第7部;八月〜瑠璃色の瞳〜-5
二人はそれまでの労を労われ、それぞれに部屋を宛がわれ、そこで祭の準備が整うまで待機するように命ぜられた。
呼ばれてその部屋から出る時には、アキラは巫女の衣装を身に纏い、滅多なことでもない限り、外界でも瑞穂の谷でも出会うことは難しくなってしまう。
動くなら今しかない。それが禁を破る行為でも。
紅龍は突き動かされるように自分の部屋を出た。
「アキラ……」
「早く、中へ」
アキラはまるで、紅龍が来るのを待っていたかのように、彼女の声が聞こえると、部屋の奥へと引き込んだ。
「解ってるさ。訊きたいことがあるんだろ、紅緒ちゃん」
アキラは暗い部屋の奥の壁に、腕組みをしながら寄りかかって、一見寛いでいるような素振りだ。
「単刀直入に訊くよ、アキラ。あなたは長一族の血を引く者ではないの?もっとはっきり言うと、死産と伝えられてる、呪いを跳ね返して産まれた姫ではないのでしょうか」
そう言われることを予測していたアキラは、別に驚くでもなく自然体だった。
「あぁ、さっきのことか。そんな丁寧語になるなよ、所詮オレはオレなんだし」
「でも、あれは尋常じゃ……。それにそうだったら……」
「そ、もしそうならば、わざわざこんなアホなゲームをしないで済むのに。そう思ったんだろ」
紅龍は頷いた。
「その一族、数多の天皇、皇太子に仕えたり。長たる姫は、神々、精霊、風木火土金水、獣と語り合える、黒く、瑠璃色に輝く針の瞳を持ち、超常の力を発揮する者なり」
紅龍は、まるで教科書を暗唱するように、スラスラと言った。
「しかし、過ちの双生児の誕生により、長一族には姫御子が産まれず、憎しみの弟御子一族に追われ、行方を晦ませり」
アキラもその後を続けた。
「憎しみの一族に追われているというのに、瑞穂の谷人は、抱いてはいけない憎しみという感情が、如何ようなものかを忘れてはいないか?
今だって、巫女決めの儀式の参加者は、我先にと相手を憎み、走ってきていた。これでは過ちは正されない。
昔は誰もが瑠璃色の瞳を持っていたのに、自然を支配し、人間同士で憎み、支配権を争ううちに、輝きを失ってしまったんだ」
「あ……」
紅龍は、言葉を失った。
「オレの……、わたくしの本名は『晃緑』」
伏せていた目を開き、アキラは紅龍を見据えた。その瞳は、瑠璃色の光を放つ、漆黒の瞳。その名は、過ちの双生児の兄御子と、全く同じ名。
「オレは、オレなりの考えがあって、無駄とも思えるアホなゲームに参加した。紅龍妃、あんたの望みは充たされる。もう人が来るから、戻った方がいい」
有無を言わさない威厳が、アキラには備わっていた。
結局紅龍には、アキラの言ったことが理解できなかった。紅龍の願いは唯一つ、この瑞穂の谷の巫女になることだけだ。他に何の願いが叶うと言うのだろう。
解らぬままに、祭は佳境に入っていた。
「そなたの選びし七つのもの、その理由を聞かせてほしい」
祭は女長老の社の前で行なわれていた。
祭にも、やはり女長老水鏡は、姿を見せずにいた。
この祭は、新しい巫女の誕生を、姿を見せない女長老に報告する意味合いがある。
女長は、新しい巫女に質問をした。
「それではお答え致しましょう」
アキラはよく響く声を上げた。
「鉄の剣、松明、花咲く山野草、一握りの土、若き木の枝、夜の森の主の梟、そしてわたくし自身。
わたくしたち瑞穂の谷人は、自分を自然の中の一部と考え、自然を滅ぼす人間を消滅させる使命を帯びたものです。その為に、強すぎる自我は必要とされず、自然の中に自分を埋没させねばならない。それが始祖杜若妃が求めた条件です。わたくしは、始祖の愛したものを持って参りました。
わたくしは剣を振り、火を用いて人間を狩る者です。花咲く山野草を愛する者です。それ故、わたくしの一存で殺すことは許されず、土と共に同行を願いました。
生命ある木の枝を手折ることは、無抵抗の者を傷付ける行為です。それ故、枯草に水を浸して傷口を覆い、新しい生命を与える約束を交わしました。願わくば、巫女の社前に挿し木し、育てたいと考えております。
梟は夜の鳥。昼であれば、鷲を選びましたが、今は梟の時間。わたくしは狩られる者ではなく、狩る者なので、音を立てずに獲物を狩る梟を選びました。
そしてわたくし自身。生かすも殺すも、行為全てがわたくしの意志によるものです。わたくしは、わたくしの行為に自信と責任を負う者です。それ故、以上七点を女長老さま、並びに女長さまの前に、この任に就く者の証としてお持ち致しました次第です」
アキラは説明した。儀式や形式は、取り敢えず守らなくてはならない。少なくともそう思っていた。
「その者を、巫女として認めましょう。始祖杜若妃の意志を、正しく継ぎし者です」
女長老の社の中から、水鏡の声が響いた。
「ではあちらへ」
アキラは女長に促され、谷人の響動めきの中、三階建ての建物くらいの高さの、篝火の揺れる櫓に登った。
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