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第5部;七月〜Junior high school life〜-5

「葵先生、お電話です」

 葵は他の職員に声をかけられ、にこやかに受話器を取り上げた。それが、後にアキラを怒らせることになる電話だった。

「あ、お世話になっております」

『中野 葵先生?去年、東部中の顧問をしていらした先生ですよね』

「はい」

 電話の相手は、ソロコンテストの主催団体の、市の幹部の人間だった。

 葵は緊張した。自分が何かしたおとがめか、素行の悪いアキラへのお咎めか、何れにしても、取り敢えず身に覚えがないのだが、緊張する。

『さっき、東部中の方に電話しちゃったんだよね。そしたら、去年全国大会に行った、桂小路さん、神森中になったって言われちゃってねぇ……』

 電話の相手は、葵がますます緊張していることなど全く気付きもせずに、勝手に用件をしゃべりだした。


『彼女、今、練習中?』

「はい」

『あ、気にしないで。換わってほしいわけじゃないんだ。放課後だから練習してて当然だし』

「ええ」

『とにかくこっちの用件だけ、彼女に伝えてもらえるかなぁ』

「はい」

 葵はいよいよ身構えた。アキラの素行が悪すぎて、出場停止を申し渡されるのではないかと、びくびくしていた。

『彼女の申し込み用紙を見てね、審査員の先生方からクレームがついてね……』

 葵はとうとう硬直してしまった。まさに最悪の事態が宣告されようとしているのだ。

 こんなことになるなら、もっと厳しく注意しておけばよかったと後悔することが、数え切れないほど思い浮かぶ。葵にとっては重要なことではないから見逃したこともある。そういうことの積み重ねが、結局素行が悪いと言われる外見を作り上げてしまうのだ。つまりは自分の所為せいでアキラが出場停止になってしまうということになるのだ。

 葵の中では妄想がふくれ上がり、それに反比例するように身体は小さくなっていく。

 今から謝って済むのなら、いくらでも謝ろう。葵はそう覚悟して、受話器の向こうの言葉を待った。


『彼女が中学生の部に出ては、レベルが違いすぎるんだよね。他の子の迷惑になっちゃうから、一般の部で出てほしいって。彼女は一般でも全国に通用するはずだから、そう、伝えてもらえるかな』

 葵は耳を疑った。

 素行不良で出場停止処分ではないらしい。そればかりか、アキラの実力を高く買ってくれているようだ。

「はい、解りました。そう伝えます」

 もう天にも舞い上がる気持ちというのは、こういうことなのだろう。

 正直驚いていた。誤解されやすいアキラの性分を知っているからこそ、すぐに悪いことが思い浮かんでしまうのだが、アキラは本当に実力があるのだ。それを審査員にちゃんとアピールできていたとは、まるで思ってもいなかった。かえって、今までの心配が阿呆あほらしい

『じゃ、頼みますよ。楽しみにしてますから、我々は。じゃ、失礼しますよ』

 葵は喜びを隠しきれない様子だった。顔は緩みっぱなしだ。


 が……


 アキラのことを思い出すと、俄かに気が重くなった。表情もみるみる険しくなっていくのが、葵自身判った。

 吹奏楽部がどの部活を応援に行くかという、部の話し合いの時、絶対ハンド部だけは行くと、譲らなかったのだ。

 それに、アキラのことだから、自分の実力を過信されることは迷惑千万だと、それこそ主催者連盟まで直に電話をしかねない。それだけは、葵の方が勘弁してもらいたい。

「はい、失礼致します」

 急に気が重くなってしまった葵は、受話器を置くなり立ち上がり、音楽室へ向かった。



 そのようなやりとりが、電話であったのだ。直談判されてはかなわないので、司令の出所だけは言えない。

 案の定アキラは葵の予想通りの反応をしてくれて、葵は心の中で笑った。評価されていることを全く喜ばないというところが、如何にもアキラらしかった。

 そういえば、アキラはあまり、褒められたりされて喜ばない。むしろ怒り出すこともしばしばだ。その表情は心からのものなのに、喜びとか笑いとかは、どうも計算尽くで造られた大理石の彫像のように、心が篭もっていない。


「アキラ、あなた、謙遜しすぎよ」

 謙遜などではないことは重々承知なのだが、一応普通の人間に取るであろう態度を、葵は取った。

「人間、完璧になんかはできないものよ。あなたは人間に与えられた限界を超えようとしている」

「オレの例えは抜きにして、今の話は聞き捨てならないね、葵ちゃん」

 思わず本音を言ってしまった葵だったが、思わず後悔してしまった。アキラの瞳が鋭くなったのだ。

「人間に限界が与えられているのは当然だけど、善くも悪くも人間がここまでに大きくなったのは、その限界を超えようとしてきた人間がいて、そいつらが何世代もの長い年月をかけて超えてきたからじゃないのか。人間の進化が善い方向に進んでいるとは、簡単には言いがたいけれどさ」


 葵は身震いした。

 たかだか十三才を過ぎたばかりの少女が、二十五才になる担任教師相手に、人間観を述べているのだ。

 二年目にして、葵はアキラの正体を垣間見たような気がして、そしてその正体がとてつもなく怖ろしいもののような気がして、背中を冷たい汗が流れていった。

「た、確かにその通りね」

 辛うじて言葉を押し出すと、アキラの表情が緩んだように見えた。




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