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第5部;七月〜Junior high school life〜-7

「随分楽しそうに、学校生活を送っているようですね、アキラ」

「ええ、お陰さまで。水鏡さまがご覧になられた少年たちとその仲間たちが、わたくしに大変良くしてくれます。このような普通の生活を、わたくしごときが送れるような日が来るとは、五年前のあの日以来、思いもよらないことでした」

「そうでしょうね。でも、わたくしは、こういう日の為に、あの少年たちを捜させたのですよ」

「はい、感謝しております」

 アキラは心の中で、少しため息をついた。

 だったら情報は小出しにせずに、事前に与えてもらいたいというのが本音だ。

 アキラとしては水鏡が嫌いではなく、むしろ尊敬の念を持って好きなのだが、この口調は少々肩が凝ってしまう。


「ところで、水鏡さま。今日は一体、どうしたのでしょう。滅多なことでは、わたくしに会いに来ることなどありませぬのに」

 アキラは早く本題に入り、さっさとこの会話を終わらせたかった。今日は疲れているから、早く横になりたいのだが、この人が現われるときは、大抵何かしら問題やら何やらを持ってくる。早く問題が解れば、早く片付けて、寝られるのだ。

「あなたが報告を入れてくれないから、様子を見に来たのですよ。それに最近、あなたは情勢を見ていないのでしょう」

「あ、申し訳ありません」

 思い当たる節があるから、アキラは思わず恐縮してしまった。

「別にいいのですよ。普通の中学生らしくて」

 いちいち緊張して、身体中が筋肉痛になってしまう。それでも、アキラは神妙な面持ちを続けた。

 アキラがどう思っているかなど、水鏡が気にするわけがない。にっこり微笑みを向けて、水鏡は語りかけた。


「実は、谷の巫女が早逝してしまいました。そこで、新たな巫女決めの儀式をせねばなりらなくなりました」

「まさか、わたくしも出ねばならないのですか?」

 早く片付けて、さっさと眠ってしまおうという野望は、さっそく打ち砕かれた。

「当然でしょう。本来ならば、十三才の誕生日を迎えたあなたが、巫女になるべきなのですから。過ちが起こる前のしきたりを、あなたは知っているはずです」

「はい」

 アキラは一応素直に返事をし、項垂うなだれた。


「娘が十三才になったら、その母たる巫女は女長に、その祖母たる女長は女長老になり、娘が巫女になるしきたりです。

 しかし、長一族は生命の危険から逃れる為に、常に行方をくらまさねばならなくなりました。皆、十三年前の雪の日に産まれた双子の、死にそうであった姫御子は、谷を出た後すぐに死んでしまったと思うております。

 でも、現実にはあなたは丈夫に育っています。谷の者は()の国を知りませんから、あなたの存在を知らないのです。この国であなたの存在を知っているのは、弟御子(おとみこ)一族の当主だけ」

「でも、何故今更、わたくしは戻らなくてはならないのでしょうか?」

「しきたりですから」

 生命の危険があるという事情を知っているはずなのに、水鏡は「しきたり」という一言で、アキラの疑問を切り捨てた。

「あなたは、呪いをくぐり抜けて産まれた姫御子です。誤った歴史は修正せねばなりません」

 口調は柔らかいが、有無を言わせぬ雰囲気が、水鏡から漂っていた。

 アキラはより深く項垂れた。


 アキラの一族の永い歴史の責任が、ようやく誕生してしまった姫として生を受けたアキラの身に、降り掛かってきてしまったのだ。

 逃げ出してしまいたいのが本心だが、抗えない責任は、あまりにも重たすぎる。アキラの細い肩には、とても大きすぎる。それを知っていながらも、アキラは自分に課せられている責任から逃れることはしない。逃げ出してしまいたいのだが、もう一人の自分が、それを赦してくれない。

 自分の犯した過ちではないのに、その責任だけは負わねばならない、この理不尽さに、アキラは唇を噛んだ。


「そなたは空蝉(うつせみ)の一族の長。初代菖蒲(しょうぶ)さまの示された道を生き、それを超えるのです。そして、青風月王(せいふうげつおう)を捜し出し、共にこの世から不必要な存在を滅ぼし、自然で満ちあふれる世界に修正してから、神々にお返しするのです。人間の創り上げた歴史を、なかったものにしてしまう、それがあなただけに授けられた能力。守らなくてはいけない能力」

 アキラは躊躇(ためら)いなくため息をついた。

 目の前の美女は、アキラに人間を絶滅させるように(けしか)けているのだ。水鏡や、アキラ自身も人間なのにだ。

―――空蝉の一族か……

 アキラは、心の中で苦笑した。


 菖蒲という名の、一人の女性から始まった、アキラの一族、『空蝉の一族』。

 過去の姿を引きずったまま、魂だけを失った者たちという意味が込められている。始祖、菖蒲自身がそう名付けたと言われている。

 何故、そのような名を、始祖自身が名付けたのか。

 少なくとも弟が兄を憎むあまり殺してしまうような、ゆがんだ性格を持って生まれた一族なのだろう。一体、何を生業(なりわい)にして生きているかは不明だが、「一族」と呼ばれる集団であることは、何か所以(ゆえん)があるのかもしれない。

 ただ、今の水鏡の言葉によると、アキラを含め、空蝉の一族の住まう谷の者たちは、人間を全滅させようとする、過激な自然論者のようだ。


 それは、おいおい解ること。




次回から第6部;八月〜生れ故郷〜を始めます。




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