第2部;五月〜去年の出来事〜-4
「何や、貴様。一緒にされたいんか?」
「もう、いいだろ、怪我人相手に」
これからは体力勝負だ。自分がばてる前に相手を説き伏せることができるか、もう逃げ出せない。
「うるせえんだよ、雑魚が!」
繰り出された拳を受け止め、サキは後悔した。桂小路 晃は本当に場慣れしている。
サキは持久力こそないが、一応空手を習っている。彼女もすぐにそのことに気が付いたようだ。身のこなしが、サキのレベルに合わせて素早くなった。
「誰か、先生呼んでこい!会議中だけど!」
サキは誰かれ構わずに、指示を出した。サキの手に負える相手じゃないと、数発拳を合わせるだけで、彼はすぐに判ったのだ。早く誰かに止めてもらわないと、サキの方がやられてしまうか、発作を起こしてしまう。
「?!」
と、誰かが桂小路 晃を後ろから羽交い締めにした。
ポンだった。
「しゃらくせぇっ!」
桂小路 晃は叫ぶと、上体を思い切り曲げ、巨体のポンを投げてしまったのだ。その細い身体のどこに、それだけの力があるのだろうと、そこにいた誰もが目を疑った。
宙を舞ったポンは机に頭を強打し、気絶してしまった。
「誰か、救急車!」
沈黙の後、場は騒然となった。
「う……あ……」
桂小路 晃は、青白い顔を両手で覆った。肩が小さく震えていた。
呻く不良たち。気絶している者や、出血している者もいる。無傷な者は誰もいない。
立っているのはサキと、桂小路 晃だけ。
「みんな、お前一人でやったんだぜ」
平静を装って言ったものの、サキはこの女を怖ろしく思った。
「何とか言えよ」
「……」
「また、だんまりかよ」
と、桂小路 晃、短く悲鳴を上げ、急に外へ逃げ出した。
「お、おい!待てよ、桂小路!」
サキはその場を捨てて、桂小路 晃を追った。コメチもポンも心配だったが、それよりも、何故か桂小路 晃が気になった。尋常ではない彼女の反応に、よく解らない何かを感じてしまったのだ。
「おい、桂小路」
土手に腰を下ろしている桂小路 晃を、サキは見つけた。
「オレに関わるな、優等生」
桂小路 晃は立ち上がり、その場を去ろうとした。
「待てよ」
「何だよ」
「用があるから、待てって言ってるんだサ」
ヒューゥと、彼女は口笛を吹いた。
「面白いヤツやな、お前。インネン吹っかけられとんのに」
桂小路 晃は、もう一度腰を下ろした。
「その顔じゃ、別に我を忘れて暴れたってわけじゃなさそうだな」
「……」
「なして逃げたのヮ?それこそ自分でケリつけろよ」
「……」
「また、だんまりか。狡いヤツだな。
じゃ、ついでに訊くけど、なして一ヵ月以上もだんまり続けたのヮ?嫌われるの、必然だサ」
「もう、嫌われとるやろ。知っとんねん」
ようやく桂小路 晃は答えた。
「じゃ、なして?」
「苦手なんだよ、今更」
彼女は不良っぽく、ガムを吐き出した。
「オレは昔っから、人の輪に溶け込むのが苦手でね、だからずっと人付き合いから逃げてたんだ。その方が楽じゃねぇか。で、そいつが身体に染みついててな、声をかけられても、どうしたらええか、さっぱり判れへんようになってな」
素直に自分の質問に答えていることに驚きながらも、サキは思わず本音を言った。
「なあ、桂小路。さっきから、何もできない話ばっかだサ。それじゃあ、なぁ……」
「解っちゃいるさ。……ところで、お前さぁ、『かつらこーじ』って呼ぶの、やめてくれへんかなぁ。オレ、名字で呼ばれんの、慣れててへんねん。オレも、お前のこと名字で呼べへんことだし」
「確かに、オレの場合、同じ名字が多すぎるもんな。オレが『サキ』って呼ばれてるのは知ってるだろ。で、オレはお前のことを、どう呼んだらいいのヮ?『さん』付けか、『ちゃん』付けか?」
「呼び捨て。アキラだけでええねん」
今更自己紹介するアキラの言葉遣いは、いささか不慣れな印象を、サキは受けた。
「アキラさ、腹立てると、周りのこと見えてないべ」
「ん?」
「ポン、お前が最後に投げた、東海林のことだけど、あいつが気絶したら、お前の顔つきが変わったような気がして。んー、強いて言えば、正気に戻った、みたいな」
「お前さ、結構遠慮ねぇヤツやな。人が気にしとることを、数年来の親友みたいに」
「あっ、ごめん、つい……」
サキはこれでも、顔色を伺いながら、充分気を使っていたつもりだった。何しろ相手は強すぎる。
「ええねん。オレもその方が楽やし、お前、オレのこと、ずっと観察してたもんな」
「え?」
いつも真直ぐ前を見て、後ろにいるサキのことなど、一度たりとも顔を向けたことがなかったはずだ、彼女は。
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