです」
水鏡は微笑んだ。アキラのその気持ちが解るのだ。
「ところで、あなたの今後のことですが、あなたは紅龍妃に、もっと修業を積むように言っていましたね。そこでわたくしも、未熟なあなたに修業を課します。
大地、海、豊饒を祀っている神社を一つ、あなたに任せます。そこで来るべき日の為に修業をなさい。これはわたくしの命令であり、あなたに与えられた義務です」
―――また巫女騒ぎかよ……
「役目から逃げられたなどと思っているようでは、まだまだ未熟ですよ、アキラ」
アキラの心を見透かしたようなことを、水鏡は言った。
「はい……」
逆らう気力など、アキラには残っていなかった。
「では、残りの夏休みを楽しみなさい。始業式はいつですか?」
まったく水鏡の質問は予想もつかない。
「は?八月の二十六日ですけれど……?」
「その日の午後、あなたの担任の先生とお話をしたいので、先生に予定を空けておくよう、頼んでおいてくださいね」
「はあ?」
アキラは、水鏡からしてみればはしたない声を出した。
「わたくしは、桂小路 晃の保護者ですよ。何の不思議もないでしょう」
優しく微笑む水鏡に、アキラは何も言えなかった。水鏡ときたら、見かけによらず、結構頑固な性格なのだ。アキラが何と言おうと、結果は何も変わりやしない。ましてアキラが我儘を通したばかりだ。
水鏡は「では、その日に」と言い残し、巫女騒動の冷めやらぬであろう瑞穂の谷に、瞬間移動で戻って行った。
「その日になんか、オレは会いたくねえってんだよ!」
アキラは、完全防音の自宅で、大声を出した。
確かに水鏡は美人かもしれない。しかし、時代錯誤も甚だしい瑞穂の谷人で、しかも女長老。
いつも訳の判らない和服を着て、訳の判らない角隠しのようなものを被っていて、とても共には歩けない。困ったことに、それが普通だと信じているし、頑固だから谷の生活をそのまま貫きそうな気もする。
冗談じゃない。
ただでさえ人目に付きやすい容姿なのに、ド派手な衣装で登場では、今までようやく築き上げてきた自分のこれまでのイメージが、音を立てて崩れてしまう。
しかし水鏡は止められない。それならば、せめて好奇心旺盛なカズヤとポンの目に付かないことだけを祈るしかない。
まあ、ポンはデリカシーが少しはあるからいいとして、一人っ子の坊っちゃん育ちのカズヤは悪人ではないにしろ、過保護なサキの所為で、人と人との付き合いの最低守るべきラインに気付かないことがあるような人間に育ってしまっている。
こいつが一番危険人物だ。訊かれたことに答えないと、余計に首を突っ込んでくるに違いない。
文化祭の為の合宿もある。
頭痛の絶えない夏休みになりそうだ。
既に痛い頭を、アキラは抱えこんだ。
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