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第1部:五月〜出会い〜-1

 その教室は、熱気とほこりで充ちていた。


「はいはい、決まったら、騒いどらんと、こっちに報告して、さっさと席着けぇな」

 黒板の前の人集りの中から、中性的な声がした。

「アキラ、わたし、あなたの斜め前!」

 「おう」と、先程の中性的な声が返事し、黒板に書かれている席順表の『アキラの斜前』に、『コメチ』と、痩せて大柄な少年が書き込んだ。それが甲高い声の少女のあだ名らしい。


 窓の外には、埃っぽい教室とは正反対の、瑞々しい景色が拡がっている。

 田圃たんぼの真ん中に、今年四月に開校したばかりの、市立神森中学校。未だ五月だというのに、七回目になる席替えをしている、二年五組のにぎやかな様子だ。


 市の海岸近くの広い神森地区は、最寄り駅から電車で二十分とかからずに、市の中心部に出られる。その便利さから、ここ数年で駅周辺ばかりが急激に人口が増え、それまで地区唯一の「市立東部中学校」はパンクしてしまった。

そこで新しく建てられたのが「市立神森中学校」だ。これまでの区域よりも海よりの、昔ながらの場所が学区となる。

 とても広い神森地区だが、駅周辺以外の土地は相変わらず過疎のまま。その広い過疎地域のど真ん中に、新しい神森中は忽然と現われたのだ。そのあまりの不自然さに、誰もが何らかの意図を確信していた。


 神森中の学区内にある、木の茂った小さな小さな丘。そこからの湧き水が小川を作り、市の中心部から流れてくる川と合流する。この二本の川から海寄りが神森中の学区。神森地区は、学区という明確な形で都市機能から分離させられた。それは、まるでこの都市からぬ美しい風景を守る為というよりは、むしろ神森地区から都市を守る為のよう。


 切り離してまで都市が怖れるもの。

 切り離されても捨てられずに人々の心を捉え、そして縛り付けるもの。

 それは「信仰」という、土地の人間にとっては必要不可欠なもの。


 神森地区には、土地独特の古代的信仰と、それに伴う風習が根強く残っていて、それは都市化を推進する役所の開発担当からすれば、目の上のタンコブでしかない。

 交通の便がよいこの神森地区を、都市のベッドタウンとして開発できたなら、人口が増えて税収増を見込めるというのに、それができない。なにしろ、誰もが口を(そろ)えてこう言うのだ。

「神々と巫女が守って下さった、この先祖伝来の土地を、くだらない連中には売れない。お前さんたち、誰に食べ物作ってもらってんのっしゃ?わしら、自分の食べ物も作れないようなお前さんたちに、大事な土地を売りはせん。どうせ大事な土を覆うんだ。そんな痛ましいこと、わしにはできん」


 しかし、この穏やかすぎる風景は、もっと都市の中心部から離れている方が良い。そうしたら、「電車一本で自然と触れ合える、クオリティの高い住宅地」として、都市と観光を同時に売り出せるはずなのだ。けれど現実にはそうはいかない。原風景がこんな近くにあっては、まるで無理矢理都市開発をしたようで、かえって「環境破壊都市」の汚名を着せかねられない。

 そこで開発担当は考えた。いっそ、神森地区の奇特な連中を、そのまま隔離して忘れてしまおうと。

 今まさに、景気は上向き。歴史ある信仰は、もはや過去の遺物でしかない。


 木の繁った小さな小さな丘。その上にある神社こそが、神森地区の信仰の中心。

 その神社に名前はない。土地の者は、ただ「大樹の森の神社」と呼んでいた。そこでまつっているのは豊饒と大地と海の三柱の神だが、神々だけではなく、何処かから周期的に派遣される生きた巫女までもを、土地の者は崇め祀っていた。事の真偽は別として、巫女には霊能力があると言われている。

 とはいえ、この現代に於いて、物理的に解明できない超能力など真に受けているわけもなく、巫女への崇敬の気持ちは能力の為ではなく信仰だ。土地の者にとって、超能力などというものは、どうでもいいことだった。

 ただ、伝承に残された代々の巫女の業績が、土地の者に尊敬され、それが信仰に変化しただけの話だ。


 その昔、巫女は天気を自在に操る力を持っていた。


 伝承は語る。


 巫女は切羽詰った時意外は能力を見せず、また村人も安易に能力を発揮しないことを望んでいた。

 自分たちがは神をあがめているのであって、巫女という人を崇めているのではない。あくまで彼女は一祭祀者にすぎない存在なのだ。

 神が与えた能力で以って、その領域を侵すことは神の決定を覆すということ。それを願えば巫女だけではなく、自分たちも神の怒りを買うことになる。それは彼らにとってはとても怖ろしいことだ。

 せっかく神から巫女を与えられ、神に守られているのに、多くを望んではいけない。「神の決定を覆す」能力を持った巫女そのものが、神の恵みなのだから、節度を(わきま)えなければ、その恵みをも失うことになってしまう。


 伝承はこうも語っている。

 ある豪族が、巫女を自らの意のままにしようと彼女を捕え、逃げ出せぬように首を鉄鎖に繋ぎ、自らの土地を富ませるまではと日夜監視を置いて迫ったと。

 しかしどんなに辱めを受けようと、巫女は屈しなかった。

 そればかりか、大勢の者が見守る中で手を使わずに鉄鎖を引きちぎり、空を飛んで神社に戻ると、まるで鬼の形相で呪を唱えたという。豪族の土地はみるみるうちに痩せ、その豪族が泣いて赦しを請うまでは呪を絶えることなく唱え続け、それから豪族は改心したという。それから三柱の神々のみならず、巫女も信仰の対象になった。


 巫女の素性を、村人は誰も知らない。土地の者ではないということだけは確かだった。能力の有無などは、現代においては全く関係なく、伝説と信仰のみの存在を体現することを求められていた。




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