第5部;七月〜Junior high school life〜-6
まるでアキラに試されているかのような感覚に囚われ、葵は固まっていた。思わず本音が出てしまったことに気付き、アキラも元に戻る。
「ま、そんな話、どうでもええわ。オレは謙遜なんかしちゃいないってことだけ、解ってもらえりゃええねん」
目の前にいるのは、いつもの教室にいる、ちょっと人を小馬鹿にしたような態度を取る、悪戯好きのお祭り人間、アキラだった。
「そ、そうね。あぁ、さっきの話に戻るけど、作曲者とかその曲のできた歴史背景とかを調べれば、あなたなりの表現の参考になると思うわ。それと、今の私のくだらない話は、なかったことにして」
アキラが元に戻ったことをいいことに、葵も普通に振る舞うことにした。その所為か、アキラが「なかったことにできるなら、歴史なんて生まれてねぇよ。人間なんて、存在し得ないさ。第一、オレは限界のある人間なんかじゃない」と呟いていたことなど、聞こえていなかった。
「あ、あとね、アキラ。文化祭なんだけど、開校記念ってことで、オーケストラ呼ぶのよ。あなたが去年実績作ってくれたから、予算が取れたのよ。だからよろしく。後で楽譜渡すから、曲はお楽しみにしててね」
優しいけれど、結構調子がいいのが葵だった。
「はーい」
珍しく、アキラは素直に返事をした。実際のところ、言い返すのが面倒臭くなっただけだったが、それは別にソロコンテストの件でもなく、文化祭でオーケストラと共演することへの緊張感の所為でもない。何しろ、彼女には緊張の糸などというものは存在していなかった。
ただ、自分を買い被られることに対する疲れと、自分を装い続けることの疲れと、つい本音を出してしまった疲れから、面倒になってしまっただけだった。
結局、アキラは練習も早めに切り上げて、下校してしまった。
「疲れたなぁ、今日は。ああ、もう、苛々する!」
アキラは、自宅の入り口にさしかかったところで、とうとう大声を出した。ここ迄来たら、誰もいない。
ため息をついて、アキラは森の入り口に一歩踏み込んだ。
――――――!
ただならぬ気配を感じた。それは、アキラだけが感じるもの。
―――まさか?……でも、何故……?
アキラは意を決して足を踏み入れた。
森が拓け、眩しい光の中に、アキラは一人の女性を見た。
木の幹を撫で、まるでその木と会話をしているかのような風情の女性は、まるで何処ぞ大名家の姫君のような衣装をを身に纏っている。
まるでそこだけ時間が止まっている。
風が流れ、木々がそよぎ、女の長い黒髪が揺れた。
「み……水鏡さま……」
アキラは風変わりな名前を呟き、その女性はゆっくりと振り向いた。
「お帰りなさい。学校は楽しかったですか?」
振り向いた女性は、アキラが現世の美しさを持っているとしたなら、それとは正反対の、この世のものとは思えない、たおやかな美しさを持った女性だった。
「お久し振りでございます。何時、いらしたのですか?」
アキラはその女性の前で礼をした。
「つい、今しがたですよ」
水鏡と呼ばれた女性は、頭の上に乗せている、角隠しのようなものを整えた。振り返った時に、少しずれたようだ。
―――今日は厄日か……?
アキラは思わず天を仰いでため息をついたが、すぐその表情は隠した。
相手が悪すぎる。
「だいぶ頑張っているようですね」
「それほどでもありません」
アキラは水鏡を家の中へ導き、和室の上座に座布団をしつらえた。
水鏡と呼ばれた女性は、何ら臆することなく上座に腰を下ろすと、優しい眼差しをアキラに向け、ゆっくりと口を開いた。
「あなたはこちらから連絡を取らないと、全く報告してくれませんからね。
わたくしが夢で垣間見た、二人の少年は見付けましたか?」
「はい、既に」
水鏡は「やっぱりね」と薄く笑い、アキラは「申し訳ありません」と頭を下げた。
「で、能力には目覚めたようですか?」
「はい。この程、目覚めさせました。わたくしの出生を少し語るはめになってしまいましたが」
「それでいいのですよ」
水鏡は微笑を絶やさずに、でも表情を変えることなく優しい声で語りかける。
「言われるままに見つけ出しましたが、あの二人は何者なんですか?」
「彼らは、あなたの守護者の一人なのです」
「え、あの者たちが『夏青葉』?」
そんなことは聞いていないと、アキラは表情を崩し、思わず立ち上がりかけたが、それでも水鏡は動じた素振りを見せない。
「そうなのですよ。どちらがかは、未だ判りませんけどね」
水鏡は優しく、そして平然と言った。
アキラは、さすがに緊張気味だった。水鏡こそが、アキラの一族の代わりに長を務めてくれている者なのだ。
この女性には、アキラですら頭が上がらない。例え事情を教えてくれていないことを不満に思っても、そのことを攻めることすらできない。
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