第1部;五月〜出会い〜-3
「起立!礼!」
アキラは担任の話が終わると号令をかけ、さっさと音楽室へ向かった。
「待って、アキラ!」
コメチもその後を追う。二人は吹奏楽部だ。
「おーい、コメチ!部活終わったら、係決めすっぺし、教室サ戻って来いヮ」
とっとと走り去る二人の背中にカズヤは声をかけたが、二人は返事もなく出て行った。「大丈夫。二人とも、ちゃんと来るよヮ。オレらも部活サ行くべ」
動じるカズヤの肩を、サキは軽く叩いた。
追いかける気まんまんだったカズヤは、そこで初めてサキの格好に気付いた。
「サキ、何、サポーターしてんのャ?今日、見学の日だっちゃ」
目標に逃げられたカズヤの次のターゲットはサキに替わる。
「細かいこと気にすんなって。せっかく体調いいんだっけ、そういう日に鍛えとかないと、かえって病人になるよヮ。大丈夫、オレのことはオレが一番知ってんの、お前が一番知ってるっちゃ」
「んだけど……」
「じゃ、いいっちゃ」
サキは笑った。カズヤは単純だから、すぐ誤魔化せる。
青白く痩せているサキは、生まれつき循環器系に原因不明の疾患がある。
病弱ゆえにいろいろ行動に制約があっても、サキは性格がいいので、彼を悪し様に言う者は一人もいない。
サキは二年生で既に百七十五センチもある身長と、類い稀な瞬発力を持っていて、知らない人が見たら、彼が病気持ちだと気付かないだろう。ところが彼は幼い頃から何度も発作で死にかけたこともある。
だからこそ彼は体調の良いときは身体を鍛え、病に耐えられる体力を付ける努力をしてきていた。その甲斐あって、今は長時間の運動以外はできるようになっている。
年の割に大人びた、眠っているようにも見える伏し目がちの細い目は、いつも穏やか。そしてこれも年の割に幼い一人っ子の坊っちゃん育ちのカズヤの隣で、彼の兄貴分をしているから余計に大人びて見えるのだ。
そして自分に厳しくても、他人には優しいサキは、当然成績優秀。茶目っ気もあり、教師をからかう一面も持ち合わせていて、『頭脳派不良』と呼ばれもしている。
「無理したら、即、退部」
「はいはい、部長サマ」
サキはふざけた。
生まれてからの付き合いのカズヤは、サキには逆らわない。サキの性格を知っているし、何より、同い年であっても、兄のように慕っていたからだ。
「オレ、嫌やかんな」
アキラは、さっきから同じことばかり言っている。
部活終了時間を過ぎ、彼らは教室に集まっていた。
「はい、はい。よく解ってるわよ」
コメチはアキラに、いちいち返事をしてあげていた。
「何でもいいけどや、その無表情で駄々こねるの、どうにかしてくれよ。死人がお笑いやってるみたいで、怖いんだよ、アキラ」
「サキ、言い過ぎじゃ……」
控えめに釘を刺したのは、アキラとは逆の意味で中性的な少年「シキ」こと橘 志貴。彼は今年初めて、アキラと同じクラスになったばかりで、まだ彼女との接し方が判っていない。
「気にすんな、シキ」
購買部で買ってきた大量のパンを頬張りながら、おっとりのんびりシキの肩を叩いたのは、悪戯っ子のような顔つきで、縦にも横にも大柄な柔道家、「ポン」こと東海林篤孝。彼はアキラやサキ、コメチと去年同じクラスだった、勝手知ったる仲の一人だ。
終始無言のカズヤは、単に慣れていないだけで、今いる面子の中で一番大きな身体を持て余すように、居場所を探して、もじもじと落ち着かない。
とうとう、完全下校の鐘が鳴った。
「遅いなャ、ナミは」
一同は、未だ現われないもう一人の女子を待っていた。
「ただ待ってるだけじゃなんだし、ボクらで、係の決め方だけでも決めとこうよ」
「アミダでいいっちゃ」
ポンは既に黒板に線を引きはじめている。
「ポンなあ、お前、アミダ好きだよな。ホームルームでも同じやんか」
「だって、楽だべや」
「でも、それじゃ、アキラとサキが班長になっちゃうかもしれないさ。マズイよ」
「あ、んだなあ」
「じゃさ、何かの『長』じゃない人っての、どう?」
「賛成」
シキの提案に、反対する者は誰もいなかった。誰もが、自分が班長にならない自信があるからだ。
コメチは必修クラブの方で部長をしていたし、カズヤはハンドボール部の部長、ポンも柔道部の部長だったし、意外にも、シキはバレーボール部の部長をしていた。そしてアキラとサキは学級委員長。
学校再編のついでに二年生が部長になった部活は多いが、それでもこの班は異常だ。
「何だかさ、ナミに申し訳ない気がすんねん……」
「じゃ、あなたやるのヮ」
「嫌やねん」
「じゃ、他に何か案がある、アキラ?」
「無いから、悪いって思うんやんか」
その場にいた六人がため息をついたその時、教室のドアが開いた。
「ごめーん。何だかうちの部長、やたら気張っちゃってヮ、遅くなっちゃった。決まったのヮ、係?」
遅れてやって来たのは、ただの卓球部員、「ナミ」こと佐藤七海。
「決まったと言えば決まったんやけどな、『長』つかない人が班長って……」
「えーっ、それじゃ、あたしだサ、班長」
六人は申し訳なさそうに、ナミを見た。
「ま、しゃあないっちゃね、それじゃ」
意外とあっさり、ナミは引き受けた。彼女は『長』から逃げて、今まで目立たぬようにしてきていたはずだったのだが……。
「どうせ、アキラもサキもいることだし、この班、知った顔ばかりで慣れてるし、名前だけでしょ」
おとなしいナミなのだが、意外とちゃっかりした一面も持っている。
「と、いうことで一件落着ってことで、他の係はアミダで決めるべ」
「やっぱりそれかい」
「ポン……何もそこまでアミダに……」
「気にすんな。せっかくできてるんだっけ」
「……」
ドングリ眼をくりくりさせて、我先に、自分が書いたアミダくじの場所を選ぶポンの姿に、一同は笑った。あまりに可愛らしかったのだ。
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