第2部;五月〜去年の出来事〜-5
不思議そうな顔つきのサキに、アキラは気付いたようだ。
「そりゃ、毎日色目とか奇異の目とかで見物されてたさかいな、一人違う視線なんて、すぐ判るわ。オレはバカじゃないから」
「バカじゃないって言うわりに、バカな態度続けてたよな、アキラ」
彼女は間を置いてから、短く「あぁ」と応えた。
「アキラってさあ、どっかで番長でもやってたのヮ?」
「お前、ほんっと、遠慮ねぇな。気ィ遣わんで済むっけ、ええねんけどな」
そう言ってくつくつと小さく笑ったアキラの顔を、サキは思わずじっと見てしまった。
「何やねん。何か付いとるんか、オレの顔?」
アキラの顔はすぐに元の冷たい顔に戻ってしまった。
「いや、そうやって笑うんだなと思って。せっかく美人なんだっけ、笑ってればいいのに」
「それができる環境で育ってれば、そうすることが身に付いとったんやろな」
彼女は照れ隠しのつもりか、顔を背け、草の上に寝転んだ。
「ここは、空がとても青い」
アキラは空を見上げて呟いた。
「そういえば前はどこ?お前、自己紹介しなかったもんな」
やはりサキの問いに、アキラは答えなかった。その代わり、彼女は少し隙を見せた。
「オレなあ、今までの自分にあきあきして、捨てたくて、忘れたくて転校したっちゅうのにな……。明日、どないな顔して学校に行きゃええんやろ。せっかく普通の学生になれるチャンス、自分からフイにしてしもて……」
アキラは独り言を言ったのかもしれない。独り言を装って、サキに答を求めたのかもしれない。
その時サキは、応えてやろうと思ってしまったのだ。理由などない。それこそそういう性分なのだ。
「じゃさ、オレの提案、やってみる気ある?」
アキラは驚きの表情を見せた。
「何、言っとんの、お前。オレに関わるなって、さっき言うたやろ」
「アキラこそ、どんな顔して学校行きゃいいんだって、今、言ったばかりだっちゃ。せっかく他人が手を貸してやるって言ってるんだ。お人好しのバカの言うこと、ちょっとは聞いてみろヮ」
「ほんっと、変わったヤツやな、サキ」
アキラは、また少し微笑んで言った。「で、オレはどないしたらええんやろ、サキ」
「偉そうに言ったわりに、全くの思いつきで申し訳ないんだけど、けどな、誰もアキラのこと知らないわけだし、結構通用すると思うんだ。甘い発想だって、笑われるかもしれないけど。
アキラのこと性格悪い女だと、みんなで思ってたけど、まさかあそこまでやるとは、誰も予想してなかったよヮ。要するに、そこさ。未だ、アキラなら、どんな性格出しても、意外な一面だって受け入れられちゃうんじゃないかってね」
「具体的には?」
「なるたけ、喧嘩は買うなってのは基本。でも、万一売られて、そんでもって買っちゃったら、その後、怒りで我を忘れて記憶なくしたフリをしろヮ。生徒だけじゃない、先生にも勿論な」
さすがのアキラも、大きな口を開けて笑いだした。
「バカだと思うべ」
サキは、自分らしくなく現実離れしたことを言ったと、後悔していた。まったくもって、自分らしくない。できることなら忘れてほしいくらいだ。
サキは鼻を掻き、それから頭を掻いた。
「違う、悪い、悪い。いや、意外と面白いこと言うヤツなんやな、サキって。オレ、お前のこと、もっとクソ真面目でつまらないヤツなんかと思ってたさかい、つい……。
その提案、やってみるよ。オレが人間らしくなれるんやったら、簡単なことさ」
大声で笑うことを止めたアキラの顔が、先程の大乱闘の最中に見せた、不気味で妖しい微笑みを浮かべているように、サキには一瞬見えた気がした。
「恩に着るよ、サキ。ま、明日見てな。言われたようにしてみせるさかい」
「クラスのみんなには、上手くフォローしとくっけ、心配すんなよ」
「いつか、この借りは返すよ」
「期待しないで待ってるからヮ」
翌朝、アキラは遅刻してきた。
しかし、不思議なことに、朝のホームルームで、担任がアキラについて「彼女は怒ると我を忘れてしまって、今回の件も憶えてないかもしれないけど、ちょっとした病気みたいなものだから、受け入れてやるように」と、言ったのだ。クラスの生徒の殆どが、腑に落ちないといった顔をしていたが、取り敢えず、先生も言っていることだしと、受け入れていた。しかし、サキだけは、担任がアキラのことを信じ切っている様子そのものが、どうしても腑に落ちなかった。例の話はサキとアキラしか知らないはずで、そのアキラは未だ登校していない。どうしてそれなのに知っていて、しかも信じているのだろう。
答は結局見つからずじまいだ。
遅刻してきたアキラは、やっぱりだんまりのままだったが、まずコメチとポンには、その日のうちに謝り、教師の指名に返事をし、しおらしくしてみせていた。そして、例によって気を遣って話しかけてきたコメチと、少しずつ話し始め、一ヵ月をかけて、明るく陽気な、現在のアキラを作り上げていった。
あまりに違和感のない変貌ぶりに、サキはアキラのことを、恐ろしく頭の良い女だと、彼女のフォローをしながら思っていた。
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