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第6部;八月〜生まれ故郷〜-3

 あてがわれた小さな一棟ひとむねで一晩明かし、アキラは日の出と共に目を覚ました。

 洗顔をしに井戸に向かったつもりだったが、何となく、谷を流れる小川をさかのぼるように、散歩をしていた。


 はっきり言ってしまえば、アキラにとって、巫女決めの儀式などとは、心の底からどうでもよかった。どんな儀式であれ、自分に決まってしまうことは火を見るよりも明らか。超能力を使わなくても、生れつき運動神経はいいし、感覚は鋭敏なものを持っている。嘘でもつかなければ、本当に巫女にされてしまう。

 しかし巫女の座に据えられてしまうのは、アキラにとっては牢に繋がれたも同然で、大迷惑以外の何物でもない。


 巫女といえども、この谷の巫女は一般的な巫女とは違い、谷に落ち着くわけではなく、むしろ外界と呼ばれる一般社会に揉まれ、与えられた任務を全うしなければならない。逃げ出すことができないその苦痛は、十三年間の任期を全うするか、長が急逝して地位が繰り上げられてしまうか、巫女自身がうっかり死んでしまうかまで続く。谷の外にあっても自由はないのだ。

 冗談じゃない。ようやく人並みな生活を送らせてもらえるようになったのだ。巫女になどなってしまったら、身動きできない重さの足枷あしかせが、与えられてしまうようなものだ。ただでさえ、アキラには『運命』という名の、あらがいがたい、最大の足枷が付いている。もう、これ以上余計なものがぶら下がりでもしたら、水底から浮かび上がれずおぼれてしまうようなものだ。これ即ちなぶり殺し。


 木々を縫って枝を渡り、アキラは滝壷に行き当たった。その音はアキラの心を洗い、彼女は久しぶりに心が落ち着くのを感じた。

「こんな静かで小さな所にさえ、何世代にも渡って人の運命を支配してしまうような争いは起こるし、争うことで、巫女を決めたりする。しかもその儀式をオレはこれから受けようだなんて、アホくさい。オレが今こう考えていることだって、オレの中に偽善的なオレの存在があるからじゃないか。

 仮にも、オレは空蝉の一族の長。人間を憎み、人間を殺しながら生きてきて、そうしなかったら生きていけない人間じゃないか。よくもまあ恥ずかしげもなく、争うことが醜いみたいなことを、一瞬でも考えたもんだよ、オレも」

 アキラは一人ごちた。たまにはこうでもぼやかないと、自分自身に疑問を持って、前に進めなくなってしまう。


 この美しい風景は、アキラの心を望みもしないのに洗う。

「でも、こんな綺麗な景色の所から、人間を憎むことを性とした一族が生まれたんじゃないか。どんな綺麗な景色でも、人間の表面の取って付けたような心を動かすことはできても、奥底に澱んでいる心までは洗い流すことはできない。これがこの世界の人間の本質なんだな。

 そうだとしたら、これじゃオレはこの世界の人間を、自分と共に抹殺する以外に道がない。哀しいねぇ。なんだか、ほんとに腹立たしいや。同じ過ちを繰り返すバカが多すぎて」

 アキラは服を脱いだ。

「とにかく、今は巫女にはなれない。もっと普通の生活をして、普通の人間と交わって、人間ってもんを見極めないと。滅ぼすべき種なのか、否、真の人間を真の世界へと導くべきか。

 人間の未来は、どういうわけか、こんなオレのてのひらの上。支配欲の強い人間だったら、こんなオレの立場、喉から手が出るほど欲しいんだろうな。こんなうっとうしい力、オレはいらないのに。オレ的には、まともな人間に出会ってみたいよ」

 アキラは滝壷に飛び込んだ。


 朝日を受けて煌めく飛沫しぶきはとても冷たく、気持ちが良く、アキラはまるで人魚か精霊かのように泳いだ。

 アキラの身体は、十三才の少女の、しかも身長が百六十七センチもあるような、立派な体躯たいくの持ち主なのにも関わらず、女らしい曲線はまるでなく、かといって男らしいというわけではなく、鍛え上げられてはいるが、針のような鋭さと細さを兼ね備えた、顔立ちや言葉遣い同様の中性的な身体つきだった。

 アキラは泳ぎ終えると岩に腰掛け、長い髪をきつく結い上げ、妖しく鋭い視線を、太陽に向けた。


「我が名は晃緑こうりょく。日光に照られてた緑から生まれるものは、生物を生かす酸素と、それによって生かされる人間どもの生み出す廃棄物。そして闇。日光から生まれる影。

……そう、私は光と闇を内に秘めた、男でも女でもないもの。今の私は、女ではない。私は女ではない……」

 まるで自己暗示でもかけるように、繰り返しつぶやく言葉は、アキラの口から血でも吐くかのように、苦しそうに押し出されていた。


「よっしゃ、行くか!」

 そう大声を出してあげた表情は、いつもの硬くて強い表情。

 アキラは立ち上がると、粗末な麻布の着物を身にまとい、岩から跳躍で高い木の枝に跳び乗った。まるで忍者のように。

「ま、何が出るかはお楽しみのびっくり箱ってとこかな。期待しましょ」

 アキラは呟いて、谷の集落に戻った。あまり戻るのが遅すぎると、不審に思われて抹殺部隊が結成され、追われてしまったら堪らない。逃げ延びる自信はあるが、面倒なことはごめんだった。

 こんな谷なら、人一人抹殺することに抵抗などないに違いない。





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