第5部;七月〜Junior high school life〜-3
「葵先生、大変だったみたいですね。顔、疲れ切ってますよ」
職員室で頬杖をつく葵に、隣の席の男性教師が声をかけてきた。彼は隣の四組の担任だ。
「すみません。煩かったでしょう」
「大変ですねぇ。例の問題児ですか?」
転任してきたばかりの彼が、アキラのことを指して言っていることなど、すぐ判る。
「ええ、まあ……」
扱いにくくはあるが、問題児ではないと言い返したかったところだが、葵はやめた。自分が、何故アキラが気になって、無理を言って担任にしてもらったかを説明できないのに、転任してきたばかりの人に、アキラの魅力が解るわけがないのだ。そして教師からすれば扱いにくい生徒であることは理解できる。それでもアキラが問題児扱いされるのは、違う気がしてならない。
しかし葵自身が、そのアキラの魅力を言葉にすることができないのだ。
「その問題児に惹かれちゃって、どうしても担任をさせてくれって頼み込んだのは私ですからねぇ。ここで、へこむわけにはいきませんよ。
それに、あの子たち、独特の何かがあるんですよ。特に学級委員の二人がね。私だけじゃなくてクラス中が、あの二人に惹かれちゃってるんですよ。今日のホームルームの議題は、傑作でしたよ。何しろ……」
楽しそうに目を輝かせて話し出した葵に、四組の担任は唖然とした。担当教科の授業を五組でもするが、あの妙な団結がやりにくいうえ、委員長の二人は頭の回転が速くて、うっかり誤魔化せなくて嫌なのだ。それだけに、葵が楽しそうにしているのが理解できない。音楽教師だから気楽なのだろうと思うことにして聞き流す。
「葵先生、お電話です。外線三番お願いします」
他の教師の声に、葵は卓上の電話を取り上げた。
四組の担任は、内心ほっとした。電話がなかったら、葵は永遠に話し続けそうな様子だったからだ。
元々、市の厄介払いの為にできた中学校だ。そこに集められた教師たちも、体制から見たら厄介な者たち、つまり理想を高く掲げる者たちばかりだ。
とはいえ、教師とて一人の人間。気をつけて生徒と対等に接していたとしても、それが個々の魅力を理解仕切れているとは限らない。アキラに対する教師の評価が典型だ。そして、彼女はその教師たちの思いを知っている。だからこそ、葵はアキラに認められているのだ。
一方の葵ときたら、「誠実であれ」を守ることで精一杯だが。
「はい、お待たせ致しました。中野です」
にこやかに取り上げた電話だったが、一瞬にして葵の表情は変わった。
「あ、お世話になっております。はい……はい……ええ……はい……はい、解りました。そう伝えます。はい、失礼致します」
葵の顔が、彼女らしくなく、みるみる険しくなり、彼女は受話器を置くなり、何も言わずに立ち上がると、音楽室へと向かった。
その頃、音楽室は部長の権限で、フルートパートに占領されていた。先日渡したソロコンテスト用の曲の練習に、アキラは音楽室の録音機器を使っていたのだ。
「何かが違うねん。なぁ」
「先輩、同意を求められても……」
完璧主義者のアキラに同意を求められ、可愛い後輩二人は困り果てていた。彼らにとって、アキラの完璧主義は意外だったし、彼女の演奏のどこに悪いところがあるのか、彼らには解らなかったのだ。
「だって、先輩。殆ど初見だサ。全然間違えてないし、強弱も完璧で、どこが気に入らないんだか」
「先輩、全国大会行ったことあるんでしょ。市大会なんて、余裕だっちゃねぇ」
「アーホ。あんな賞、世間一般の基準だったらまだしも、そん時の審査員の気分に基づいたもんやで。そんな賞もろても、オレが納得せえへん限り、何にもならへんのや。そんな甘ったれたこといつまでも言うとるから、いつまでたっても息漏れが抜けへんのやで」
「はーい」
「げっ、ピッチがこんなとこで意味無くマイナス。……あ、息漏れしとるやんか……」
自分の演奏にぷりぷり文句を言いながら、アキラは細かく楽譜に書き込んでいる。結構まめな性質だった。
「先輩って、言葉と外見とやってることと成績、全部ギャップありますよね」
「そうかぁ」
「はい、思いっ切り」
「どういうとこ?」
「すんごく美人なくせに、その、オールドタイプの不良スタイルでしょ。そこへもってきて、わけわかんない関西弁でしょ。不良の格好してるくせに、やたら成績良いし、口悪くて態度も悪いくせに学級委員やってるし、絶対その格好の人は部活なんてやりそうもないのに、今みたいに、くそ真面目に追求してるじゃないすかャ」
「おいおい、ボロクソ言ってないか、オレのこと」
「だって、そうなんですもの」
「オレは普通のつもりなんやけどなぁ……」
アキラは再び、楽器を手にした。
「も一度録音するさかい、スイッチ頼むわ。終わったら、コンクールの曲、三人でやるで」
「はーい。先輩、いきますよ」
アキラはフルートを吹き始めた。
その音は、普段の彼女からは全く想像もつかない、澄んだ繊細な音色だった。一体彼女は、何を思って吹いているのだろうかと、彼女を知っている人は思うに違いない。
何しろ楽器を吹いている間は、あの言葉遣いは聞こえないから、外見だけが彼女のイメージなのだ。外見だけなら、この音色とぴったりだ。
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