第4部;六月〜時空の旅人〜-6
「でっけー……」
「さっきは、よくもまあ、いけしゃあしゃあと、『農家は金持ち』なんて、言えたわねえ」
突っ込み役のコメチは、アキラの脇腹を小突いた。
「ま、ええってことよ。どうぞって、あれ、オレ、鍵かけ忘れてたみたいやわ」
アキラは引き戸を開けた。
やはりどこか感覚がずれている。
「ねえ、アキラ。とやかく言うつもりないけど、あなた、意外と可愛い靴が好きなのね……」
玄関に揃えて脱いである、アキラらしくない可愛い靴に、コメチは思わず本音を言ってしまった。
「オレのじゃねえよ。オレ、こんなに足ちっこくないやんか。ちょっと人が来とるみたいやわ」
「来てるって、不用心な……」
「知ってる人だって」
「そういう問題じゃ……」
アキラは気にする様子もなく、奥へと入っていった。
「やっぱ亜里さんだ。来てたんだ、お待たせ」
「あら、お帰りなさい」
とても小柄な女性が、缶のお茶を片手に一人で寛いでいた。こちらもアキラの帰宅に動じた様子はない。
「ひ……アキラちゃん、ダメじゃない、鍵かけなきゃ。用事がこっちの方にあったから、注文の服、ついでに届けに来たんだけど、鍵がかかってないのを放って帰るのも心配じゃない。だから上がらせてもらったのよ」
「そりゃ、どうも。悪いねぇ」
口ではそう言っても、全然アキラは悪怯れていない。
「ねえ、黒いズボンばっかり、もう止めましょうよ。作る方はつまらないわ。一応デザイナーなんだから」
「いいやん、好きなんやもん。実用的だし」
「いや、その実用的とデザインって、案外対極にあったりするのよ」
「まあまあ。それより、手間かけさせて悪かったね。神社にでも行って来たんか」
「えっ、ええ……。神森に来たら、やっぱりあの神社を見なきゃねえ」
亜里と呼ばれた女性は、確かに一瞬動じた。 神森に来たら神社を見て帰る、というのはごくごく当然のことで、別に動じることではない。何しろ神社の中にある樹齢千年を超える御神木は、市の文化財として、市の配布する名所巡りのスポットとして掲載されているのだ。当然立派な御神木の写真を撮りに来る人は少なくない。だから別にデザイナーである亜里と神社と関係付けるものがなくても、神社を詣でることには何ら不思議はない。
瞬間、動じてしまった亜里はそこまで考えた。アキラの異様なまでの勘の良さには、これまで何度も驚かされてきたが、それでも一瞬どきっとさせられる。神社を詣でたことで、変な勘繰りをされる可能性もあるということだ。
亜里は慌てて「何、アキラちゃん、可愛い子連れ回してんの」と茶化してみたものの、全然様にならない。
亜里のそんな心配をよそに、アキラはそのことには全く関心を示さず、次の話題を振ってきた。
「そうだ、丁度ええ。なあ、文化祭、衣装どないすんねん。まさか制服か?」
「え、どうすんの」
「オレが訊いとんねん」
「あ、そっか」
「何、衣装って、アキラちゃん」
「うちら、バンド組んで文化祭出るんやけどな、せっかく亜里さん来とるきに、注文しよかと思てな。亜里さん、今、暇かなぁ?」
「あら、大歓迎よ。じゃ、ちょっとイメージ描いてちょうだい」
亜里は荷物の中から、小さなスケッチブックと色鉛筆を取り出した。
どうせ子どものお絵描きだろうと思っていた。今までもデザインを注文する相手の大雑把な絵には泣かされてきている。でもその絵を元に話を聞いていくと、デザインが見えてくるのだから、これは必要な作業だ。
一式受け取ったコメチは一瞬考え、すぐそれを隣にいたシキに渡した。
「シキ描いてよ。あなた、絵、巧いから」
「はいはい」
コメチのああでもない、こうでもないという注文にもめげずにシキが完成させたイメージイラストは、亜里の予想を超えていた。
「あらあら、素敵なデザインね。私が縫いやすいように手を加える程度で平気よ、これ。あなた、デザイナーに向いてるかもよ」
別に子どもの道楽に付き合うだけなのだから、自分のデザインに拘る必要などない。初めから言う通りにしてやるつもりだったのだが、本当に目の前の少女のデザインは目を引くものがある。しかし本職の亜里の気軽に言った一言で、コメチは簡単に逆上せ上がっていた。
「完成まで二週間ちょうだい。取り敢えず、すぐに端切れでミニチュア作ってみせるから。それで良かったら、採寸して取りかかるけど、急ぐかしら?」
「別に。あ、柔道が武道館で試合あったよな。こっちまで来てもらうのも何だし、その帰りに寄らせてもらうとすると、来週になるけど、ええかな」
「私は大丈夫よ。じゃ、そういうことで、そろそろ失礼するわね。遊びに来たところを邪魔しちゃって、ごめんなさいね」
「ええねん。せっかくだから、晩飯食ってきゃええのに」
「だって、アキラちゃん、ベジタリアンなのに、他人に合わせて作るんですもの。具合悪くなるの判ってるから、失礼するわ」
「えー、オレ、最近、無精卵は食えるんだぜ」
「あら、良かったじゃない。でも、失礼するわ。お店もあるし。ほら、予定外の留守番しちゃったしね」
亜里は荷物をまとめて帰っていった。
↓↓↓本編先行連載している作者のブログです。是非おいで下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/alfraia
また、日本ブログ村とアルファポリスに参加しております。
お手数ですがバナーの1クリックをお願いします。