第7部;八月〜瑠璃色の瞳〜-1
7;八月〜瑠璃色の瞳〜
日が沈み、辺りは夕暮れの空に包まれた。
「では、行きなさい」
女長の声を合図に、少女たちは一斉に駆け出した。が、アキラだけは別だった。社の広場にある榊の木に凭れかかり、今更ながら、まるで考えごとの最中のようだ。
―――オレは、オレの信じる神に祈る。この愚かな過ちを繰り返さない為にも、この未熟者のオレに、神よ、力を貸してくれ。
アキラは心の中で呟くと、顔を上げた。しかしその顔を谷人たちの方へは向けることなく、谷を取り囲む七つの山に向かい、駆け出して行った。
先を見据えるアキラの目は、瑠璃色の輝きを放つ漆黒の瞳。
それは白色人種の青い瞳とは全く異なるもので、虹彩そのものが発光している。そしてその瞳は、木、火、土、石、水、風、獣、ありとあらゆる自然界のものと語ることのできる人間の証とされる。
「その昔、遥か太古の時代、人間が未だ自然界の一員であった頃、特に黒色眼の人間は、瑠璃色の光を発する瞳を持っていたと伝えられています。他にも輝きの色はさまざまありますけど、瑠璃色の光は黒い瞳の者だけのもの。夜になると、その瞳は猫のように輝き、とても美しいものでした。
お前の瞳は真っ黒です。どんな人よりも黒く、光ない夜の深い闇のように美しい。だから、お前の瑠璃色の光は闇夜を照らし、過ちを正しく導く燈。その澄んだ輝きを、お前は失くしてはいけないよ。それはお前の身分を示す、闇の世界では重要なものなのだから。その光を失くすことは容易いけど、再び取り戻すことは難しい。
忘れてはいけないよ。お前は、その瞳の輝きを見る度に、自分の生き方を見出ださなくてはいけないのだから」
「どんな生き方?」
「それはお前自身が見付けること。ただ、その瞳をみんなが失くしているということは、人間が自然界の一員ではなく、自然を支配しだした所為なんだよ」
「ふーん」
それは遠い過去の記憶。アキラの両親が、アキラに教えてくれたことだ。
―――父さま、母さま、お二人の仰られていたことが、今、ようやく解った気がします。
ただ人間を滅亡に導くだけでは、瑞穂の谷の意味はない。人間は、絶滅させてはいけないのですね。生き残る価値のある人間を見出だすこと、それが瑞穂の谷を統べる長である者の、役目なのですね。
……逆を返せば、存在価値のない者は、容赦なく殺してもいいって、歪んで解釈することもできるけど。
だって、オレは結局空蝉であって、殺してしまいたいくらい憎んでいる人間がいる。サキやコメチやみんなと知り合って、人間という種族を、理由なく憎んではいけないということは学んだけど、でも、最後にオレに生きる力を与えているのは、アイツを殺してしまいたい、という欲求だけだし。それさえ果たしちまえば、オレは空蝉の一族の長としての使命なんか放棄して、さっさと死んじまいたいくらいだよ。
まあ、とにかく生かされている間は、果たすべき役目は果たしましょう。理由なく人間全てを憎むのもやめて、人間を滅亡から守り、存在価値ない人間を抹殺し、本来あるべき姿に、世界を戻しましょう。
なんて、本当なら真っ先に抹殺されるべき人間のこのオレが、憎しみほど虚しく、滅びに至る近道なんだよって、人間に警告しなくちゃならないなんて、笑止千万だよ、まったくもう……
解っちゃいるんだよ、憎しみは何も産まないなんてこと。オレも、誰もみんな。でも、駄目なんだよな、これが。
アキラはそんなことを考えながら、山に一歩足を踏み入れた。と、足元が掬われるような感覚に襲われ、瞬間、高い木の枝に跳び乗った。
「ったく、しょっぱなから単純だねぇ」
足元を見てみると、獲物を捕らえ損なった網が、宙に揺れている。また少し視線をずらすと、そんな初歩的な罠に引っかかってしまった、情けない少女がいる。
「救けてあげたいけど、これもルールだからね。ここで捕まって良かったって思うかもよ。死ななくてすんだわけだし」
アキラにとっては精一杯の慰めを言ったつもりだったが、内心は当然だと思っていた。
罠にかかっていた少女は、女長に所要時間を訊ねた、あの少女だった。
「まさかこのくらいの罠で、オレに死を覚悟しろって言ったのかよ。だったら冗談じゃねぇ。オレを仕留めたかったら、それこそ死ぬ気でかかってこいってんだ。水鏡さまも、オレのことを知らないわけがないんだからよ」
アキラは余裕たっぷりだ。木の枝に座って、悠長に鼻歌など唄っていた。
「お、戻ってきた」
アキラは、彼女を目がけて飛んできた鳥を見て手を差し伸べると、何やら鳥の鳴き真似をした。すると飛んできた鳥は、アキラの鳴き真似に応えるかのように囀った。
「ありがとう、助かった」
暫く会話を交わすかのように鳴き真似をしていたアキラは、お礼を言いながら鳥を空に放った。
「ったく、危ないったらありゃしない。彼に聞かなかったら、余裕こいて殺されてたな、オレ。えげつない罠、仕掛けてんじゃないよ、なあ」
独り言を言いながら、アキラは立ち上がった。その目は緊張していた。
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