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第6部;八月〜生まれ故郷〜-2

 瑞穂の谷を作った人間、表舞台では女性としては最高の位にまで昇り詰め、谷では菖蒲しょうぶと呼ばれる者は、この谷に隠居してからというもの、歴史に残る政治抗争を裏から操ってきた人と言われている。記録に残るそのやり口は、まるで人間を憎む悪魔のように、徹底している。悪意に満ちた人間は、利用するだけ利用して、それから遠慮なく滅ぼすものだ割り切った仕事。それは現在でも谷人の教育に影響を色濃く残している。


「この世界は人間によってけがされている。わたくしは、愚かな人間を地上から一掃し、真の人間のみ、生き残る道へと導こう。わたくしは愚かな人間が憎い。どうしてあやつらは、自然の叫びを聞かぬのか?どうして共に生きられぬのか」

 瑞穂の谷人はこの菖蒲の言葉を胸に深く刻み、千年以上もの年月を闇の者として、人間の影として世界を支配し続けて生きてきた。

 その中で、おさ一族が『長』たりえた理由。それは直系の子孫が時代を先読みできる明晰な頭脳と超能力を総じて持ち、特に長女だけには数々の特殊能力が必ず備わっていたからだった。ただその力がいいものだとは限らない。悪意に充ちた人間を憎むうち、長一族は全人類を憎しみの対象とし、そして更には他人と身内との区別すらできなくなってしまうようになってしまっていった。だからそこに争いが生まれてしまったのだ。


 身内に呪いをかけられて、長となるべき女という性が生まれなくなってしまった真の長一族は、その居場所を特定されぬよう谷人の情報網からも逃げ隠れ、そのくせ存在をアピールするかのように、谷人としての仕事、人間滅亡工作はしながら、生き延びてきている。

 生存が確かなくせに、女ではないからと谷人の前に姿を見せない長一族。瑞穂の谷では、女長となるべき者が生まれて、戻ってくる日を待ち望んでいた。

 そしてその待ち望まれている者が、アキラこと、桂小路 晃(かつらこうじあきらなのだ。




 谷での自分の身分を知られない為に、アキラは人気のない森の中へと瞬間移動した。

「わたくしは、ここで別れます。あなたはわたくしが教えたことを忘れずに、正面からお入りなさい。それと、儀式が終わるまで、あなたの本名は伏せておきなさい。混乱が起こりかねませんから。あと、わたくしのことも伏せておくように」

 アキラは水鏡に言われた通り、谷人たちが外界から戻るときに使う、正面の出入口へ向かった。超能力を使えることは、即ち長の一族であることの証。その長一族であることを伏せるように言われているのだから、入り口の門をくぐらないわけにはいかない。

 それにアキラ自身、水鏡に言われるまでもなく、自分の出生を証すつもりはなかった。面倒なことは、極力避けたい性分なのだ。きっと捜し求めていた長一族の姫が現れようものなら、この谷の老人の数人は喜びのあまり死んでしまいかねないし、お祭り騒ぎになった挙句にかつぎ上げられるのが目に見えている。彼女にしてみれば「冗談じゃない」という状態になるのは必定ひつじょうだ。


「名は?」

 入り口で、門番はアキラに訊ねた。

「名は、『菖蒲妃(しょうぶひ)』『晃緑妃(こうりょくひ)』『創翔妃(そうしょうひ)』」

 アキラは門番の謎かけに答えた。

 ここで自分の名前を答えてはいけない。

 これは部外者の侵入を防止する為の策だ。瑞穂の谷に戻るのは初めてのアキラだったが、仮にも正統な長一族の者、このしきたりくらいは教えられている。

 『菖蒲』は、始祖の名。

 『晃緑(こうりょく)』『創翔(そうしょう)』は、兄弟殺しの双生児の名だ。この二人以降、女性の尊称の『妃』を冠する長は消え、代わりに男性の尊称『王』を持つ者が長となった。男性でありながら、『妃』の尊称を付けられたのは、後にも先にもこの双生児だけだ。

 いずれにせよ、アキラは谷の者と認識され、生まれて初めて、故郷の瑞穂の谷に足を踏み入れた。


 十三才の女子の全てが、巫女となる資格を有した者。条件を満たしているとはいえ、門番の合い言葉に答えただけで、アキラが何の疑いもなく谷に入れたのには、谷の生活形式上、そういう初めて帰る者が珍しくないからだった。

 瑞穂の谷人という者は、常に谷にいることはなく、むしろ成人してからは、ほとんど谷に戻ることはない。大抵の者は結婚の時と、出産の時、巫女の代替りの時くらいしか戻らず、谷に腰を落ち着けるようになるのは、六十才を過ぎてからだ。

 逆に子供たちは、幼い頃から谷で育つ者もあれば、義務教育を終えるまでは外界で親と共に暮らし、それから谷で鍛練をする者もいた。そのような習慣だから、巫女決めの儀式に現われるような娘の顔など、知らなくても不思議ではなく、アキラも、外界で親と共に暮らしている娘の一人と思われたのだ。


 谷に来る前に、合い言葉だけでは不用心ではないかと、アキラは水鏡に疑問をぶつけた。

「そんなことは、ないのですよ」

 水鏡は、穏やかに答えた。

「別に谷に入ることはいいのです。ただ、入り口からは出られないのです。出口は谷人しか知らないし、鍛練をしていない者は出られないのですからね」

「それは、何なのでしょう?」

「教えられません。あなたは、この巫女決めの儀式に参加することで、身を持って憶えなければならないのですから」

 微笑みを崩すことない水鏡だが、相当すごい仕掛があるのだろうと、アキラは推測していた。





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