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第5部;七月〜Junior high school life〜-2

「ところで、何かしら、アキラ」

 アキラのことだ。どうせ解っているくせに、葵にしゃべらせてそのほころびを追求して、自分の思い通りに事を運ぶ気に決まっている。葵はそういうアキラの性格を充分解っていた。

 しかしその性格を解っていても、葵の教師としてのモットーは「誠実であれ。生徒を一人の人間として、対等に接するべし」。そんな葵に、質問を回避するということは、どんなに無駄と思える質問でもできるわけがない。

 それでも教師も所詮は人間だ。子供同士に苦手な人がいるように、大人にだって苦手な人の一人や二人いる。アキラのように切れる頭を持った生徒に苦手意識を持つのも仕方のないことだ。思わず身構えてしまうが、葵にとってアキラは嫌いな生徒ではなく、むしろ気になってしまう生徒だった。

「せや、何聞こうと思うたんやっけな」

 明らかに、アキラは葵で遊んでいる。

「あぁ、そうだ。席替えをする理由を訊こうと思って。席替えをしちゃいけない理由じゃないで」

 葵の直感は実感を通り過ぎ、もはや現実になりつつあった。しかし、席替えがしたかったら、質問形態が逆なような気もするが……。


「なして、席替えって、せなあかんの?」

「何故って、一般論としては、やっぱり前と後ろ、窓際と廊下側での不公平をなくすこともそうだけど、慣れると煩くなるからよ。

 けど、あなたたちは慣れなくても煩いけどね」

「そう、そこ!もう一回、言ってぇな」

「慣れると煩くなるからよ」

「その後も」

「!」

 ようやく葵は、アキラの作戦に引っかかったことに気が付いた。

 何をしても無駄な連中なら、今更席替えの効果なんて関係ないのだから、どんどん席替えをしてやろうという魂胆こんたんなのだ。道理で質問の形が、いつもとは違うわけだ。


 ところが、少し葵の考えていたことと、アキラたちとの思惑は違っていた。

「じゃ、別に席替えしたところで、何も変わりゃしないってことだべ」

「はいはい、みんな、静かに。そこでルールを作ろうと思うんやけど」

 ホームルームの主導権は、アキラの手に移った。


「席替えしたい人」

 それでも挙手は、半分はいた。

「でも、今の班がいい人」

 満場一致で手が挙がる。

「逆に、今の班が飽きた人」

 この質問には挙手がない。

「今の場所がいい人」

「今の場所が嫌な人」

 この質問は、当然半々だ。

「じゃ、また、オレの提案なんやけど、班のメンバーはそのままで、一週間毎に時計回りに場所だけローテーションで変えていくってのは、どうやろ。その時、班の中でなら自由に席替えをしてもええねん。こうすれば、窓側も廊下側も、前も後も公平やろ」

「賛成!」

 クラス中から拍手が起こり、担任が口を挟む隙は全くなかった。

 クラス全員で、粗方昼休みにでも、こうすることを打ち合せでもしていたのだろう。だから、妙に手順がいいわけだ。


 葵は苦笑した。完璧にやられた感じだ。

「んじゃ、今度こそ、今日のホームルーム終わりやねんな」

 そのアキラの言葉を機に、クラス中が昼休みを再現しだしたのだ。

 席替えの勝手なルールは、アキラだけではなくサキもいるから、まあ良しとしても、この騒々しさは我慢ならない。

 「静かにしなさい!」と葵は大声を上げたが、誰の耳にも、その声は届かなかった。


「オレの勝ちやね、葵ちゃん。まだオレのこと、解ってないね」

 ふと目が合ったアキラが、葵にそう言った。そこで葵ははっとした。

 アキラの口は動いていなかったし、この騒ぎの中、何故アキラの声だけ鮮明に聞こえたのだろう。

 アキラは何とも形容しがたい笑みを浮かべ、葵に背を向け、騒ぎの輪に入っていった。

 思わず呆然としている葵の姿は、生徒たちから見たら、ただ騒々しいクラスに為すすべなく困って、唖然としている姿に見えているのだろう。

「葵ちゃんが静かなうちに、騒いどこうぜ!」

 誰かの声に、ようやく葵は言うべきことを思い出した。

「未だ、授業中よ!いい加減、席に着きなさい!」

 しかし、誰も葵の絶叫など、やはり聞いてはいない。

 未だ三十路前の若年教師の無力さを痛感し、そしてアキラとサキを少しでも信頼してしまったことを後悔しながら、最後にもう一度だけ、無駄と知りつつ大声で注意をした。当然誰も反応を示すわけなく、トランプや将棋、お喋りに興じている。


 葵は大きなため息を一つつくと、開き直って、自分もトランプの輪に入ることにした。

 取り敢えず注意はした。誰にも聞こえなかった。ということは、遊んでも誰も聞こえないし、まして他の教師にバレるわけがない。ならば自分も、生徒も、楽しんだ方がいい。そしてチャイムと同時に職員室に逃げてしまえば、この賑やかなクラスでの仕事は終わりだ。後は覚悟を決めて、お叱りを受ければいいだけだ。




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