第2部;五月〜去年の出来事〜-7
サキは一つ息を吸い込んで、それからカズヤの目を見据えて言った。
「カズヤさあ、お前、自分の希少価値って考えたことある?」
また遠回しな質問に、カズヤは戸惑った。
「じゃさ、オレん家とお前ん家、なして鈴木家が表裏二つに分かれたか、知ってるか?」
「知るか!」
いい加減、カズヤは不安になってきた。未だ夏前だ。脳みそが茹っておかしくなるには未だ早い。
「神森地区一番の旧家だってのに、聞かされてないのか」
カズヤの不安などお構いなしのサキに、カズヤは取り敢えず頷く以外、することがなかった。
二人は遠い親戚にあたる。役所の書類上は、ただの鈴木姓だが、神森地区の誰もが、「表鈴木和哉」と「裏鈴木賢木」と彼らを呼ぶ。それが彼らの家の昔からの名前なのだ。
珍妙な名字の由来は、彼らの家が大樹の森の神社の表と裏にあるからだ。もとは一つの鈴木家で、神社の氏子の記録から、千年くらい前までも辿れる由緒ある家だった。
何故本家を二つに分けたのか。
大樹の森の神社の守人を務めてきた彼らは、幾つかの時代の変動期を乗り越える際、何度か存続の危機に立たされたのだろう。そこで、「表」は常に時代にあった生活を生業とし、「裏」は常に変わらず、神社を守ることを生業とする農家として生活することで、どちらかの血脈を必ず残そうとしたのだ。
「そこまで生き残ろうとした理由、解るか?」
サキの質問にカズヤは当然、首を横に振った。未だカズヤはサキが何を言おうとしているのか、さっぱり見当がついていない。
「鈴木家は、知っての通り、大樹の森の神社の守人。要するに、巫女に準ずる力を持った一族ということになっている。けどその能力は、人間社会で生きてくには不必要で、かえって迫害の対象にすらなっちまってたんだ。だからこそ、神社の為にもどちらが最善の方法か判らなかったけど、「表」と「裏」で役割を分けて、どっちかが社会から自然淘汰されても、残った方が神社を必ず守るというシステムにしたらしいんだよ」
ようやくカズヤにも、話が見えてきた。
「神社に、元来巫女はいなかった。鈴木家の人間が代々神主として仕えていたんだ。ところが後を継ぐべき人間が「幻術を使う鬼」だったから、神主の座はその鬼の弟が継ぎ、追放されていた鬼の子孫が巫女になったと言われてる。鬼の一族を囲い、世間から守るための守人に、鈴木家の人間はなったんだ。
追放された鬼の行方は誰も判らず、何処かからか、その子孫は必ず巫女になるためにやって来る。それも、世間から巫女を守る為なのかもしれない」
「じゃ、何か?アキラは大樹の森の巫女の一族だって言うのヮ?それに、少なくともオレらの両親は、超能力なんて持ってないべ」
「カズヤ、とぼけなんなよ」
サキは急に厳しい声を出した。
「そう、お前が昔、超能力の話をした時に、オレが鼻で笑わなかったら、気付くだけの力があったら良かったんだよ」
カズヤが逃げている現実。触れられたくない思い出。
長い沈黙。それを破ったのは、カズヤの方だった。
「あん時な、オレ、誰にも言うなよって、親サ言われててャ、でも、サキには言いたくて、サキなら認めてくれるって思って、でも、どうやって言い出したらいいか、子供心に解らなくって、でも、嫌われるの怖くて隠しておきたくって……。
で、あの時は笑ってあしらわれたっけ、隠してれば、お前はオレの傍にいてくれると思ったんだ。でも、現実にオレは「表」鈴木和哉で、血は絶えてないわけだしな……」
「ごめん、ほんとにごめんな……」
カズヤの告白に、サキは心から謝った。
でもこれで、社会への負い目を共有できる者になれたのだ。未だ中学二年になったばかりの少年二人に、得体の知れない能力は、一人で背負い込むには大きすぎて、誰でもいいから仲間が欲しかった。
相変わらず物憂げな瞳で、サキは対岸の釣り人を見ながら言った。
「人が捨てた第六感か……。人と自然が言葉を交わしていた時代が本当にあったなら、今がそうだったら良かったのにな。そしたらオレら、何も隠さずにいられるのに」
「オレら?」
カズヤは聞き咎めた。
「そ。オレも、お前も、偶然アキラも……」
要するに、サキも自分のことを切り出すのにどうしていいのか判らなくて、こんなに回りくどい話し方で本題に辿り着いたのだ。
でも、そんな苦労をカズヤが気付くわけがない。
「え?サキは何ができるのヮ?」
突然嬉々とした表情を見せたカズヤに、サキは微笑んだ。
この深刻になれない軽さが、サキにとって救いだった。そんなに深刻にならないでいいんだと、安心できるのだ。
「所謂念動ってやつ。何だかできるんじゃないかって、ある日突然思っちゃったんだ。
どうしたらいいかなんて考えるまでもなく、何だかオレは強く念じてみちゃったんだ。そしたら消しゴムが浮くんだよ。
でも、すっごく集中力が必要で疲れたんだ。オレは体力がないっけ、その一度試してみたきりだから、本当にできるのか判らない。偶然かもしれないし……」
「わあ、見せてくれよ」
今「すごく疲れた」と言ったことなど、目を輝かせているカズヤの記憶にひっかかるわけがない。それに今回は見せる覚悟で来たのだから、それくらいの鈍感さはどうでもいいというものだ。
サキは目を閉じ、念じようとしたが、止めた。カズヤも気が付いたようだ。
人が来る気配を、二人は感じた。
次回から第3部;六月〜球技大会〜を始めます。
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