第6部;八月〜生まれ故郷〜-5
何となく夕方までだらだらと過ごし、そして呼ばれるままに、アキラは社の前の広場に行った。そこには十三才の少女が十人ほど集まっている。
「今現在、瑞穂の谷に籍を置く十三才の女子は十七人。うちここには十一人いますが、不在の者は、巫女になる資格を放棄したものと見做し、十一人で巫女決めの儀式を始めることにします」
正装をした三十代半ばの女性が、谷にいる全員に宣誓するように、大きな声で儀式の始まりを告げた。
「巫女は、将来、菖蒲妃の直系の子孫、正統な長一族が戻られる日まで、この儀式を行なうことで選出されます。一度巫女になれば、十三年間の任期を全うするか、その生命を落とす日まで谷に戻ることはなく、最前線で任務を遂行してもらいます。
その後谷に戻り、女長として十三年の任期も控えていることも、忘れないように。我々瑞穂の谷人を纏める、重要な役目です。これからその力量を問うため、ある試練を課します。我々は外界の者とは違い、戸籍を持たぬ者。そのことを肝に銘じ、慎重に行動を取りなさい」
即ち、死の危険すらあることを、示唆している。アキラは内心驚いた。恐怖心ではなく、あっさりと生命を賭けてしまう、その儀式の厳しさにだ。
そしてその言葉は、周囲に緊張感を齎した。
「巫女は、神の声を聞かねばなりませぬ。生れつき聞こえる者、聞こえぬ者、これからの試練で、それを我々は見極めます。方法は、この瑞穂の谷を囲む七つの山の頂を越え、その頂にあるものを揃え、早くこの広場に戻ってくることです。何を揃えるかは、ここではお教えできません。ただ始祖菖蒲妃の教え、晃緑妃と創翔妃の過ちを思えば、神の声が聞こえ、謎は簡単に解けるでしょう。では日没と共に開始します。準備をなさい」
正装の女性は社の中に入っていった。
「あれが、今のこの谷を治める女長、先々代の巫女ですよ」
「あ、みず……」
アキラの後ろに、いつのまにか水鏡が立っていた。アキラは思わず名を呼びそうになったが、谷に入る時の約束を思い出し、思わず口篭った。
「今まで、どちらにいらしたのですか?」
「わたくしの社です。おいでなさいな」
アキラは水鏡に導かれ、彼女の住居へと向かった。
巫女志願者は何の反応も示さなかったが、道すがら出会う谷人は、驚きの表情を見せながらも、水鏡に深々と頭を下げていた。
「どうしてあのような表情をするのでしょうね」
「あなたも、すぐに判りますよ。さあ、ここです」
「えっ?ここは女長老の社じゃ……」
アキラは水鏡の顔と、案内された社を見比べた。
代々この館の中の女長老は、滅多なことでは外に出ず、日がな簾の向こうで微動だにせずに座禅を組み、儀式以外では姿を見せずに声だけで指示を出すことで有名だった。先代に至っては簾の向こうで床に臥せり、助言をくれる以外姿を見せることもなかったと言われている。
「わたくし、水鏡さまって女長だと思っていたのですけど、違かったようですし、と言うと女長老さまにお仕えしている特別な方だったのですね」
アキラの質問に、水鏡は何も答えずに、中に入るように示しただけだった。
本来、女長老の社や、女長の社に足を踏み入れられるのは、その女性の身内と、仕える巫女だけだ。真の長一族のアキラは入れて当然なのだが、何も知らない谷人からすれば、水鏡という人が、長一族でもない者を連れて歩いているように見えたから、驚きの表情をしても当然だ。
「女長老は、わたくしです」
「はっ?何をおっしゃるのですか?だって、水鏡さまは三十才になられていないでしょうに」
さすがのアキラも、この発言には驚いた。長老という名の付く立場の人が、このように皺一つないはずがない。
水鏡は暗がりで蝋燭に火を灯した。
薄明りの中に浮かび上がる無数の鏡の中に、平然と水鏡は立っていた。
「あなたは仮にも、空蝉たちの長。仕事から離れてもよいとは言いましたが、情報収拾は怠らないようにとの言い付けは、あまり守っていないようですね。あなたには、『マザ』に直接アクセスできる『コピー』を渡しているはずですのに。
知っているでしょうが、『マザ』には、わたくしの個人情報も入っていますし、使いようによっては、長の居所の分かってしまうようなものなのですよ」
浮世離れした人間が、コンピューターを語っていることがおかしいのだが、今はそれどころではない。
「え?だって、『マザ』は、谷人みんなで使ってるんじゃ……」
「大丈夫。『マザ』でも、深層部分の情報にアクセスする方法は、わたくしと長一族しか知りませんから、大事な情報は誰も解りませんよ。
今、どうしてあなたを招き入れたかと言うと、あなたは人のことを覗くのが嫌いな性格だから、わたくしのことを調べようともしなかったでしょうし、わたくしも何れ話さなければと思っていました。今回は丁度いい機会ですので、わたくしの真実の姿について、時間まで聞いてちょうだいね」
水鏡は、無数の鏡の間に腰を下ろした。
蝋燭の淡い光に照らされた彼女の顔は、二十五才くらいの若い女性の顔。
しかし、アキラは息を呑んだ。
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