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第7部;八月〜瑠璃色の瞳〜-3

 アキラの瞳は死体に慣らされてしまっていた。

 始めの怒りを忘れたわけではないが、これが人間の習性というものなのか、感覚が麻痺したのか、死体を見ても、生命を終えた一つの生物の形にしか見えなくなってしまっている。

―――まったく、こんな自分が怖ろしいよ。でも、これが空蝉か…… 

 アキラは、取り敢えず今の心理を肯定し、先を急ぐことにした。


 道中の記憶を確認する。死んでしまった者と罠に捕らわれ身動き取れない者の数は九人。ということは、アキラの前には紅龍ただ一人がいるということになる。皮肉なことだ。


 アキラと紅龍は、六つ目の山の頂で出会った。出会った彼女の手には、アキラと同じものがあった。

「紅龍、先頭だろ」

「ま、ね。お先に」

 紅龍は、使役術を使って小鳥を呼び寄せると、さっさと出発した。

「どうせ同じもの選ぶんだから、隠すようにしないでもいいじゃないかよな、もう」

 アキラも鳥の鳴き声を出した。

 辺りは夜の闇に包まれている。大抵の鳥はねぐらに帰り、今活動している鳥といえば、ふくろうしかいない。

 彼女の呼びかけに、梟は音もなく彼女の肩に舞い降り何やら小さくさえずると、再び空へ舞い上がり、アキラと一定の距離を保って、彼女に付いてきた。

 夜の闇では目視できないが、六つ目の山を下った紅龍が、数百メートル前方を走っている気配を感じる。このくらいの距離であれば、逆転は可能だ。

「悪いねえ。こんなくだらないゲームに付き合わせちゃって」

 アキラは、自分に付いてきてくれている、音を立てずにはばたける梟に語りかけ、スピードをあげた。


 アキラは風よりも速く走った。

 黒子の追っ手が、色々な飛び道具を使って、アキラを背後から追いかけようとも、色々な手段を使って彼らを撹乱し、何とか逃げおおせねばならなかった。

 さすがのアキラも、身体中が傷だらけだ。しかしそれらを気にしていたら、それこそ死んでしまう。

「ああっ、もう、うざってぇっ!」

 アキラは逆に後ろを向いた。彼らを傷つけないよう、逃げることで先を急いだが、きりがない。こうなったら彼ら黒子を殺さないまでも、暫く動けないようにするしかない。

 とはいっても、祈りの為の飾り木を作る為の小刀しか持っていなかったアキラは、黒子が投げる手投剣を受けて、それを投げ返すことしかできない。

 アキラには、先を行く紅龍のことなど気にかける余裕など、全くなかった。


 黒子は、アキラが横に逃げることも想定して、手投剣を広範囲に渡って投げた。

 木々が不自然に騒めいた。それはアキラにだけ聞こえる声だった。

「紅龍、伏せろ!同化は止めろっ!」

 黒子の投げた手投剣は、彼らがあらかじめ仕掛けておいた仕掛け弓に当たり、一斉にアキラと紅龍に矢が雨のように降ってきたのだ。

 木に同化して、黒子をやり過ごそうとしていた紅龍は、アキラの一声で難を逃れ、彼女を追っていた黒子が、代わりに犠牲となって、首から血飛沫ちしぶきをあげて倒れた。


 真っ直ぐ先を目指す紅龍は、別の黒子に二つ目の山で手にした、鉄の剣を振り降ろそうとしていた。

「頼む!あいつを軽くいじめてやってくれ」

 アキラは、とうとう梟を黒子に差し向けた。たかが儀式で、不必要に人が死ぬのは止めさせねばならない。

 梟は紅龍と黒子の間に音もなく舞い降り、黒子の肩を鋭い爪でえぐり、足首をくちばしでちぎった。

「それくらいでいい。戻ってくれ」

 アキラは梟に呼びかけ、彼はそれに従い、アキラの肩に止まった。

「馬鹿げたことに付き合わせて、本当に悪かった」

 人間の言葉に応え、梟が甘えた声を出すなどあり得ない。紅龍は目を疑ったが、それを口にするのはしゃくに障る。

「ば、馬鹿げたことだなんて!神聖な儀式を冒涜ぼうとくするの」

 紅龍は違う理由を見つけて、アキラに喰ってかかった。しかしアキラは冷たい視線を投げただけだった。

「同化は止めろ。この谷は情報産業会社なんだから、オレらの行動パターンなんて、分析して罠をしかけてあるぜ」

「その、谷を侮辱するような言い草は何?」

「何だよ、戦時中の非国民を見るような目で、オレを見るなよな」

 アキラは、逆上する紅龍とまともに話をするつもりはなかった。それがかえって、紅龍の敵対心を燃え上がらせてしまう。

「鳥は鳥でも、自分のペットでも使役したのかしら。それじゃあ失格ね」

「何でここまできてペットかなぁ。彼はこの森の夜の主だよ。疑うなら使役術を使ってみればいい。多分言うこと聞いてくれるから。まあ、オレは使役術じゃなくて頼んだんだけどさ」

「ものは言いようね」

 紅龍の嫌味にアキラは返事をせずに、七つ目の山へ向かった。


 首を射抜かれて転がる死体。断末魔の黒子の叫び。

 夜の月明かりに、生命の最後が浮かび上がる。軽々しく命を賭けてしまったゲームの、死をも怖れぬ敗北者の姿。

 二人は並走しながら、最後の山の頂に立った。

 そこは禿げ山。何もなかった。

 さすがに、二人は顔を見合わせた。

「まぁ、何もないなぁ」

「……」

 余裕のない紅龍は返事もしない。

「なぁ、紅龍、ここはお互いの思惑が影響し合わないようにしよう。オレは何を持っていくかは決めているから、オレはお前の姿が見えない所まで戻る。決めたら合図を出してくれればいいからさ、それでどうかな」

 このアキラの申し出に、やはり紅龍は何も答えなかった。それだけで、アキラには充分意志が伝わった。沈黙が精一杯の答えだ。

 紅龍は勝つ為に、この屈辱的な申し出を受け入れた。屈辱に耐えている紅龍に、アキラは何も言わずに、今来た道を戻った。




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