第5部;七月〜Junior high school life〜-1
5;七月〜Junior high school life〜
週に一度のホームルームの時間。
いつもと変わらない昼休み。黒板は落書で白板と化し、校内放送のスピーカーのメッシュには、枯れてしまった花と安っぽい造花が突き刺してある。
板に模造紙を貼って作った学級目標「清く、正しく、美しく、明るく楽しい学級」。毛筆で書かれたその上に、更に黒々と×印が、「清く、正しく、美しく」の部分にだけ、液だれの跡も生々しく施されている。
いつものように予鈴が鳴ると職員室を出て、五時間目開始のチャイムと同時に教室に着いた、担任の中野 葵は、目と耳を疑った。
東中から数えて二年間、初めて、気持ち悪いくらいに静まり返った教室がある。慌てて外に出直して、本当に自分のクラスか確認したが、間違えてはいない。
「起立、礼、着席」
サキの号令に、不気味なくらいに揃って、全員が従っていた。
―――何か企んでるわね……
葵は直感で悟った。伊達に二年間、この学級委員が治めるクラスを受け持っていない。
このクラスは落ち着きがないと、先だっての学年会議でも注意をされるほど、確かにこのクラスは騒々しい。でも授業態度が悪いわけではない。そんなことをしたら、鬼のような学級委員が黙っているわけがない。
ただ、今の席順になるまでの四月から五月半ばの一カ月半の間に、席替えを毎週のようにしていた現実に、落ち着きのなさを席替えに顕れていると指摘されても、葵には返す言葉もない。
個人的見解としては、自由と責任の関係を自覚していれば、それでいいとは思っているのだが、名前を憶える前に席替えされて困っている教師がいるのも事実だ。
その落ち着きないクラスが、ようやく席替えしないで、一カ月半も落ち着いているのだ。夏休みまであと半月、何とかこのままでいてほしいと願っているのだが、どうやら無理らしい。葵の直感は、今日は席替えの日だと教えている。
葵は極力平静を装って、教壇に立った。これしきのことに動じては、教師は勤まらない。しかし、席替え後のクラスの騒々しさを思うと、頭を抱えたくもなる。想像通りとなれば、隣と階下の教師から、叱られてしまうのは必至だ。
「じゃ、ホームルーム始めるわね。じゃ、学年から議題は特にないけど、先週の続きがあったわね。アキラ、サキ、お願い」
「はーい」
アキラとサキは、何やら目配せをしながら、いつもの定位置に着いた。
「じゃ、先週の続き。オレらの所に個人計画表を持って来てくれたのは六つ。要するに、各班でやりたいことらしいんで、いちいち振り分ける必要がなくなったわけや。まったく、学級委員思いのクラスで、オレらは涙が出てきよるわ。何やるか、知りたいか?」
「知りたーい」という声と、「知られたくない」という声とが半々だった。
「どないすっか。知られたくないのもおるようだけど、でもな、どうせ知られるんやさかい、発表しちゃうか」
アキラはサキに同意を求めると、サキは首を横に振った。
「何でやねん」
「オレは恥ずかしいし、驚かせたいし。お前だって、自分のこと考えてみ」
「あ、えらい恥ずかしいわ」
「だろ」
「と、いうことで、やっぱ発表せんわ。オレが恥ずかしいもん」
クラス中からブーイングが起こった。これは当然だ。
「悪い、悪い。じゃ、言うしかないな、サキ。A班は出店。何でも屋って、何すんねん。B班は体育館で発表。中身はもう少し秘密。CとDは教室使用で創作劇。これも、中身は秘密にしといた方がええな。Eは教室使用でおばけ屋敷。Fは、なんじゃこりゃ。釣り堀?どこでやるねん?」
「目の前にあるべや、立派な川が」
「おおっ、頭ええやんか!っつーか、大丈夫か、これ。ま、えっか。そういうこと。それぞれ協力して、手伝ってやることな。終わり。葵ちゃん、終わっちゃった」
「あら、あら、困っちゃったわね」
アキラとサキは自分の席に戻り、葵は教壇に戻った。
「何かないかしらね、最近気になったこと。質問でもいいわ」
「じゃ、はい」
立ち上がったのはアキラだった。
せっかく順調なホームルームだったというのに、葵は、忘れかけていたさっきの自分の直感が、実感に変わった気がしてきた。何しろ相手が悪すぎる。
「何、アキラ?」
「そう露骨に警戒せんといてわ。オレ、ナイーブなんやさかい、傷ついちゃう」
誰かが「いいぞ、アキラ」と、野次を飛ばした。
確かに、葵の顔は強ばっていた。相手がアキラでは、つい自然とそうなってしまう。何しろアキラときたら、見た目のみならず、札付きの頭脳派不良なのだ。厄介なことこの上ない。
「ごめんなさいね。そんなつもりないんだけどね」
「先生なら、言い訳せんで、素直に認めてほしいわ」
アキラは意地悪な笑みを浮かべていた。本気で言っていないのは解っているのだが、からかわれていることには変わりない。自分より年下の子供なのは百も承知なのだが、アキラだけは、成績でも判るが、どうも自分より器が大きい気がして、手に余る。
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