第6部;八月〜生まれ故郷〜-1
6;八月〜生まれ故郷〜
滅多なことでは現れない水鏡がアキラの前に現われてから約二週間が過ぎ、学校では夏休みが始まった。
本当なら、部長という立場上、一ヵ月を切って迫るコンクール前に休むなど、到底できないはずなのだが、親の急病で海外へ行くなどと理由を付けて、アキラは部活を休むことにした。
アキラ自身のレベルに問題はないし、練習に取り敢えず差し支えないだろうから、葵は別に何も言わなかった。海外赴任の親に会う方が、アキラにとっては大事なことだ。
しかしアキラは再び現われた水鏡と共に、アキラの生れ故郷、彼女の一族が住まう『谷』と呼ばれる土地に、瞬間移動で行っていた。
アキラの一族の故郷の『谷』。
この『谷』は、『瑞穂の谷』と、そこに住まう民人たちは呼んでいる。
そこは、普通の交通機関を使って辿り着ける場所にはない。何処にあると説明することすらできない。何処にでもあって、何処にもない、そういう存在としか言うことができない。だから、初めてのアキラも瞬間移動で行くことしかできなかった。
瑞穂の谷は、文明とかけ離れた場所にあるばかりか、谷そのものが、文明とかけ離れたような生活形態を取っている。
瑞穂の谷人は、僅かばかりの平地で自給自足の生活をしながら、日々の鍛練を怠ることなく野山を駆け回っている。その生活形態や、身に付けた能力などは、いわば忍びの者と呼ばれるもののそれだ。
瑞穂の谷人は、千年もの昔からここに住み、伝説の中で生きている。明治の時代になっても、彼らは公に出ることはなかったし、出ようともしなかった為、戸籍を持たない。山人として明らかにされてしまった者もいただろうが、瑞穂の谷の人間は逃げ切った。だから日本には存在していない人間とされ、それ故に日本の法というものに縛られることもないし、だから殺人を犯しても罪に問われることもない。
結末すら忘れられた迷宮入りの事件の殆どが、彼らの起こした事件と言っても過言ではない。無論、彼らは無益な殺生はしない。彼らは自然の法則に従った生き方を基本としている。殺人を犯すときは、彼らなりの理由がある時だった。
殺人ばかりではない。逆に遭難者を助けることもある。しかし遭難者たちは目が醒めると必ず病院にいるものだから、僅かに脳裏に残る瑞穂の谷人の姿を、幻として片付けてしまっていた。その方が谷人としては良いのだが、それでも、その幻を信じる者はいる。そういった者たちは、瑞穂の谷のことを『忍びの里』とか様々な名前を付けて呼び、その神秘性と話題性からマスコミに取り上げられたこともあるが、決して見つかりはしなかった。
そんな瑞穂の谷人は、現代になっても何故、その昔ながらの生活形態を崩すことなく生き続けようとしているのか。
風の速さで山を越えたりするような能力を高める必要性が、一体現代の何処にあるのだろうか。その能力は、かつて戦国時代の武将たちが、情報収拾などのの為に求めたもので、このご時勢にアナログなままでは生きていけるはずがない。
つまりはそういうことなのだ。彼ら瑞穂の谷人は、そういう情報を扱う仕事を、生業としていたのだ。先祖から伝来の、闇に紛れるような特技を生かした情報収拾能力などは、他の誰にも真似できるものではないが、それだけではない。彼らは、最新の情報収拾能力も会得していた。
谷の中枢に存在するもの。それは全世界のコンピュータの、どんな小さな端末にも繋がる、最新の文明の利器。逆に、どんなに堅いガードのコンピュータも、この谷のコンピュータ『マザ』のアクセスには、そのガードを開く。個人も、企業も、国籍も、コンピュータの機種も、マザの妨げにはなり得なかった。そのコンピュータを開発したのも、瑞穂の谷人だった。
瑞穂の谷人とは、そのマザを駆使し、世界中の全ての端末から情報操作をし、あらゆる国の政治、経済、ありとあらゆる場面に潜入し、どんなに些細なことからトップシークレットと呼ばれる人しか知らないような情報にまで介入し、操作し、世界をそうして支配している者たちだった。
何故そういうことをするのか。文明とかけ離れた生活を送りながら、どうして文明世界に介入するのか。
谷の者たちは、一定年令になると、谷を出る。谷を出て、その驚異的な情報収拾能力で、他人に仕える。そして主人とした人の野望を叶え、その野望を持つ人間同志を衝突させ、どちらに勝利を与えるかを瑞穂の谷人たちで決定し、殺し合いをさせて、最後は人間を滅亡に仕向ける。
全ては、美しい自然を神に返すという思想に基づいた行動だ。
例えば、どんな政治抗争も、結局は瑞穂の谷人の決定に従って行なわれているにすぎない。それを知らない野望を抱いた人間たちは、望みを叶えてくれる瑞穂の谷人を手に入れ、有頂天になって欲深くなり、結局はその瑞穂の谷人の掌の上で踊る道化のようになっていく。まるで哀れな獲物だ。
先日サキやカズヤに秘密にしていたアキラの仕事も、この類のことだ。
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