第2部;五月〜去年の出来事〜-2
着馴れない制服に身を包まれて緊張した顔が、所狭しと並べられた教室の机一つひとつにあった。一クラス五十五人。それが市立東部中の現状だった。
「よお、コメチ、偶然だっちゃ」
「あら、ほんと」
「しっかしこの人の多さはなんとかならないかャ。息が詰まる」
「狭いし、臭いし、気分悪いったらありゃしない。
でも、あなたがいて良かった。こんな中に一人で放り出されたら、もう不安でしょうがないもの」
サキとコメチは同じクラスの、しかも斜めに座ることになった。何しろ二人の出身小の神森小は小さく、一学年一クラス、しかもクラスに十人位しかいないような学校だ。
それに引き替え、東部中の大きいこと。近隣の小学校が七つも集まっているのだから仕方ない。神森小出身者は先ず大きな校舎で迷子になると聞かされていただけある。それだけ大きな校舎の中に、一つ五十五人のクラスが、各学年学年十一クラスもあるというのだ。思わずこっちの目が回る。
そんな大きな学校で、神森小出身者が同じクラスになることは、当然確立的に殆どないはずだった。
担任は若くて美人の音楽教師、中野 葵。
サキはクラスを見回そうとした。
しかしすぐにその視線は止まった。
コメチの前に座っている、一人の女生徒。彼女だけは少女ではなく、もう女性だった。サキの視線は、何故か彼女に吸い寄せられ、逸らすことができなかった。
それが桂小路 晃。
それが恋ではなかったということだけは、確かだった。
こんな田舎の中学校に不釣合いなほど、桂小路 晃の雰囲気は都会的だった。掃き溜めに鶴とはまさにこのことだろう。その冷たい大人びた顔立ちが、つい一ヵ月前まで小学生だったとは思えないほど均整の取れた造りで、サキはこの近所でこのような顔を見たことがない。
でも、サキの視線がそこで止まった理由はそれだけではない。
桂小路 晃が、他のクラスメイト違って見えたのは、その制服が窮屈そうではなかったからだ。
何しろ彼女の制服は入学式のその日から、踵まである長いスカートだったのだ。
マンモス中学校の全男子生徒が、この美人の新入生を見に、一年五組に集まったと言っても、過言ではなかった。まるで黒蟻の群れか何かのように入口やら廊下側の窓やらに入り乱れ、トイレに行こうと教室から出るのも難儀したほどだ。
それ程もてはやされていたにも関わらず……
それだけの人気を一身に集めていたというのに、桂小路 晃は、愛想一つ振りまこうとしなかったばかりか、一ヵ月以上もの間、口を開こうとしなかった。
まるでバカには用などないと言わんばかりの視線を投げかけ、どれだけもてはやされても、
眉間に縦皺を寄せて、一切表情を変えること無く、真っすぐ前を睨み付けている。授業中に指名されても返事をしないばかりか、出席確認でも返事をした試しがない。教師に叱られてもどこ吹く風で、早々に諦められてしまったし、クラスメイトが話しかけても、耳が聞こえていないかのように、目の前を素通りしていく始末。
始めのうちは他のクラスの生徒が、この美少女の気を引こうとつまらない言葉をかけたりしたりと休み時間煩かったものだが、それもすぐに消え、当然のように彼女はクラス中からも嫌われ始めた。それでも当の本人は、興味がないというよりは、むしろ、せいせいしたといった感じで決まった時間に登校し、決まった時間に下校した。
それなのに、つくづく腹の立つ女なのに、サキの目は桂小路 晃から離すことができずにいた。彼女の肝っ玉の大きさに、彼もまた腹立ちながらも感心してしまうのだ。
「ほんっと、腹立つんだよヮ、アイツ。そんなに学校嫌なら、さっさと登校拒否でもしちゃえばいいのに……って、ねえっ、サキ、聞いてるのヮ?」
「はいはい、ちゃんと聞いてますよ」
コメチはそんな桂小路 晃に対し、日々苛々を募らせていた。当然のようなコメチの愚痴に、サキは苦笑した。
「あの神経の図太さは、天然記念物モンだっちゃな」
「あたし、本当に耳が不自由なのかと思っちゃったよヮ、始め」
「わたし、そろそろ堪忍袋の緒が切れる」
そう言うコメチが、一番桂小路 晃に気を遣って、話しかけ続けていた。そこが彼女らしさだ。彼女の中で曲がったことはできない性分なのだ。
一ヵ月以上、そんな状態を続けていくうち、桂小路 晃にちょっとした変化が表れ始めたことに、サキは気が付いた。
辛抱強く、努めて普段通りに明るく、他の誰とも同じように接してくるコメチに、相変わらず黙ったままの桂小路 晃だったが、それでもほんの僅かだが、困ったような戸惑ったような表情を作るようになったのだ。
クラスの誰もが気付いていない、この表情の変化が何を意味しているかなど、サキに解るわけがないが、彼には何かの兆しに見えた。
―――化けの皮、そろそろ剥がれっかャ……
サキは腹の底でほくそ笑みながら、成り行きを見守っていた。
きっとあのだんまりの桂小路 晃は変わらざるを得ない。それがいい方向か悪い方向かは想像もつかないが、見ていて楽しみであることに変わりはない。
そんな頃だった。あの事件が起こったのは。
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