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第6部;八月〜生まれ故郷〜-7

「集まりましたね。では、始めます」

 定刻に全員がそろったのを確認すると、女長は社から出てきて言った。「何か、質問はありますか?」

「はい。参考までに、女長様が巫女になられた時の、所要時間を教えて戴けますでしょうか。参考にさせて下さい」

「そうですね」

 質問を投げかけた一人の少女に、女長は優しく微笑みながらも、馬鹿にしたような視線を投げかけた。

「少なくとも、あなたよりは速かったでしょう」

 アキラは、吹き出さないように、精一杯こらえた。女長の方が一枚上手うわてだ。

―――平常心、平常心と。何処ぞのバカのお陰で、思わず目的を忘れるところだったよ。

 アキラは、水鏡に聞かされていた昔話を思い出した。



「巫女決めの儀式は、晃緑と創翔の、過ちの双生児の次の代から生まれました。兄殺しの原因は、二人とも男に生まれ、能力の差は見た目にはほとんど無かったというのに、表向き、長男であるという理由で、晃緑が巫女の位に就いてしまったことでした。

 本当は歴然とした差があり、当時の女長老様が神託を受けた上での決定でしたが、巫女を辞したい晃緑妃と、どうしてもなりたかった創翔妃の二人は納得しないと考え、二人の祖母である女長白橡しらつるばみ様が、『もとより資格のない者に位を与えるのであれば、いっそ外界の習わしに従い、先に産まれた者が位に就くべし』と言ったのです。せめて二人が双生児でなければ良かったのにと、思っても仕方ないことを思ってしまいます。

 いずれにせよ、晃緑妃は巫女として最前線に赴き、誰もが疑っていたのに、晃緑妃自身は決して信じて疑わなかった弟の創翔王の裏切りにい、その生命を失います。たまたま同行していた晃緑妃の身重の妻が、超常の力でもって、今際いまわの際の晃緑妃を瑞穂の谷へと運ばれ、晃緑妃は女長老と女長の立ち会いのもと、遺言を残されました。


『自分は不本意ながら、中継ぎの儀式を受けて、巫女の力を手に入れてしまったが、それは過ちだった。長老や長がご存命の間に、このしきたりを変えることは叶わなかったが、この晃緑の遺言と思し召し、どうかお聞き届け願いたい。

 我が弟、創翔王により、我が子らに呪いがかけられてしまいました。今後、私の子孫に女子が産まれることは決してなきようにというものです。

 彼は私の双子。その言霊に宿る力の程は判ります。残念ながら、きっと私の子孫に女子は産まれないでしょう。そして、私の子孫は子を成すと、創翔王の子孫はその父親を殺しに来るという、長い支配の呪いです。きっと、女子が産まれないという呪いの効力が、初子のみに有効なのでしょう。それでも女子が産まれるのを阻止する為に、彼は我が子孫を殺し続ける支配の呪いもかけたのでしょう。


 我らは、創翔王の一族という、同じ空蝉の血を持つ最大の敵を作ってしまいました。彼らに生命を狙われながら、谷を導き、谷に生きることは不可能です。

 私は死にますが、私の妻と子、孫たちは、空蝉の一族として任務は果たしますが、谷には戻らないように、行方をくらまさせて下さい。この身体の文様だけは、生命に代えても創翔王には渡せませんから。


 そして過ちの発端となった巫女の位は、谷の十三才の全員の少女の中から選んで下さい。能力を見極める為の儀式を執り行い、そうすることで、お互いが認め合えるようにして下さい。

 女長は、十三年の任期を終えた巫女が、繰り上がりでなるようにして下さい。女長老も、やはり繰り上がりでお願いします。少し大所帯になってしまいますが、そこは、それこそ年長者に従うようにして下さい。お願いします。


 私は空蝉の一族です。しかし、空蝉だからと言って、何もこれ以上、肉親まで憎む必要がありましょうや?

 確かに、創翔王を殺してしまえば、我が子にかけられた呪いは解けるでしょう。

 でも、ここでえて頼みます。創翔王を殺さないで下さい。この呪いは、彼の苦悩を理解できなかった私の、当然の罰なのです。ですから、呪いの返しはしていません。私は、この罰を受けねばなりません。憎しみは憎しみを生むだけです。共存の道を探って下さい。

 子孫が男子であろうと、守るべき文様は刻まれて産まれ続けるのですから、我々は生き延びればいいのです。ですから、我々が行方を晦ますことを、何卒、何卒なにとぞお許し下さい』


 晃緑妃はそう言い残し、息絶えました。

 こうして巫女決めの儀式は生まれたのです。晃緑妃の気持ちを無駄にすることはできません。過去の過ちを繰り返すほど、愚かなことはないのですから。解りますか?」


 その話を水鏡から聞かされた時、「はい」と、アキラは確か答えた気がする。

 今思えば、いくら正論を言っているとはいえ、せめて儀式の具体案くらい示してから死んでくれればよかったのにと、考えてしまう。



―――そう、わたくしは女長。巫女の位を通り越し、既に長の位を父からゆずり受けている。つまり、巫女決めの儀式は必要ないではないか、とは言ってられないな。身分を明かせる状態ではないのだから。

 ならばこの儀式で巫女になり、この儀式の必要性を見極めてやればいい。そして女長として、この儀式の中から巫女を選んで、オレは外界へトンズラしてやるんだ。まだまだやるべきことは、外にある。谷の位よりも、一族として為すべき仕事の方が、先決。なんたって、オレは空蝉の長なんだからな……

 

 アキラは、谷の理屈ではなく、彼女の理屈で自分を正当化した。

 もう、後戻りはしない。前へ行くしかない。




次回から第7部;八月〜瑠璃色の瞳〜を始めます。




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