第7部;八月〜瑠璃色の瞳〜-2
アキラは瑠璃色の瞳の持ち主。自然界の全てと語り合うことができる者。当然さっきの小鳥とも会話をしていた。
『油断しちゃダメだよ。空にも地面にも、罠が一杯あるよ。網やトリモチ、吹き矢も仕掛けてあるし、刀を持った人間も潜んでる』
鳥は自分の敵ではない人間であるアキラに、頼めば情報を提供してくれる
彼の情報によると、上下左右、何処もかしこも油断はならない。
身分を隠している以上、空を飛ぶことも瞬間移動することもできないし、大きな動きは隙ができやすいので、跳躍だってままならない。
四方八方から飛んでくる石礫、手投剣、目潰しなどをかわしながら、アキラは先を目指した。
瑠璃色の瞳に映る自然たちが、何が何処に潜んでいるかを教えてくれるのだが、蟻の這い出る隙間もないほど仕掛けられた罠を教えられても、実は大して役には立たない。
何しろ、判断する間もなく飛んでくる攻撃だ。今まで培ってきた、咄嗟の時の身のこなしの方が役立つというものだ。こんな所で今までの修業が役に立つとは、アキラといえども正直思っていなかった。
―――こんなんじゃ、いっそ勘に集中した方がいいな。瞳に頼ってたら、かえって危ないよ、こりゃ。
アキラは、瞳の輝きを消した。瞳の輝きがなくても、語り合うことはできる。
瑞穂の谷人も、動物をある程度なら使役することは可能だ。
しかし、アキラのはそれとは全く違う。アキラは動物を使役するのではなく、人間同志で頼みごとをするように、動物たちと対等に接しているのだ。だからこそ、拒否されることも稀にはあるが、自分たちと対等に接してくる珍しい人間に対し、動物たちは快くアキラの頼みを引き受けてくれる。
アキラは、最初の山の頂に着いた。
大して高くはない山の、広くない空間で、炎が赤々と燃えていた。
「ったく、悪趣味だよなぁ。これを持って、残りの山を越えろって言うのかよ。エゲツないったらありゃしない。片手が塞がっちゃうし、山火事には気を付けなきゃならんし、面倒やなぁ」
アキラは、落ちている枯れ枝を拾った。
「?」
変な匂いがし、アキラは慌てて飛びのいた。匂いの物質が何であるか考えるよりも先に、ガソリンが雨のように降り注いできたのだ。
「危ないじゃないか。こんなん浴びたら、火が燃え移っちゃうじゃ……!」
アキラは燃え盛る炎の中心を、よく見た。
「冗談じゃねぇっ!いくら何でも、赦されないだろ、こんなの!」
黒焦げの人形は、大きさからして、少女のもの。ガソリンの雨に巻き込まれ、炎に包まれてしまったのだろう。
「赦さない。絶対に赦さない。こうなったら、オレが巫女に絶対なって、オレがここの支配者だってこと、きっちり思い知らせてやる。こんな馬鹿げたこと、さっさと止めさせてやるわ。女長にも、女長老水鏡さまにも、誰にも文句は言わせない!」
アキラは一人、怒りを顕にした。彼女が理性を失わずに、感情を表に出すことは、極めて珍しいことだ。
怒りが込み上げれば込み上げるほど、アキラの感覚は研ぎ澄まされ、彼女の能力は高められていった。
音もなく風を切って走り、木々を飛び移り、しつこく迫ってくる追っ手を巻きながら、仕掛けてある無数の罠をかわし、ゴールをひたすら目指す。彼女の鋭敏な神経は、先に何があるかを感じ取る為に、遥か彼方まで伸ばされていた。
一瞬の判断で、走る、感じる、かわすという三つの動作を行なうのは、それはとても疲れることだ。しかし目的の為であれば気にもならないし、疲れに身を任せていたら、次の瞬間疲れたと感じることもできない、一つの死体と成り果ててしまう。
この巫女決めの儀式とは、情け容赦ないゲームだ。無数の黒子の死体が、それを物語っている。
アキラは五つの山を越えた。集めたものは四つ。
火の灯る枯れ枝。鉄の剣。花の咲いた山野草。一握りの土。
今まではそこにあるものを手にしてくるだけで良かった。しかし五つめは、アキラも迷わされた。
そこにあるのは小川と木々、そして鉄の罠が、さも持って行ってくれと言わんばかりに置いてある。
瑞穂の谷人は、鉄の罠を持ってして人間を狩る者。従って、罠を持って行くべきか。
自然界を崇める者たちとして、水を何とか持って行くべきか。
それとも木を手折って行くべきか。自然を崇める者として、木を傷つけてもよいかを考える。
「危ない危ない。始祖が罠を選ばせるわけがないよな」
アキラは木に近付いた。
「あなたの枝を一つ下さい。その枝を私は大地に植え、新たな生命を吹き込みましょう。枯れ枝で飾り枝を作り、あなたに感謝の意を込めて捧げましょう」
アキラは緑繁る木に語りかけ、落ちていた枯れ枝を薄く削って、ぜんまい状の飾りをたくさんぶら下げた枝を作り、祈りとともにそれを捧げた。それは彼女の両親から昔教えられた、自然界の生命を傷つけるときの、感謝と許しの請い方だった。
アキラは祈りを終えると、「ありがとう」と一言呟き、木の枝を一つ手折った。そしてその枝の切り口に枯草を巻き、小川の水を含ませた。
アキラの解釈。それは、世界を構成する自然界の生命。
「水まで持って来させるなんて、性格悪いわ、ここの連中」
アキラは次の山を目指し、五つ目の山を下った。
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